杉山 忠昭さん【略歴】
「コンプライアンス活動におけるトップの決意と表明・周知(コミットメント)の重要性について」[1]
杉山 忠昭さん/花王株式会社 執行役員 法務・コンプライアンス部門統括
1. コンプライアンス推進に最も重要なものは、「トップの決意と表明・周知(コミットメント)」である。
- 今年、昨年とニューヨークでのEthisphere[2]の年次サミットに参加したが、いずれのスピーカーも一様に、トップのコミットメントが、コンプライアンスの促進、実現に最重要で有用という発言があった。自分もその通りと考える。
- 花王では、
① コーポレートフィロソフィーである花王ウェイにおいて基本となる価値観の一つに「正道を歩む」)を掲げている。
② 花王ビジネスコンダクトガイドライン(行動規範。略称として花王BCGと呼んでいる。)の基本となる精神の中で、法律の範囲の中でも最も清廉な行動を行うことを謳っている。
③ K20(2020年までの中期計画)の中で、利益ある成長の達成のための戦略の最初の項目として「正道を歩むを貫く」、が掲げられている。
④ 社内イントラネットを通じた社長のブログによる定期的なメッセージを通じた一体感の共有、
などが例として挙げられる。
- 上記のようにトップが積極的にその決意を発信してくれると、我々実務推進担当は実にやり易い。そして、「決意」⇒「表明」だけでなく、表明したことを実行する「言行一致」が社員には説得力となる。
- 最近、深刻な事態についてトップ陣頭での対応を経験した。幸い心配した事態は発現せずにすんだが、反省会のときにトップが語った言葉が印象的であった。
「経営へのマイナスインパクトの大きさ(見込み)に、コンプライアンスと事業を天秤に掛けて、事態の収拾をしようとしてしまった。しかし、コンプライアンスと事業は同列ではない。コンプライアンスというベースがあり、その上で事業をどうするかということに思い至り、思い切った手を打てた。」
2. トップに決意を維持させるために、常に「(健全な)危機意識」を前提とした議論をコンプライアンス推進担当役員はトップと繰り返さねばならない。
- 花王では、コンプライアンス推進責任役員である自分が直接社長に日々進言・報告をしている/取締役会でも負の情報でも社長自ら積極的に報告し社外役員から厳しいが有用なフィードバックを受けている。執行を担当する社内の役員が一瞬判断に迷ったときも、正道に戻すきっかけとなる意見をいただいている/監査役監査での気付きを代表取締役と共有する定例会議も有用
- 「正道を歩むを貫く」会社だという認識・期待を社内及びステークホルダーと共有すること、そしてそれを維持することが重要。その期待に応えようと緊張感をもって貫く姿勢を全うする。
3.組織における「情報の伝達」は常に課題である。通達、報告、教育、啓発いろいろな手段があるが、推進チームにとって最も重要なのは、如何に、トップのインサイトを正確に組織の末端まで伝えるか。末端までの情報ネットワークの整備維持と発信のパワー。
- 社長は、ラウンドテーブルと称した車座の雑談会を国内外のミドルマネジメントと毎回2~3時間、年間相当数こなしている。
- 自分は、海外の会社の責任者には、株主(米国現法では社外取締役。ドイツの現法においては監査役会メンバー)の立場で、常に正道を歩むことへの期待を共有している。毎年すくなくとも一度は出張時に現地経営幹部の面々とOne on Oneで各1時間程度、「あなたの担当する事業活動において起こるかもしれないコンプライアンスリスクは何だと認識しているか?」、「その潜在リスクに対してどのような防止策を実施しているか?」また、「そのリスクが顕在化した時にどのように影響を最小化するかの施策を持っているか?」といった一連の同じ質問を繰り返している。当初はそのようなリスクは自分達のオペレーションには「ない」という回答が多いが、こちらから、○○といったリスクは考えられないのか、といった具合に話を進めると議論が活性化する。繰り返し現地責任者とコンプライアンスリスクの認識を共有することで、本社として現地の状況を知る機会となるし、現地責任者へのリマインドともなっていると考えている。
- 組織の特性に応じた伝え方を実施(定例月次会議を利用した管理職研修、直行直帰社員向けスマホ利用のビジネスコンダクトガイドライン 確認テストなど)。自分自身の職場、活動と照らし合わせ、「販売社員にとっては?」「マーケティング社員にとっては?」「生産部門の社員にとっては?」、、、。個別に意見は異なるが、各人が自問自答することに意味があると考えている。
- ケースの共有(イラスト入りのBCGケースブック)[3]。これは、研修後のアンケートなどで多く聞かれる「もっと、留意すべき具体的な事例を知りたい。」という声に合わせて、グローバル共通の26ケースを作成し、共有したものである。一方、副作用として、ケースと解を丸暗記した場合には、完全一致したケース以外の応用が利かなくなる、つまり自分の所属した組織における解釈の置き換えができないということもあり、一長一短ある。
