マルタ共和国・米国サバティカル紀行記
北村 由妃さん/弁護士
1.サバティカル
サバティカルを取得しようと思い立ったのは2018年のことでした。サバティカルとは、元々は研究者に与えられる1年間の休暇のことです。目的を限定しない休暇であって、旅行をしてもよいし、全く違う分野の研究をしてもよいという制度であると聞いています。これはいわばブレインストーミングであって、従来の環境から抜け出し、新しい発想を得るための休暇だといってよいでしょう。
弁護士を目指してから現在までのことを振り返ってみて、大学を三年生で早期卒業し、集中して司法試験の勉強をしたこと、弁護士として各案件に没頭して仕事をしてきたことは良かったものの、反面、目の前のことに追われて自分自身の生活や今後の人生に対して意識が向いていないと感じるようになりました。また、事務所と家を往復する生活のなかで、自分の視野が狭くなってしまい、新しいことを考える余裕がないことに気がつきました。私が弁護士を目指した頃(約10年前)と比較すると弁護士業界は激変しており、疲弊しながら日々案件をこなす先輩方の姿を見ても旧来の働き方を続けていてよいのかという悩みもありました。
そこで、新しい発想を得るために、今までとは全く違う環境でゆっくりと考える時間が必要だと思い、職場の許しを得て約10ヶ月間の無給休暇という形でサバティカルを取得することにしました。具体的には、マルタ共和国と米国に滞在しました。今回、私がサバティカル期間中に経験したこととサバティカル取得の感想をお伝えしたいと思います。
2.マルタ共和国
マルタ共和国、首都ヴァレッタの風景
マルタ共和国(共通語がマルタ語と英語)では語学学校に3週間ほど通いました。マルタ共和国に向かう飛行機でロストバゲッジに遭い、現地到着後早々、英語を使って、空港担当者と繰り返し話す必要に迫られました。スーツケースは2日後無事に手元に戻ったのですが、日本では考えられないほど無愛想な空港担当者とどのように交渉すればいいのか、当時は途方にくれました。滞在中は、ロシア人のルームメイトと一緒に、アパートから徒歩3分の地中海で毎日のように泳いだり、彼女が作ってくれたボルシチを食べながらお互いの国や仕事、生活のことを話し合ったりしました。
3.米国
(1) 語学プログラム
ロサンゼルス、グリフィス天文台にて
米国では、カリフォルニア大学アーバイン校(以下「UCI」と表記します。)が提供するプログラムに参加することを決め、語学のプログラムとビジネスのプログラムを選びました。
語学プログラムは、読解、文法、会話のクラスに分かれていました。いずれのクラスも良い先生に恵まれ、単に言葉を学ぶだけではなく、各国から集まった学生達を飽きさせないようにしながら学ばせる手法はとても勉強になりました。特に会話のクラスのRoger先生にはお世話になりました。とても熱意のある先生で、物事の捉え方や表現方法など、学びたい、真似したいと思う点が多く、良い刺激をいただきました。クラスは中東やアジアからの学生が多く、社会人も何割か参加していました。出身地の違いに関係なく、気の合う人とは言葉が不自由でも通じ合うものがあり、貴重な経験をしました。こうした経験を通して、自分の中にあった外国人に対する「違う国の人」という一種の壁のような概念がなくなり、世界が広がるような感覚を覚えました。
(2) ビジネスプログラム
ビジネスプログラム集合写真
次に参加したビジネスプログラムでは、マーケティング、ファイナンス、プランニングなどMBAの基礎にあたるような内容を学びました。現在私が所属している事務所の理念は「依頼者と共に考え、共に歩む」ことにあり、単に法的なアドバイスに留まらず、ビジネス上の戦略も依頼者と共に考えられるようになりたいと考えていた私にとっては、非常に有益な内容でした。20年から30年以上国際取引に従事してこられた先生方が指導して下さり、授業は非常に実践的かつ説得力のあるものでした。アメリカにおける、仕事に対する姿勢や考え方の基本も見せていただきました。どのクラスにおいてもプレゼンテーションが組み込まれており、授業後に個性の強い級友達と英語で議論しながら準備をしました。このようなプレゼンテーションを中心とした授業は大変身につくものでした。
また、このプログラムでは、30代前後で、名の通った大手企業から派遣されて学びにきている日本人とも多く知り合いになりました。大手企業での働き方を聞いたり、反対に、改めて弁護士の仕事について人に説明することは、自分自身の仕事に対する熱量や弁護士を目指した志を再確認する良い機会となりました。
(3) その他
グランドキャニオンにて
サバティカル期間中、ここでは書ききれないほどの充実した毎日を過ごしました。UCIに滞在している間、学生アパートで他国の学生とルームシェアをして暮らしていたのですが、買ってきたバナナを食べられてしまったり、ルームメイト同士が喧嘩して一方が引っ越してしまったなど話題に尽きません。お金と時間の許す範囲で旅行もしました。日本でも行ったことのない、山奥の温泉に入りに行くために険しい山道を何時間も歩いたり、長時間バスに乗って、グランドキャニオンやサンフランシスコを観光しました。また、アメリカ滞在中、東海岸にも足を伸ばしました。ニューヨークに住む知人の紹介で、世界最高峰の癌研究所を見学したり、ハーバード大学の同窓生しか入れないクラブに潜入するなど、様々な経験をしました。
4.サバティカルを取得してみて
ニューヨーク、国連本部前
日本に向かう飛行機の中で、「プーと大人になった僕」という映画を観ていましたら、「何もしないことは最高の何かにつながる」というプーさんのセリフと出会いました。競争化社会の中で、いま必要とされている創造的な発想は、目の前のことに追われている生活の中では湧いてくるものではないように感じます。今回の滞在は、私の所属している事務所の深い理解のもと、いわゆる駐在制度や仕事の一環としての留学ではなく、自分でしてみたいことを選び、仕事とは全く違う環境に身を置くものでした。
それは結果として、想像以上に様々な出会いと新しい知識に触れる機会となりました。目の前のことに追われるのではなく、自分自身や仕事のことをゆっくり考えたり、新しい経験を吸収するなかで、提供してみたいサービスや業務効率化のアイデアが浮かんだり、自分自身への理解が深まったり、大きな視野で物事を見れるようになったと感じています。仕事の一環として留学し、会社や事務所から指示されたことをしていたとすれば、このような新しい発想を得ることはできなかったように思います。
このサバティカル取得を通じて、「何もしない」こと、退屈するような時間こそ、これからの時代において大切なのではないかと実感するような経験をしました。
5.世界に広がる中央大学の輪
LA白門会、2019年新年会にて
最後になりましたが、本年の1月26日にロサンゼルス白門会の新年会に参加させていただきました。当日、飛び入り参加をお願いしたにもかかわらず、とても暖かく迎え入れていただきました。この時、リオ五輪銀メダリストの飯塚選手と豊田コーチ、日本人初ヘビー級チャンピオンの樋高選手も来られていました。中林会長を筆頭に、アメリカ生活をされている諸先輩方のお話をお聞きしていると、自分も周りも「当たり前」だと思っている以外の様々な生き方や選択肢があることを実感するとともに、世界に広がる中央大学の暖かな輪を感じて、大変心強く感じました。
北村 由妃(きたむら・ゆき)さん
兵庫県出身。小林聖心女子学院高等学校卒業。
上智大学法学部法律学科早期卒業。中央大学法科大学院修了。2015年1月より新堂・松村法律事務所 (第二弁護士会所属)