人ーかお

「きく」の極意

山本 哲也(やまもと てつや)さん/NHK日本語センター エグゼクティブアナウンサー

会いたいけど会えない・・・

 コロナ禍の終息がなかなか見えてこない中、オンライン授業やネットでのコミュニケーションにストレスや苛立ちを感じている方も多いでしょう。私たちにとってこれほど行動の制限、コミュニケーションの不自由さを感じるのは初めてです。

 スポーツアナや番組キャスターとして40年を過ごしてきた私にとって、やはり基本は顔を付き合わせてこその仕事です。まさにFace to Faceの中で生きてきました。今は亡き、名俳優の大滝秀治さんからは、「人とはじかに会って話をしなくては駄目だよ。会ってその人のにじみを感じないと本当の気持ちはわからないよ」と言われたものです。おっしゃるとおり、相手の本心を覗くには実際に会うのがいちばんだと私も思っていますし、同感の方も多いと思います。せんないご時世です。

 でもお互い、制限付きながらも会話、コミュニケーションは取らなければなりません。

この世は「きく」にあふれている

 実際に会えるかどうかは別にして、あなたは家族や友だちに一日何回、きいていますか、尋ねていますか。何かしらの形で「きく」を繰り返していますよね。コミュニケーションはこの「きく」の繰り返し、キャッチボールです。正確に言うと、聴くと訊くとの反復運動です。相手の話を聴く(耳を傾ける=listen)そして今度は相手に訊く(尋ねる=ask)ことです。これが一回きりでは会話になりませんし、コミュニケーションは展開していきません。これをいかに連続運動にしていくのか、これまでの私のインタビュー経験を踏まえ、「きく」の世界を深掘りしていきましょう。

「きく」のポイント3箇条

 ズバリ、「きく」の極意は①ことば尻取り②事実③想像力の3つです。「きく」の連続運動の中で、このうちの一つでも入っていれば、会話はころがっていく、展開していく、深まっていくはずです。ひとつひとつ見ていきましょう。

①ことば尻取り

 誰でもこどもの頃から尻取りは経験がありますよね。あの要領で相手のことばを繰り返す、話の中でキーワードと思うものを今一度繰り返して声に出すということです。これはあなた自身だけでなく、相手にそのことばを印象づけて話を展開することにつながるのです。

②事実

 事実とは、あくまで具体的に事実を訊くと言うことです。それはどこで、どのようにしておこなわれたのか、その時どんな様子だったとか。具体的に訊くことは実は相手にとってみれば話しやすさにもつながりますし、話の内容がよりわかりやすくなることにもつながるのです。

③想像力

 これは、話を膨らませる、話を深くすることに欠かせないものです。「まるで、親子のようですね」「まるで芸術家ですね」「まるで自分が仕切っているようですね」「なんだかおかあさんみたいですよ」とか、話の流れを大づかみして比喩につなげる、例えるものです。これで、話す人は、「そうでしょ!」などと言ってモティベーションが上がり、ますます話が弾み、ひいては深くなっていくことにつながります。ただ、この「まるで○○のようですね」の例えができるようになるには、日頃からの努力が必要です。また、想像力ということで言えば、「それはどういう意味があるのか」「それから何を得たのか」なども含まれます。

 では具体的な会話例を見てみましょう。


'今熱中していること'が話のテーマです。

◆Aさん 「Bさん、今熱中していることって何ですか」

◇Bさん 「実は今、地区の消防団活動にはまってしまって・・・」

Aさん 「えっ、消防団ってあの火を消す、どこの消防団ですか」①②

◇Bさん 「私の住んでいる地域の消防団ですよ。」

Aさん 「消防団って、誰でも入れるんですか」

◇Bさん 「そうですよ、自分の地域であれば入れますよ」

Aさん 「どんな活動をするんですか」

◇Bさん 「毎月一回、消防車を使っての消火訓練です」

Aさん 「ホースを持って走ったり、ホースを巻いたりするんですか」

◇Bさん 「そうそう、始めは何が何だかわかりませんでしたが、年配の方がていねいに教えて下さるんですよ。」

Aさん 「へえ、なんだかおじいちゃんがお孫さんに教えるみたいですね。」

◇Bさん 「そうなんですよ、田舎のおじいちゃんが面倒見てくれるようで、とっても楽しいですよ。」

Aさん 「消防団活動になぜ参加したんですか」

◇Bさん 「若いけど、自分なりに地域に貢献したくって」

Aさん 「参加するようになって何が良かったですか」

◇Bさん 「自分がくらす地域が見えるというか、地域の人たちとつながっている実感がありますね。これからも、もっともっとやりますよ!」


 上記のように、訊くAさんのそれぞれの問いは、①②③のどれに当たるかが記してあります。これは実際に私が体験したお話です。話が弾み、少しずつ深まっていくのがわかると思います。

 「きく」は①ことば尻取り②事実③想像力が肝心です。これを心がけると、日頃の生活だけではなく社会に出て、仕事でもプライベートでも、いろいろな場面で十分役立つはずです。

「わからない」を大切に

 人に話をきく場合に忘れてはならないことがあります。年を重ねるごとに高くなるのが、コレステロールとプライド。ついつい言いがちなのが、「それ知っていますよ。もちろんです。」などと知ったかぶりをしがちです。これがたいへんな落とし穴。話を進めていくうちに、実はよく知らなかったことが話し相手にばれてしまいます。なあ~んだ、調子がいいだけか・・・。など、信頼は簡単に崩れてしまうものです。それでは後の祭り。素直にわからないと認めることです。ここで大切なことは全くわからないではなく、「ここまではわかるが、ここからはわからない」と、わからない程度をはっきりと示すことです。なあ~んだ、そんな事も知らないのかでは困りますが、概要は知っているが、詳しくは知らないという姿勢が大事です。知らないということは、話す相手からすれば話す動機付けになるはずです。

'自分にきく'

 人に話をきくポイントについて述べてきましたが、ここで発想を変えて自分自身にきくことを考えてみましょう。何に関心があるのか、何をやりたいのか、何に疑問を感じるのか、自分の長所は何なのか、もっと伸ばしたい力は何なのか。自分に訊くこと、問うことであらたな自分が見えてくるかも知れません。自分を深めることができるかも知れません。きくは、自分を、人生を豊かにするのではと思えてなりません。

 あらためて、世界はきくにあふれています。どうぞ、どんどんきいて下さい。

山本 哲也(やまもと てつや)さん/NHK日本語センター エグゼクティブアナウンサー

山口県萩市出身。
1980年 中央大学法学部法律学科卒、NHK入局。スポーツアナウンサーとして、甲子園高校野球、プロ野球、マラソン、水泳など実況。「おはよう日本」スポーツ、「ひるどき日本列島」、夕方の生活情報番組「ゆうどき」のキャスターなどを経験。
現在、「小さな旅」の旅人として全国を訪ねる。