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東 由紀さん

東 由紀さん【略歴

LGBTという言葉を知っていますか?

東 由紀さん/中央大学 大学院 戦略経営研究科 9.5期生

LGBTという言葉を知っていますか?

昨年11月に開催された法務省の「人権シンポジウム in 東京」

 2013年から開始した当社のダイバーシティ&インクルージョン研修では、毎回この質問をしています。当初は数人の手が挙がる程度でしたが、最近はほぼ全員の手が挙がるようになりました。続いて、「LGBTについて人に説明することができますか?」と聞くと、一気に手が下がります。聞いたことはあるけど、自信を持って説明できるほどは理解していない、というのが当社の現状のようです。また、「周囲にLGBT当事者はいますか?」という問いには、今でもほとんど手が挙がりません。皆さんはいかがでしょうか?

 いくつかの国内の調査では、LGBTは日本の人口の5~8%存在するという結果が出ています。日本には左利きの人は約10%、日本に多い名字の佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、田中さん、伊藤さん、渡辺さんを足すと約7%いるそうです。これまで左利きの人や、この名字の人に出会ったと同じ確率で、LGBTの人に会っているはずなのに、周囲にLGBT当事者がいない人が多いのはなぜでしょうか。それは、周囲に「いない」のではなく、当事者ではない私たちが「言えない」環境を作っているのでは?そんな気づきが、2011年に私がLGBTの理解を推進する活動に関わることになったきっかけです。

LGBTとは?

 LGBTとは、レズビアン(lesbian)、ゲイ(gay)、バイセクシュアル(bisexual)、生まれた時の身体の性をもとに割り当てられた性別と心の性が異なるトランスジェンダー(transgender)の頭文字を取った、性的マイノリティの人たちを総称する言葉として国内外で一般的に使われています。実は、性のあり方はとても多様で、LGBTの4つの分類以外にも性的マイノリティの人たちが存在します。最近は、好きになる相手の性別を示す性的指向(Sexual Orientation)と、自分が認識する性別を示す性自認(Gender Identity)の頭文字を取って、SOGI(ソジ)と呼ばれることもあります。本稿では、性的マイノリティの総称として「LGBT」を使いたいと思います。

 このような複雑で多様な性を正確に説明できることが「LGBTを理解している」ことなのかと言うと、そうではないと思っています。大事なことは、性別は男女の二元論ではなく多様であり、性的指向や性自認は生まれながらのもので、自分の意志で変えることはできないということを理解し、他のダイバーシティのイシューと同じように、誤解や差別的な感情による言動や行動について考えてみることです。

LGBTを取り巻く日本の現状

 2015年4月に発表された、東京都渋谷区と世田谷区における同性パートナー証明書の発行についてメディアが取り上げ始めてから、日本でもLGBTという言葉の認知が広がっています。今年2月に経済同友会から発表された多様な人材活用に関するアンケート調査結果では、約4割の企業がLGBTへの何らかの対応策を導入していることが分かりました。その多くは、人権規定の中に性的指向や性自認を人権として明文化しています。同性婚やパートナーシップ制度の導入が進む欧米諸国でビジネスを展開する企業では、彼らを社員として迎え入れるために、同性のパートナーが利用できる福利厚生制度を整備し、LGBTであることで差別しないための社員教育が必要となります。

 日本でもLGBTに対する認知の広がりと共に、職場で自らがLGBTであることを伝える人が増えてきました。それなのに、周囲の人がLGBTについて正しい知識を持たず、誤解や偏見をあらわにしたら、その社員は辞めてしまうかもしれません。LGBTの社員がカミングアウトをしていなくても、日頃からLGBTに対する差別的な言動を上司や同僚から聞いていたら、信頼関係を保ちながら働くことは難しいでしょう。逆に、違いに対する偏見や差別のない職場では、信頼関係や会社への忠誠心が強くなることで持てる力を発揮しやすくなり、多様な社員の離職を抑制し、優秀な社員を採用する人材プールも広がります。

 このように、企業におけるLGBT施策はビジネスの観点からも重要です。国内のホテルやレストラン、結婚式場では、LGBTフレンドリーであることを発信したり、同性パートナーに対して家族サービスを提供したりと、LGBT市場をターゲットとしたビジネスも出てきています。意図していなくても、LGBTに対して差別的と捉えられるメッセージを発信してしまった場合、企業イメージを著しく傷つけ、ビジネスリスク、訴訟リスクにつながる可能性もあります。欧米では、プレイヤーを登録する時の性別に男女の選択しか設けなかったことに対して、日本のゲーム会社が批判を受け、不買運動にまで発展しました。日本でも、昨年の忘年会シーズンに男性同士が罰ゲームで頬にキスをするCMが流れた時にSNSで批判の声が瞬く間に広がり、すぐに放映が終了しました。このように、LGBTのイシューは企業にとって「待ったなし」の状況になっているのですが、取り組みを始める企業はまだ全体の半数に満たないのが現状です。

