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「こんな場合にはこんな公証サービスがお役に立ちます」

新堀 敏彦(にいぼり としひこ)さん/公証人

1 はじめに

 「公証役場と言えば遺言」と思われるでしょうが、では、公証役場はそれ以外にはどのようなサービスを提供しているのでしょうか。ここでは、"こんな場合にはこんな公証サービスがお役に立ちます"の例をいくつかご紹介いたします。

2 ビジネスユース

2.1 執行認諾条項付公正証書

 金銭債権の債務者が支払を怠り、債権者が強制執行手続を利用する場合、債務名義が必要となります。当事者限りで作成した私署証書契約書は債務名義にならず、多くの場合、債権者が給付訴訟を提訴して勝訴・確定し、その確定判決を債務名義とすることになります。しかし、これは迂遠である上、対象財産散逸の危険もあります。このような場合に備え、金銭債権債務に関する契約を締結する際、執行認諾条項付きの公正証書を作成しておくと、その公正証書が債務名義となるので、債権者は、将来のデフォルト段階では、訴訟手続を省略して直ちに強制執行手続に入ることができます。これを利用できる契約には制限はなく、金銭消費貸借契約、債務承認弁済契約(不法行為による損害賠償債務を含む既存の金銭債務のリスケジュールなど)、売買契約、賃貸借契約、保証契約など様々な契約で活用されています。ビジネスユース以外にも、離婚に伴う子供の養育費、財産分与及び慰謝料などにおける金銭の支払にも利用することが可能です。また、債務名義のある金銭債権は、破産手続等においても手続上有利な取扱いを受けます。

 執行認諾を利用できる金銭債権は、①支払金額が確定でき(概算金額や変動金額は不可)、かつ、②支払期日が確定できる(「毎月末日限り」など)ものに限られます。この点は、契約条項の書き方の問題に帰着します。

2.2 電子確定日付

 確定日付制度とは、「その私文書/電子文書がその確定日付の日に存在したこと」を公的に証明する制度です。確定日付の付与の方法には、紙媒体の私文書にスタンプを押す方法と、電子文書に電子データによる確定日付を付与する方法があります。紙媒体への確定日付と比較した電子確定日付のメリットは、電子文書が保存される点(保存期間は20年)にあり、同一情報の提供(謄本の発行に対応するもの)が可能となります。大量の契約書を取り扱う企業は、契約書をPDF化し、これに電子確定日付を受けると、バックデート問題を解決できる上、電子文書を長期保存することができます。手数料は、紙・電子ともに1通700円です。電子情報を保存する場合は、プラス300円です。なお、電子確定日付センターとなる公証役場も設置されており、大量の電子確定日付を迅速に付与しています。

2.3 外国向け私文書の認証

 日本には印鑑登録制度があるので、私文書を作成して登録印鑑(実印)を押した上印鑑証明書を添付することにより、「その私文書は作成名義人が作成したものであること(偽造文書ではないこと)」を明らかにすることができます。ところが、外国には印鑑登録制度がありません。そこで、外国向け私文書(外国の政府機関並びに在外の金融機関、企業その他団体及び個人宛に提出する私文書)について、在外提出先から、公証役場で私文書に署名をして公証人の認証を受けるように求められることがあります。公証人に外国向け私文書の認証を求める場合のポイントは、認証の方式と認証後どこまでの機関の証明が要求されているかの2点です。

 第1に、公証人の認証の方式には、大別して次の2方式があります。

〇 署名認証...作成者が公証人の前で私文書に署名/署名押印/記名押印をし、公証人が「作成者が公証人の面前で署名/署名押印/記名押印/をした」との認証文を付ける方式

〇 宣誓認証...作成者が公証人の前で、①私文書の記載内容が真実であることを宣誓した後、②私文書に署名/署名押印/記名押印をし、公証人が「作成者が、公証人の面前で、私文書の記載内容が真実であることを宣誓した後、署名/署名押印/記名押印をした」との認証文を付ける方式

 いずれの方式を選択するかは、提出先の意向(署名認証のみで十分か、さらに公証人の面前での宣誓まで求めているのか)により決まります。

 第2に、認証後どこまでの機関の証明を受ける必要があるのかについては、提出先の意向により、次の②~④の段階を踏んで証明を受けることが必要となる場合があります。どの段階の証明まで必要になるかについては、提出先にご確認ください。

①公証人の認証以上の証明は求められていない。

②公証人の認証に加えて法務局長の証明(公証人の署名押印に間違いない)までが求められている。

③法務局長の証明に加えて日本外務省の証明(法務局長の公印に間違いない)までが求められている。

④日本外務省の証明に加えて在日の外国領事館の証明(日本外務省の証明に間違いない)までが求められている。

 これに対応して、一部地域(東京都、神奈川県、静岡県、愛知県及び大阪府)所在の公証役場では、②及び③の証明文(提出先国によっては④を省略するアポスティーユ付き証明文)まで登載された認証文を提供しており、公証役場限りで事足ります(ワンストップサービス)。