- コンプライアンス月間(毎年10月、経団連企業倫理月間に合わせて国内外のグループ全体で実施、コンプライアンス委員長ポスターなど)。2017年は、社内デザイナーにより作成されたコンプライアンスロゴ(社内投票により選定)のシールをBCG確認テストの受講証として社員一人ひとりに配布し、コンプライアンスヘルプカード(通報・相談窓口を紹介するカード)に貼ってもらう取り組みを行い、窓口の周知を図った。また、海外グループ会社においては、コンプライアンス委員会委員長メッセージに加えて、各社・各地域の社長メッセージも合わせて発信していただいたことで、自分の組織におけるコンプライアンス活動を意識するきっかけとなったと認識している。
4. この正確・適時な情報伝達をベースとして、如何にボトムアップの推進活動、体制を企画し実行していくかが、コンプライアンス推進担当の工夫の為所となる。
- 研修の時に、必ず、「あなたにとって、なぜ、コンプライアンスは重要・必要か」を尋ねるようにしている。「会社の信頼を失わないため。」とか「コンプライアンスは重要であるから。」といった類の答えが多いが、それは私の期待している答えではない。その意味を考えることで、「自分ごと」としてとらえるマインドが醸成される。このような「自分ごと」化は、具体的な部門の業務活動に落としていく活動につながるため、大変重要である。社内の管理職研修などで、「コンプライアンスの重要性がよく理解できた」という感想に交じって「一方、自分の業務の中でどのように実践していけばよいのか迷う」といった意見も聴く。自分で職場における潜在的コンプライアンスリスクは何かを考えて、それを回避する対応をとれるような組織毎の自主的な取り組みを促す活動の推奨を行なっている。
- 直行直帰が原則の美容部員向けには、月次会議の際に、20分程度で、留意すべきケースの共有を行なっている。
5. 年間の活動においては、常に伝送ロスがないか、経年ロスがないか、内部評価・外部評価などの「モニタリング」を駆使して確認しながら進める必要がある。
- BCG確認テスト(毎年8問のテストを実施、対象者3万7千名、Eテスト形式・紙テスト形式の組み合わせ)
- コンプライアンス社員意識調査(5問の簡易質問)
- (国内外)社員の声を聴く活動(役員によるラウンドテーブル含む)により、発信したことがどこまで届いているかの検証を実施
- ポイントを絞った社外検証(外からどのように見えているのかを知ることで、改善の参考になる)
6. 実効的な企業倫理を事業活動に組み込むために
- ハーバードロースクールのBen W. Heineman Jr. 教授(元GEジェネラル・カウンセル)著 「Inside Counsel Revolution - partners and guardians tension」[4]の紹介。
”Is it legal? - Is it right?”
“the fusion of high performance with high integrity”
この本は私の立場、すなわちコンプライアンスの具体的推進責任者が、トップに対して、会社全体に対してどのように対峙し、何をなさねばならないかを示してくれていると思うので紹介する。Chief Compliance Officer(CCO)は、トップが常にゆらぎないコンプライアンスについての高いコミットメントを維持すべく、常に健全なる危機意識を共有せねばならず、そのトップの高い志を会社事業活動のすみずみ(自社ばかりでなく協力会社にも)まで、強く正確に伝播せねばならない。
以上、コンプライアンス推進にあたって、ポイントと考えていることを述べた。ヒントとなれば幸いである。
- 杉山 忠昭(すぎやま・ただあき)さん
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花王株式会社執行役員 法務・コンプライアンス部門統括
1958年 生まれ
1980年 中央大学法学部法律学科卒業
1980年 花王(株)入社、法務部門配属
1996年 米国デラウェア州Widner University School of law, Master of law degree “Corporate Law and Finance”。
2012年、花王(株)執行役員 法務・コンプライアンス部門統括(現任)
中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会委員(2010年9月~現任)
経営法友会代表幹事(2011年3月~現任)
文部科学省再就職コンプライアンスチーム(2017年8月~現任)