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研究一覧

奥田 安弘

奥田 安弘 【略歴

教養講座

養子輸出国ニッポン

奥田 安弘/中央大学法科大学院教授
専門分野 国際私法

米国に渡る日本人の赤ちゃん

 2010年6月1日、私たちは、衆議院議員会館で「養子縁組あっせん法の成立を目指して」というシンポジウムを開催する。私たちとは、野田聖子議員(自民・衆)、遠山清彦議員(公明・衆)、高倉正樹記者(読売新聞、『赤ちゃんの値段』の著者でもある)、鈴木博人教授(本学法学部)、そして奥田である。私たちは、4年前から勉強会を開催し、養子縁組あっせん法の制定を目指してきた。毎年何十人もの子どもが日本から米国へ養子として渡っている。この実態を何とかしたいと思ったからである。

 米国務省の統計によれば、1999年から2009年までの日本からの養子は、35人・33人・38人・40人・35人・43人・28人・42人・33人・35人・41人であり、最近11年間だけで400人以上に達する。先進国としては異例の数である。ドイツやフランスなどの西欧諸国は、米国と同様に養子の数が足りず、海外に出すどころではない。中国、ロシア、韓国など、毎年1000人以上の子どもを米国に送り出す国もあるが、これらの国でも、その数が減ってきており、海外養子を抑制するための立法や行政の努力が窺われる。現に、米国が海外から受け入れる養子の数は、2004年の2万2990人をピークとし、2009年には1万2753人まで減少した。このままでは、海外養子の規制のない日本がターゲットにされかねない。

グラフⅠ:日本からの養子入国者数

グラフⅡ:米国への養子入国者数

出典:米国務省海外養子縁組情報新規ウインドウ

望まない妊娠

 海外養子縁組の影には、民間あっせん事業者の存在がある。養子縁組のあっせん事業は、第二種社会福祉事業として、都道府県への届出が義務づけられているが、罰則が設けられていない。罰則のない届出制は、全く実効性を欠いている。届出をしたのは、全国で13事業者にすぎず(2008年度)、無届出の事業者が20以上あると言われている。また届出の有無を問わず、その多くが現在または過去に海外あっせんを手がけている。なぜ民間あっせん事業者は、海外あっせんに走るのであろうか。

 新聞記事を検索してみると、乳児遺棄事件は、報道されない月が全くないほど頻発している。また厚生労働省の統計によれば、妊娠中絶件数が減少するなかで、未成年者の中絶は、逆に増加傾向にある。つまり「望まない妊娠」が増えている、ということである。民間あっせん事業者の中には、中絶期間を過ぎてしまった幼い母親やその家族に対し、子どもを遠くに送ってあげると言って、海外養子を勧めるものがいる。

 これらの事業者は、短期滞在の在留資格で来日した外国人に赤ちゃんを引き渡す。当然のことながら、養親候補者の身元確認は不十分であり、その後、本当に養子縁組が成立したのか否かさえ明らかでない。まさにハイチの大地震後の孤児について、日本のマスコミが報じた懸念、つまり人身売買、児童ポルノ、臓器売買などの危険に日本の子どもがさらされている。

プロを育てよう

 国内あっせんのみに従事する事業者も、問題がないわけではない。病院で生まれたばかりの赤ちゃんを母親から引き離し、母親の同意を得たからといって、養親候補者に引き渡す。生まれたばかりの赤ちゃんは、誰にでもなつくだろうと言って、養親候補者とのマッチングを十分に行わない。大人の目からみて、「よさそうな人だから」とか、「豊かな生活をしているから」という理由で、養親候補者が選ばれる。これらの問題点は、海外あっせんと国内あっせんの両方に共通しているように思われる。

 「あっせん事業者」というと、いかにも悪徳ブローカーのイメージが浮かぶが、養子縁組のあっせんは、必ずしもそうではない。中には、養親候補者に対し多額の寄付金を要求する事業者もいるが(4万5000ドル=当時のレートで約550万円の例がある!)、実親の出産費用だけを負担してもらって、あっせんをする病院関係者もいる。しかし、善意の行為であるからといって、子どもの一生を左右する、あるいは子どもの命さえも危険にさらす養子縁組のあっせんを、何の規制もなく放置するわけにはいかない。現在の届出制を改めて、許可制にする必要がある。