3 遺言作成の必要性の高いケース

 遺言の作り方には、大別すると、自筆証書遺言と公正証書遺言の2方式があります。遺言を遺さずに亡くなると、法定相続となり、大部分のケースでは遺産分割を経て遺産が承継されていきます。遺産分割は、第一次的には法定相続人全員による遺産分割協議によって決まり、協議がまとまらないと家庭裁判所に持ち込まれます。遺産分割で事足りるケースもありますが、次のようなケースでは遺言を遺しておく必要性が高いといえます。

〇 法定相続とは異なる遺産承継をしたいケース...「この子にはこの財産を遺したい」など特定の財産・相続割合で相続させたいようなケースでは、法定相続とは異なる遺産分割を実現させることになるので、その考えに沿った遺言を遺す必要があります。事業者が事業用資産を後継者たる子に承継させるケース(事業承継)においても同様です。

〇 子同士が不仲で円満な遺産分割協議が期待できないケース...このケースを法定相続に委ねると、兄弟姉妹が相争う危険が高く、親が遺言を遺して遺産の分割を決めておくべきなのです。

〇 子のない夫婦のケース...子のない夫婦が配偶者に全財産を相続させたい場合、兄弟姉妹がいるときは、兄弟姉妹には、法定相続分(4分の1)がありますが、遺留分はないので、法定相続によると兄弟姉妹にも相続分が発生する一方、遺言を利用すれば全財産を配偶者に相続させることができます。

〇 内縁の夫婦、同性婚のカップルのケース...この場合のパートナーは法定相続人ではないため、パートナーに遺産を遺すには遺言を作る必要があります。

〇 法定相続人以外の者・団体に遺贈したいケース...嫁・婿や世話になった人に遺産を分けたい、慈善団体等に寄附したいようなケースでは、遺言を利用する必要があります。後述する任意後見や死後事務委任を引き受けてくれた方に遺産を遺したいときも同様です。

4 高齢化社会の抱える問題への対処

4.1 任意後見契約

 任意後見契約とは、委任契約の一種であり、その人(委任者)が、将来認知症などにより判断能力が低下し、法的に意味のある行為を単独でこなすことが困難になったときに備え、後見人になってもらう人(任意後見受任者)と契約を結んでおき、将来、財産管理や代理などをしてもらう制度です。任意後見契約の契約内容は、実務上はほぼ定型化されています。任意後見契約は、公正証書で作成することになり、それ以外の方式では作成できません。

 なお、将来判断能力が低下した状況の下でもリスクをとって資産を運用しハイリターンを得たいという方には、信託契約を締結する方法があります。信託契約も公正証書により締結することができます。

4.2 尊厳死宣言

 延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物人間状態になっても長年生存することが可能となりましたが、他方で、過剰な延命治療を拒否して自然な死を迎えることを希望する方もおいでです。我が国の現行の法制度の下では、延命治療の打ち切りは正面からは認められておらず、これを行った医療関係者が刑事責任を追及されるリスクを負っています。この現実と法制度の間隙を埋める方策の一つが、尊厳死宣言であり、過剰な延命治療の拒否と医療関係者の免責を求める宣言をするものです。尊厳死宣言は、そのような状況を迎える前に担当医師などに示すものですから、公正証書で作成しておくことが望ましいのです。

4.3 死後事務委任契約

 人が死ぬと様々な後始末が待ち構えており、法的な事務(死後事務)の処理も待ったなしで必要となります。火葬・埋葬を始めとして、病院等との精算、遺品の処分、賃借建物の整理・明渡し、電気・ガス・水道・通信契約の解約等です。これらの死後事務処理は、主に死者の家族が担ってきましたが、少子化、生涯未婚率上昇に伴って身寄りのない高齢者が増加したことにより、担うべき者がいないケースが急増しています。これらの方は、信頼できる知人や死後事務処理専門の士業者等を確保し、公証役場で死後事務委任契約を公正証書で作成することで確実に死後事務をまかなうことが可能となります。

5 おわりに

 公証サービスには他にも多くのものがあります。また、利用に当たっての必要資料や手数料についても気になるところです。これらの点については、日本公証人連合会のホームページ(http://www.koshonin.gr.jp)にQ&A形式での説明が掲載されていますので、ご活用ください。

新堀 敏彦(にいぼり としひこ)さん/公証人

1956年 東京都に生まれる
1979年 中央大学法学部法律学科卒業(商法の濱田唯道ゼミ、民事訴訟法の住吉博ゼミと郁法会研究室のお世話になる)
1981年 司法修習生(司法修習第35期)
1983年 検事(東京地検を振り出しに、北は札幌から西は福岡まで全国の検察庁で刑事事件の捜査・公判を担当したほか、東京法務局訟務部で国の訟務事務に従事。預金保険機構理事、名古屋法務局長、最高検察庁検事等を経て退職。)
2015年 公証人(葵町公証役場)