司法・法務の世界での取り組み

 LGBTの社員に対する人権侵害や、そのことを会社が許容したことで、社員が組織を訴えるケースが複数報道されています。残念ながら、日本には性的指向や性自認への差別を禁止する法律がないため、企業は独自に勉強会や研修を実施し、ベストプラクティスを共有することで最善の対応をしようと努力しています。それでも、LGBTの社員の相談を根強い偏見や誤解によって扱ってしまう問題は後を絶ちません。

 そこで、司法や法務の世界でも、正しい知識を持った上で、LGBTに関する法的な問題に対応できるように、研修やセミナーが開催されるようになり、これまで、大手弁護士事務所や大阪弁護士会、裁判官の研修機関である司法研修所、法務省において、講師としてお話しする機会をいただきました。そこでは、人権の観点からLGBTについて学び、LGBT当事者の体験談や、企業のLGBT施策や対応事例など、日本におけるLGBTの現状を幅広く紹介する充実の内容になっていました。性的指向や性自認を「単なる趣味の問題」ではなく「自然なこと」であること、企業におけるLGBT施策の現状を、弁護士や裁判官の皆さんが理解していただき、強力な「アライ」になっていただけることは、LGBT当事者だけでなく、LGBTに関わる企業や自治体が安心できる社会のベースになると期待しています。

LGBTのことを理解し、支援しようとする「アライ」の存在

 日本では、LGBTに関する正しい知識を教育の場で教えらないため、LGBTであることが異常、不健全、病気、または趣味嗜好の問題であると捉える人がいまだに多く、メディアでもLGBTであることをからかうような描写を多く目にします。そのような根強い偏見や誤解、不理解は、学校や職場、社会に蔓延しており、結果として周囲に打ち明けられない当事者が多くいます。そのような現状では、「アライ」の存在がとても大事だと考えています。

「アライ」とは、英語のAlly(同盟、支援者)が語源で、LGBTのことを理解し、支援しようとする人のことを言い、LGBT当事者であってもなくてもアライになることができます。LGBTに対する誤解や差別的な言動を聞いた時に、隠しているLGBT当事者であればバレないように泣き寝入りするところを、アライは客観的に正すことができます。LGBTの社員がカミングアウトしていない組織では、アライはLGBTのニーズを代弁し、LGBTの研修や制度を導入することができます。LGBTの当事者は8%いるとすると、92%の当事者ではない私たちがLGBTに偏見を持たず、理解を深めることで、社会や企業は大きく変わるはずです。

 男性は女性を、女性は男性を好きになる。身体と心の性別は一致している。これは、マジョリティの人にとっては「普通」で「自然」なことかもしれませんが、この「普通」の枠に当てはまらない人たちがいて、自分のことを「普通ではない」「変だ」と感じた時に相談できない。相談しても理解されずにからかわれたり、仲間外れにされたりする。そんな時の気持ちを想像してみてください。子供の時、就職活動の時、職場や社会の中でも、そこにLGBTに対する誤解や偏見がある限り、そんな気持ちはずっと続きます。LGBTの人たちが自分らしくいられる職場や社会は、色んな多様性を持った人にとっても生きやすいはずです。誰かが誰かのアライになり、アライの仲間がもっと増えて欲しいと心から願っています。皆さんも、今日からできることをぜひ考えてみてください!

東 由紀(ひがし ゆき)さん
ニューヨーク州立大学卒業後、外資系の金融情報通信会社を経て、リーマン・ブラザーズ証券に勤務、債券リサーチ部門で機関投資家向けのリサーチ・サービスの企画・開発・マーケティングの責任者を務める。2008年より野村證券のリサーチ部門で同業務を担当する傍ら、LGBTなど性的マイノリティを支援する「アライ」としてLGBT社員ネットワークのリーダーを務める。2013年から人材開発部で本社部門の人材育成とダイバーシティ&インクルージョンのジャパンヘッドに着任。現在は人材開発部と人事部を兼務し、タレントマネジメント・ジャパンヘッドとして、グローバルビジネス部門の人材マネジメントとリーダー育成、ダイバーシティ&インクルージョンの推進に取り組む。中央大学大学院戦略経営研究科の9.5期生。