 許可の条件として最も重要であるのは、福祉の専門家がスタッフの中にいることである。現行の制度の中では、社会福祉士がそれに当たるであろう。このような専門家が関係者のカウンセリング、重要事項の確認(養子縁組の必要性、実親の同意、養親候補者とのマッチング、縁組前の試験養育や縁組後の養育状況の観察など)、さらに都道府県への報告などをすることによって、本当に子どもの利益になる養子縁組のあっせんが行われることになるであろう。また不当な金銭の授受を禁止することは、当然である。そのためには、厚生労働省が養子縁組のあっせんにかかる費用の算定基準を具体的に示すべきである。

児童相談所の役割

 それでは、児童相談所は、養子縁組のあっせんにおいて、どのような役割を果たしてきたのであろうか。たとえば、最近は、不妊治療がうまくいかなかった夫婦が養子縁組を希望する例は多い。そのような養親候補者の間で、児童相談所の評判があまり芳しくない。実親が養子縁組に同意している子どもが少なく、何年待っても、なかなか紹介してもらえない。子どもは、2歳くらいまで障害の有無が分からないからといって、乳児を紹介してもらえない、等々である。

 子どもを育てられない事情を抱えた実親も、児童相談所に頼りたいとは思わないようである。子どもが生まれる前の相談に乗ってもらえない。養親候補者が児童相談所の管轄区域内に限定される。迅速な対応をしてもらえない、等々である。その結果、望まない妊娠から生まれた赤ちゃんは、民間あっせん事業者の手に渡り、ひいては海を渡ることにもなってしまう。

 民間あっせん事業者の中には、児童相談所と連携して、国内で養親候補者を探す努力を続けているものもある。しかし、そのような事業者は、ごく少数であり、遠くに住んでいたり、その存在を知らない実親は、思い余って、遺棄事件を起こすことになりかねない。したがって、全国の児童相談所がもっと積極的に養子縁組のあっせんに取り組む必要がある。

 たとえば、各都道府県で少なくとも1箇所の児童相談所には、専門の部署をもうけ、他の都道府県や民間あっせん事業者との連携を強化すべきである。各児童相談所は、子どもが生まれる前の実親からの相談に応じ、養子縁組が必要である場合は、専門部署に情報を送って、迅速に対応すべきである。また厚生労働省は、児童相談所が養親候補者に提供すべき情報の範囲を具体的に示し、必要以上に養子縁組のあっせんを遅らせることのないよう努めなければならない。

あっせん法の必要性

 わが国では、従来から親族間の養子縁組が主流を占めてきた。養子縁組全体の数は、年間約9万件であるが、未成年の他人間養子は、3パーセント以下にすぎない。原則として6歳未満の子どもを対象とする特別養子は、家庭裁判所の審判によって成立し、普通養子でも、未成年の他人の子どもを養子にするには、家庭裁判所の許可を必要とする。従来は、これによって、子どもの利益が十分に保護されていると考えられてきた。しかし、家庭裁判所は、当事者の申立てを受けて、審理を開始するだけであるから、いわば受身の立場である。また養子縁組が成立した後の子どもの養育状況をフォローするわけではない。

 未成年の他人間養子の場合は、養子縁組を必要とする子どものために、養親候補者を探し出し、裁判所への申立てまでのお膳立てが必要である。日本の子どもが養子として海外に渡るのは、国内に養親候補者が少ないからではない。むしろ両者の出会いの場が少なく、養子縁組のあっせんがうまく機能していないことによる。国内の養子縁組あっせんが機能するようになれば、海外養子は自ずから減少するであろう。そのためには、不適切なあっせんを規制するとともに、健全なあっせんを促進するための法律が必要である。

 諸外国には、養子縁組の成立要件(裁判手続きや届出など)を定めた養子法とは別に、あっせん法を制定している国が多い(ドイツ、韓国など)。あるいは、両者をひとつの法律に規定する国もある(英米諸国、フィリピンなど)。つまり家族法としての養子法と福祉法としての養子法が並存している。わが国には、これまで家族法としての養子法しかなかったが、これからは、福祉法としての養子法が必要とされている。養子輸出国ニッポンであるからこそ、なおさら養子縁組あっせん法の必要性は大きい。

シンポジウム「養子縁組あっせん法の成立を目指して」はこちら新規ウインドウ

奥田 安弘(おくだ・やすひろ)/中央大学法科大学院教授
専門分野 国際私法
1953年生まれ。兵庫県出身。1978年神戸大学大学院法学研究科博士前期課程修了。香川大学助教授、北海道大学教授などを経て、2004年より現職。国際家族法、国籍法、国際取引法など幅広く研究。主な著書として、『国籍法と国際親子法』(有斐閣、2004年)、『国際私法と隣接法分野の研究』(中央大学出版部、2009年)、『国籍法・国際家族法の裁判意見書集』(中央大学出版部、2010年)がある。