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トップ>人―かお>“One for all, all for one”~協同組合の理念をどう実践するか~ 

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中川 峰郎さん

中川 峰郎さん【略歴

“One for all, all for one”

~協同組合の理念をどう実践するか~

中川 峰郎さん/全国農業協同組合中央会

無形文化遺産となった協同組合の理念

 “One for all, all for one”といえば、ほとんどの方は、ラグビーの精神を体現する言葉として認識していることと思います。ところが、私が属しているJA(農業協同組合)や生協など協同組合の関係者ならば、「一人は万人のために、万人は一人のために」と、いささか古めかしい訳語とともに協同組合の理念を体現している言葉だと言うでしょう。そしてJAの関係者ならば、さらに「ライファイゼンが説いてやまなかった言葉」とも記憶しているでしょう。

 “One for all, all for one”については、フランスの作家デュマの『三銃士』にも同趣旨の合言葉が登場するように、イギリスのみならずヨーロッパ全土でよく知られた格言で、助け合いや相互扶助といった協同の精神を端的に表しているものです。

 そして、前述のライファイゼンは1818年にドイツに生まれた(すなわち今年で生誕200周年)牧師であり地方政治家であり、そして協同組合運動家です。特に、資金調達に困り高利貸しに頼らざるを得なかった農業者のために信用組合を設立して、組合員としての出資や貯金を募り、この貯金を原資として、組合員である農業者に貸し付けるという事業をドイツに広めたのがライファイゼンの大きな業績です。今では「ライファイゼン・バンク」はドイツ語圏の国のみならず、東欧諸国にも設立されており、農業者や地域(例えば小電力発電の事業など)をサポートしています。

 そして、協同組合の理念は2016年にユネスコの無形文化遺産に登録されました(残念なことに日本では協同組合関係者の間でしか話題になっていません)。これはライファイゼンの母国のドイツ政府の申請によるものでした。ドイツでは、シュルツェ=デーリッチという協同組合運動家がライファイゼンとほぼ同時代に市街地信用組合の設立と発展のために活躍し、商業者のための相互扶助金融も発展していったという歴史的経過もあります。

日本における協同組合の源流

 それでは、日本では相互扶助の組織というのは、どんな歴史があるのでしょうか。そもそも、古来より「講」といった相互扶助の組織は集落に存在しており、共有地(コモンズ)の管理やお祭りの運営、冠婚葬祭のお手伝いをしてきましたが、その「講」の中で、地域の住民がお金を出し合って融通し合うという、いわばマイクロクレジットの仕組みがありました。マイクロクレジットは、バングラデシュのグラミン銀行の業績で創設者のユヌス氏とグラミン銀行そのものが2006年にノーベル平和賞を受賞しましたが、世界各地で古来より存在していました。ドイツの例と同様に日本でも、同業者や地域住民の間で互いの人的信用を元に金銭のやり取りを行ない、経済的発展が可能になる道を開いていったのです。また、「伊勢講」のように伊勢神宮参拝のための旅行資金を積み立てるものなどもありました。

 このような講は、江戸時代後期には珍しい存在ではなく、荷を背負って本を読む少年の像として有名な二宮尊徳(金次郎)が小田原藩士や藩の使用人を対象として職域ではじめた五常講(1814年)や、大原幽学が今の千葉の農業者に対してはじめた先祖株組合(1839年)などが代表的なものとして挙げることができます。

 二宮尊徳は小田原藩の行政改革だけではなく、農業土木事業や営農指導など農業分野でも大きな多大な業績を残し、大原幽学も農業分野はもちろん農村の生活の改善にも貢献しており、いずれもソーシャルアントレプレナーと解することができます。

 これらの先人はそれぞれ確固たる理念を持っていました。

 二宮尊徳は「道徳と経済」であり、仕事では正しいことを行ない、その結果としてもうけを生み出すので、道徳も経済も大事であるという戒めの言葉で、コンプライアンスに通じます。二宮尊徳の思想に影響を受けた渋沢栄一も「論語と算盤」という同じ趣旨のことを唱えています。いまでもJAの関係者からは「儲けちゃいけない、損しちゃいけない」と「道徳と経済」に連なる非営利の思想を諸先輩から受け継いだという方も少なくありません。

 さらに、「積小為大」も二宮尊徳はよく唱えていて、その意味は小さなことを積み重ねて大きなことを為しとげるということです。このことも“One for all, all for one”同様に相互扶助の精神を表しています。

 大原幽学は、孔子も唱えた「恕(じょ)」を座右にしていました。「恕」とは「しのばざるの心」すなわち「他人への思いやり」を意味し、自分に関わる人々に対して「恕」の精神をもって接することができるかということです。

 このようなマイクロクレジットの仕組みと相互扶助の理念が、広く普及していたため、ドイツのライファイゼン信用組合の法制度などをモデルにした日本初の協同組合法である「産業組合法」(1900年)に基づき、JA、信用組合、生協などの各種の協同組合の前身の産業組合の設立が円滑にすすんだと考えられます。

 そして産業組合の標語は“One for all, all for one”の言葉を意訳した「共存同栄」であり、桜をモチーフとした産業組合の徽章にもその言葉が刻まれていました。

 これらの先人たちの理念は、ESG経営の視点からするとE(環境)に関するものはありませんが(農業という観点からするとEは自明かもしれませんが)、

S(社会):「一人は万人のために、万人は一人のために」「恕」「積小為大」「共存同栄」
G(ガバナンス):「道徳と経済」

と、捉えることも可能でしょう。

理念の実践

 全世界の協同組合共通の理念としては、世界最古の生活協同組合であるイギリスのロッチデール公正先駆者組合(1844年)の経営原則を元にした「協同組合原則」が1937年に国際協同組合同盟(ICA)により定式化されました。二度の改訂を経て、現行の1995年改訂原則は以下の内容で構成されています。

第1原則:自主的で開かれた組合員制
第2原則:組合員による民主的な管理
第3原則:組合財政への参加
第4原則:自主・自立
第5原則:教育・研修、広報
第6原則:協同組合間の協同
第7原則:地域社会への係わり

 これらの原則を元にして、各国の協同組合法制度も整備され、また、各協同組合の経営理念も作られています。JAの場合は1995年改訂の協同組合原則を元にした「JA綱領」を組合員・役職員の共通の理念として1997年に制定しており、会合等の冒頭などに唱和する慣例があります。その内容は以下の通りです。

一、 地域の農業を振興し、わが国の食と緑と水を守ろう。
一、 環境・文化・福祉への貢献を通じて、安心して暮らせる豊かな地域社会を築こう。
一、 JAへの積極的な参加と連帯によって、協同の成果を実現しよう。
一、 自主・自立と民主的運営の基本に立ち、JAを健全に経営し信頼を高めよう。
一、 協同の理念を学び実践を通じて、共に生きがいを追求しよう。

 このように協同組合でも理念に基づき、規範となる原則なり綱領なりがあり、これらが組織のコンプライアンス態勢を支えているといえます。そして、理念の実践がESG経営の実現につながっていきます。

 今後も“One for all, all for one”の精神を、仕事の上で、どう活かしていくか、実践を通じて考えていきたいと思います。

中川 峰郎(なかがわ・みねお)さん
福岡県出身。1968年生まれ。1994年に京都大学大学院農学研究科を修了し、全国農業協同組合中央会(JA全中)に勤務。人材育成・広報・監査等の業務を担当する。2015年に中央大学大学院戦略経営研究科(CBS)8.5期生として入学し2017年修了。