栃木市役所の弁護士をやっています
永盛 雅子さん/栃木市役所内弁護士
1.ひょんなことから市役所へ
大川市長(右側)と
私は大学卒業以来ずっと不動産業に従事していました。その間バブル崩壊やリーマンショックなど景気の荒波にもまれ、勤務先の破産をきっかけに弁護士資格でもとろうと中央ロースクールにお世話になり、弁護士となった後もしばらくは東京のど真ん中でビルやファンドを扱う不動産会社のインハウスをしていました。不動産ビジネスはとても面白いです。
一方で、自分は何か世の中の役にたっているのかなあ、という思い、日本や世界はこれからどうなるんだろう、という思いが漠然とあり、経営の神様ドラッガーの教えや、ハーバーマスやアレントの公共論を理解できているわけではありませんが、働くことの最終的な意義は公共のためではないかと考えたりしていました。
もっとも、公共のためになどと大きなことを言っても、政治家でも大企業の創業者でもない私に何ができるかは悩ましく思っていましたが、自治体内部の弁護士として働く在り方を知り、興味を持ちました。
日弁連のHPで、栃木市の募集が目に留まりました。私の80過ぎの両親が、栃木市から約20キロ離れた宇都宮市で暮らしているためです。幸いまだ元気に暮らしていますが、あとどれくらい元気でいられるかわからないので、栃木市で働くことで、両親の近くにいることができるのも魅力的だと感じたのです。因みに県庁所在地の宇都宮市では、市役所内弁護士を募集していません。市役所の近くに県庁も裁判所もあり、弁護士も多数いるからかもしれません。
ということで、今がそのタイミングと思い、1年前に市役所の弁護士となりました。
2.そもそもどんなところなの
とちぎ山車祭り(だしまつり)
栃木市の人口は約16万人で、全国の平均的な規模です。栃木県の南端にあり、東京から約75km、車で約1時間です。東京から来やすいのでゴルフ場がいっぱいあります。主産業は農業で、いちご、ぶどう、梨などの果物が有名です。
江戸時代には、江戸に向けた川による運送で栄えた商都でした。戦災を逃れた当時の街並みや建物が今でも「蔵の街」として保存されており、小江戸の街として観光スポットになっています。駅前のホテルを含む総合開発や、文学館、美術館の整備予定もあって楽しみです。
他の自治体と同様に移住促進にも力を入れており、「2019年版 住みたい田舎ベストランキング」(宝島社『田舎暮らしの本』2月号)では、子育て世代部門1位、総合2位を獲得し、暮らしやすさが評価されています。
とちぎ蔵の街と巴波川(うずまがわ)
3.どんな仕事をしているか
自然と文化に恵まれた穏やかな栃木市でも、他の地域と同じく諸々の問題はおこります。学校でのいじめ問題、生活保護や介護、戸籍や住民票の管理・交付業務、情報公開をめぐる不服審査請求、事故やハラスメント、著作権問題、公共料金の徴収、入札、道路買収の交渉を巡る問題など、市民のためにある市役所の業務が、とても幅広いことを実感します。
私は不動産業が長く、マンション、ビル、ホテル、介護施設、商業施設、物流施設などの開発業務や売買、賃貸など結構幅広く扱ってきたと思っていたのですが、市役所では不動産であっても、農地、森林、道路、河川、上下水道、墓地、産業廃棄物処理場、太陽光発電開発、斎場など範囲が広がり、公共性の色が濃くなります。開発許可を出す側になる場合も多いので、取消の審査請求などを扱うこともあり、違う視点から見ることができ、不動産や開発の面白さや公共性を新たに認識しました。
司法試験のために勉強しただけの行政手続法(地方自治体では行政手続条例)は、イメージがわかず面白くないと思っていましたが、実際行政の現場にいると手続きが適正に行われていることがとても重要であることがわかりました。当事者同士が合意するならばそれでよい民事契約とは異なり、行政の処分は権力的行為であるからです。そう思って手続法(条例)を見ると、なるほどなあ、という条文となっていました(当然です)。
産業廃棄物や土砂の不法投棄問題やクレーマー、不当要求行為に対して、措置命令などには実効性がなく、行政代執行の要件充足は厳しく、行政側からの訴訟提起には議会の議決を要するなどハードルが高く、行政上の問題解決方法には課題があります。これ等の問題については、知り合いの他の自治体弁護士や地元の弁護士、警察に相談するなどしていますが、難しい問題で、その都度オロオロしています。
