弁護士10年,「民弁所付」から「母弁」へ
碇 由利絵(いかり ゆりえ)さん/弁護士
弁護士10年
今年の12月で,弁護士登録満10年を迎えます。弁護士登録後,東京都港区にある林勘市法律事務所に入所し,一般民事,企業の顧問業務,使用者側の労働問題,家事,遺言相続,交通事故,債務整理,破産管財人,刑事事件など幅広い分野の事件を取り扱っています。
登録したての頃は,弁護士10年というとずいぶん先輩のように思いましたが,実際に迎えてみるとまだまだ未熟であり,法曹として習得すべきことが多くあると感じています。
民弁所付の3年間
2016年2月から2019年1月までの3年間,司法研修所民事弁護教官室の「所付」という役職を務めました。「所付」とは?この言葉を初めて聞いた方も多いと思います。
司法修習制度
そもそも,司法研修所とは,裁判所法14条に基づいて最高裁判所に設置された研修機関であり,法曹となるには,司法試験に合格した後,司法修習生として採用され(同法66条1項),司法修習を終えること(同法67条1項)が必要ですが,その司法修習の実施,運営を司法研修所が行っています[1]。要するに,司法試験合格者が,法曹になるための研修を受けるところになります。
現在の司法修習のカリキュラムは,導入修習・分野別実務修習・選択型実務修習・集合修習で構成されています。分野別・選択型実務修習では,全国各地の地方裁判所・地方検察庁・弁護士会に修習生が配属され,民事裁判・刑事裁判・検察・弁護の4分野について実務を経験します。導入・集合修習では,埼玉県和光市にある司法研修所に集まり(コロナ禍のため,本執筆時点では,第73期集合修習,第74期導入修習はオンライン方式で実施されています。),クラスに分かれ,民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5科目について,座学,演習,起案を中心に学びます。
約1年間の司法修習の最後に司法修習生考試(いわゆる二回試験)があり,これに合格すると司法修習を終えることができ(同法67条1項),晴れて法曹となることができます。
民弁所付の業務内容
司法修習で学ぶ5科目の一つである民事弁護を担当する組織が,先に述べた「民事弁護教官室」になります。民事弁護教官室には,十数名の教官と3名の所付がいます。教壇に立ち,修習生を直接指導するのは教官ですが,所付は教官の補佐役として,民事弁護のカリキュラム作成にも携わりますし,教材となる修習記録等が作成,印刷,配布されるまでのスケジュール管理,司法研修所と教官室との間の連絡・調整役など,幅広い業務を担っています。私個人としては,所付とは,教官室全体がうまく機能するためのマネージャーであると考えています。
ところが,所付と修習生とは直接接する機会が少ないため,修習生(後の法曹)の間でもあまり知られていない存在なのです。
所付の経験を通じて
民弁所付として二度目の司法修習を経験できたことは,とても有意義なものでした。
カリキュラム作成に当たり,民法の主要論点や要件事実,民事訴訟法,民事執行法,民事保全法等を学修し直す機会になりましたし,弁護士20年以上のキャリアをもつ民弁教官たちから,実務のノウハウを学ぶことができました。通常の業務の中で,他の弁護士がどのように仕事をしているのかを知る機会はそうありません。しかし,民弁教官室では,各分野でそれぞれ経験を積んだベテランの弁護士が集まり,侃々諤々に議論を交わし,カリキュラムを作り上げていくため,その中で披露される各教官の法律知識,起案の書き方,証拠収集や事件処理のテクニック,依頼者との信頼関係の築き方などは,経験の浅い私にとって大変勉強になりました。教官の講義を,修習生に交じって見学することもありましたが,実務家になって司法修習を受けると,実務でも悩むようなまさに痒い所に手が届く内容で,修習生のときにもっと真面目に取り組んでおけばよかったと反省したことは,ここだけの話です。これから司法修習を受ける方は,是非とも教官の一挙手一投足に気を配り,将来の実務に活かしてほしいと思います。
民弁所付を退任後,微力ながら司法修習に携わらせていただいた経験を活かし,中央大学法科大学院の兼任講師として,2019年度から主に民事系の文書作成に関する授業を担当させていただいています。
コロナ禍とオンライン化と母弁
2020年,新型コロナウイルスの影響は法科大学院にも及び,私が担当した2020年度後期の授業は,対面授業とオンラインによりリアルタイムで配信する方式を組み合わせたハイブリッド型授業となりました。2021年1月からの緊急事態宣言時には,完全にオンラインによるリアルタイム配信方式となり,私も自宅や事務所から参加しました。
初めてオンライン授業を経験し,感じたことは,学生の顔が見えないため(ビデオオフ),学生の反応を見ながらその理解度に応じた講義を進めることが難しいということです。また,授業時にその場で課題を作成し提出してもらうのですが,対面授業参加者は手書き,オンライン参加者はパソコン入力になります。司法試験では現在も論文式試験で筆記の方法がとられているため,今後もオンライン授業が続きパソコン入力による起案作成に慣れてしまうと,試験本番で十分に力を発揮できないのではないかとも危惧しています。
弁護士業界にもコロナの影響は及び,2020年4月に一度目の緊急事態宣言が発令されると,裁判はすべてストップ,弁護士会の委員会活動や各種会議・勉強会も中止,業務も通常通りとはいかなくなりました。IT化が遅れていると言われている弁護士業界も,コロナ禍でテレワークやウェブ会議が普及し,事務所でも打合せにZOOMを取り入れるようになりました。
私は,プライベートでは保育園児を育てる母なのですが,オンライン化は,子育て中の「母弁」にとって,とても利便性が高いものでした。弁護士の会議や勉強会等は夜に行われることが多く,コロナ前の対面方式では子育て世代が参加することは困難でした。しかし,オンライン方式であれば,ビデオオフ・マイクオフにしておけば,子どもの面倒をみながら参加することができます。発言するときに子どもの声が入っても,他の参加者は優しく受け止めてくれます(ウェブ会議あるある)。夜にしか打合せの時間が取れない依頼者の方とも,オンラインで自宅にいながら打合せをすることができました。子どもが病気で保育園を休まなければならないときも,世間がテレワーク慣れしているため,支障なく在宅勤務ができています。また,弁護士あるあるですが,裁判や会議への出席,外部での打合せ等,日中は移動に時間を取られ,夜にならないと腰を据えて書面を起案する時間が取れません。しかし,オンライン化により移動時間が大幅に削減され,その時間を書面の起案に充てることができるようになり,業務が大幅に効率化しました。
コロナ禍での「母弁」は,育児で仕事の時間を思うように確保できないというストレスを抱えながらも,オンラインの普及により,幾分かは育児と仕事の両立がしやすくなったのではないかと思います。育児をしながらも弁護士活動の幅を広げていけるよう,今後はさらなる業務効率化と自己研鑽を積んでいきたいと考えています。
[1] 司法研修所について | 裁判所 (courts.go.jp)
碇 由利絵(いかり ゆりえ)さん/弁護士
福岡県出身。
福岡県立筑紫丘高等学校卒業。
2008年中央大学法学部法律学科卒業。
2010年中央大学法科大学院(既修)修了。司法試験合格。
2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)64期。林勘市法律事務所に入所。
2016年司法研修所民事弁護教官室所付(2019年1月まで)。
2019年中央大学法科大学院兼任講師(現任)
同年第一東京弁護士会消費者問題対策委員会副委員長(現任)