小林 信明さん【略歴】
小林 信明さん/長島・大野・常松法律事務所 弁護士
私は、1981年に司法試験に合格し、83年に弁護士となりました。非才で怠け者の私が司法試験に合格できたのは、母校中央大学と、司法試験受験研究室である「玉成会」での多くの方々からのご指導の賜物であると心から感謝しております。その感謝の気持ちを示すことができればと考えておりましたところ、中央大学法科大学院において「倒産処理法Ⅱ」の講座を担当する機会(2004年ないし2014年)を与えられたことは、誠に有り難く、光栄なことでございました。また、講義を通じて、若い学生から新鮮な問題提起を受け、改めて考える契機を得るなど大変有意義な時間を持たせて頂きました。
私の弁護士としての業務の多くは、企業法務と呼ばれるものです。そのなかでも事業再生・倒産処理の案件が多く、大企業、中小企業の私的整理・法的整理案件で、債務者側、債権者側、そして事業の買収者側など様々な立場から幅広く関与しております。私が所属している長島・大野・常松法律事務所は、400名を超える弁護士が在籍し、あらゆる企業法務分野を取り扱っていますが、私は、そのなかの事業再生グループのリーダーを務めております。
私は、事業再生・倒産処理案件を長年扱ってきましたので、事業再生・倒産処理の進化や魅力について、ご説明したいと思います。特に若い学生の皆様に興味を持って頂ければ嬉しく思います。
倒産処理は、破産→企業再建→事業再生と進化をしてきました。
破産は、企業が経営破綻した場合の基本型で、企業を解体し清算するものです。この手続では、多額の債権について、その優先順位にしたがって、限られた原資をもって、どのように公平に分配するかが課題となります。それぞれの債権の優先順位は、実体法上の法的性質や、手続法上の要請によって定まりますが、複雑な法律問題や利害関係を適切に調整しなければならず、弁護士としては、その自力が問われることになりますので、やり甲斐のある仕事であると思います。
企業再建は、経営破綻した企業についてその再建を目指すものですが、事業が継続でき、従業員の雇用も維持されますので、解体・清算よりも優先性が高いものと言えます。このような案件は、経営陣や従業員、その他専門家など多くの方々と共同して、たくさんのハードルを乗り越えることになるだけに、それが成功したときには何物にも代え難い喜びがあります。
事業再生は、再建・再生すべきは、当該企業ではなく、その事業であると考えるものです。事業を継続しつつ、その事業を第三者に承継し、承継先で事業を再生することを含む概念ですので、M&Aの要素が加わります。
従来は、私的整理は不透明で不公平な処理がなされるおそれがあるため、透明で公正な処理が実現できる法的整理手続が推奨されてきました。しかし、近年、中小企業支援協議会スキーム、事業再生ADR、REVICという、透明性を高め公平な処理をするための準則を定めた、いわゆる準則型私的整理手続が充実してきており、その利用が活発になっています(法的整理案件が減少しているのは、このような私的整理案件が増加していることがその理由の一つと言えると考えています。)。
しかし、私的整理は、一種の集団的な和解であるため、対象債権者の全員一致が必要となります。それが、法的多数決で権利変更が可能な法的整理との違いです。そのため、多くの対象債権者が同意しても、一部の債権者の反対があれば、私的整理は成立できず、法的整理に移行せざるを得ないことになりますので、私的整理ではその対策が大きな課題となります。そのため、現在、事業再生ADRについては、産業競争力強化法の改正作業において、法的整理に移行した場合に一定の工夫ができる手当をつくることが検討されています。
近年、日本の企業の取引や契約は、伝統的な契約に限らず、高度化、複雑化しています。例えば、ファイナンス部門に限っても、プロジェクトファイナンスやストラクチャードファイナンスが多く利用されてきています。それらを利用する企業が経営破綻した場合、契約関係を適切に処理する必要が生じますので、こうした契約を十分に理解することが求められます。
また、中小企業を含めて多くの企業は、グローバルに経営を展開していますので、事業再生・倒産もグローバル化することは不可避です。例えば、企業が保有している国外の資産をどのように保全するか、国外で提起されている訴訟等をどのように解決するか、国外にある子会社をどのように処理するかということが課題となることが多くなっています。このような問題に対処するために、世界各国の倒産法制や事業再生等の実務の理解も重要となります。
事業再生・倒産処理案件のやり甲斐については、上記でも少し触れましたが、最後に具体例をご紹介しましょう。私は、2008年にバスと鉄道事業を営む福島交通という会社の更生管財人に選任されました。路線バス事業は、地域の過疎化にともない収益性の確保が難しかったのですが、多くの関係者の協力を得て再建をはかることができました。東日本大震災において、福島地域は大きな被害を受けましたが、福島交通のバスは原発の影響を受けている地域の住民の救済のために献身的な活動を行いました。私は、その活動の状況をテレビで見た時、福島交通の再建ができて本当に良かった、事業再生のやり甲斐とはまさしくこれだと改めて身にしみて感じました。
近年、事業再生、倒産案件が減少していると言われているようです。その状況を反映してか、倒産法を学ぶ学生が減っているとも聞いております。確かに、法的整理案件は減少しておりますが、上記のように、私的整理案件は増加していますし、事業再生・倒産は年々進化を遂げて複雑化・高度化しており、弁護士としての業務内容は深まっています。また、弁護士が債務者の立場だけではなく、債権者やM&Aの買収者の立場でかかわることも増えています。
このようにその深化と広がりが進んでいる事業再生・倒産分野で仕事をすることを目指す若い法曹が増えることを期待しています。そして、複雑化し発展した法律的課題の解決にとって重要なのは、基本的な理解であり、それは実体法に加えて倒産法を理解することを意味します。多くの学生が倒産法を学び、事業再生に興味を持って頂くことを願ってやみません。