4.職場の方々
市役所の総務部総務課に属しています。総務課は、議会、例規審査、行政管理、公文書管理、情報公開等住民の方の直接の生活上の窓口と異なる業務を行っています。法律問題以外でもできるだけ参加するようにしています。
市長や副市長も近い距離にいらして、市政を担うご苦労をリアルに感じます。もっとお助けできればよいのですが、勉強中で力不足で申し訳ないです。
市役所の職員は優秀な方ばかりですが、業務のすすめ方は民間企業と異なる点が多くあります。コスト削減や効率化は要求されますが、営業や儲けという意識はありません(当り前です)。間違いがあってはならない役所業務なので、見切り発進という発想はなく形式や手続きも重んじるので、ある程度時間がかかることになります。公文書の重要性とIT化の遅れのためか、未だに紙文化です。高齢の住民も多く市民の手続きを全面IT化することは当分できないですし、予算も取れないことから、IT化はなかなか進んでいません。
もちろん個人的にはいい方ばかりで、色々な部門の問題に関わることもあり、部門を超えて飲み会やゴルフにお誘いいただき楽しく過ごしております(感謝)。
5.女性活躍都市
地方都市ではありますが、女性の活用が進んでいることが自慢です。
昨年、大川秀子市長が誕生しました。栃木市初、栃木県内2人目の女性市長です。大川市長は2003年から市議会議員を務め、栃木市初の女性議長もされており、女性活躍の先頭にたっていらっしゃる方です。
いまだに地方議会に一人も女性議員がいないという自治体もある中で、栃木市は29人中4人の女性議員がいて、議会では活発に活動されています。
職員でも、2人の女性部長に続き、様々な部署に女性課長、女性係長が多く、獣害対策係を志願された方もいらっしゃいます。各種委員の選定では、女性の割合を35%以上とするよう努める要綱を定めています。
しなやかでたくましい栃木市の女性にご期待ください。
6.人生はいつもチャレンジ
不慣れながら市役所内の弁護士をして1年が過ぎました。これから勉強すべきことは、法律に限らず多くありますし、地方の都市の課題解決のために考えるべきこともいろいろあります。
他の自治体内弁護士の任期終了後の生き方は、延長する、他の自治体に行く、そのまま職員になる、地元で弁護士をする、地元の議員になるなど様々のようです。私も、あと2年の任期内に欲張りに色々な仕事をしながら、チャレンジを続けるつもりです。
7.自治体内弁護士を検討される方へ
栃木市マスコットキャラクターとち介
国の官庁でも、特別な専門知識を期待して内部弁護士募集が増えていますが、住民に最も近い市町村の内部弁護士とは、業務内容や期待される役割も異なります。住民がここにいる、現場がここにある、という市町村では、理論と実践の双方が必要で、臨機応変な対応も求められます。
また国の官庁は基本的には東京にありますので問題になりませんが、地方都市での勤務は生活基盤の変更や終了後のキャリアの面から決断しにくい方も多いでしょう。もっとも実家も地縁も全くない地域にあえて赴任する弁護士もいます。私も、両親のことを考えなければ、地縁はないものの、東日本大震災の復興のため用地買収や街の復旧を進める自治体での勤務を検討したかもしれません。
旅行気分と言っては不謹慎ですが、ちょっと自由に行きたい(生きたい)方、世の中に恩返しをしたい方、自治体内弁護士を検討されては如何でしょうか。
永盛 雅子(ながもり・まさこ)さん
1984年 東京大学文学部 美学芸術学専攻課程 卒業
1984年 (株)リクルート入社
1986年 (株)リクルートコスモス転籍
2005年 (株)ノエル入社
2010年 中央大学法科大学院 入学
2013年 同 修了
2013年 司法試験合格
2015年 第二東京弁護士会 弁護士登録 67期
2015年 (株)ザイマックス 入社
2018年 栃木市役所 入庁主な著作
「改正民法・品確法対応 Q&A 住宅紛争ガイドブック」(ぎょうせい 第2東京弁護士会編)
「法務解決の技法 OJT編」(中央経済社 芦原一郎編)
「マンション 判例ハンドブック」(青林書院)
「マンション管理のトラブル解決 Q&A」(ぎょうせい)