梶本 幸佑さん【略歴】
~検事の仕事を通して
梶本 幸佑さん/長野地方検察庁松本支部兼諏訪支部検事
私は、2010年12月に検事に任官しました。検事としてのキャリアは、ようやく7年目に入ったばかりですが、これまでに、大阪地検、富山地検、東京地検(本庁、立川支部)、長野地検(松本支部兼諏訪支部)の4つの地検で勤務をしてきました。このように検事は概ね2年おきに転勤を繰り返すのですが、そのことを知った方からは、「転勤ばかりでたいへんじゃないですか?」と聞かれることがよくあります。そんなとき、私はいつも「そうなんです、結構大変なんですよ!でもね・・・」と転勤の楽しさを答えるようにしています。転勤と聞くと、やはり、住み慣れた町を離れ、親しい人たちと別れなければならない・・・など寂しいイメージが先に立つものですが、実は、転勤は新しい人々との出会いやそれまで知らなかった美しい風景、楽しいことの発見のチャンスでもあるのです。そして、この「出会い」と「発見」は、まさに検事の仕事の根本なのです。
ここでは、検事の仕事における「出会い」と「発見」について、少しだけお話しさせて頂きたいと思います。
検事の仕事は、人との「出会い」の連続です。
検事が扱う身柄事件のうち、その多くは、警察が被疑者を逮捕し、その身柄とともに検察庁に事件送致をしたところから始まります。
事件送致を受けると、検事は、直ちに送致された事件記録を検討した上で、弁解録取と呼ばれる被疑者の取調べを行います。ここで、まず、検事は被疑者に「出会う」のです。
「被疑者の取調べ」と聞くと、皆さんはどのようなイメージを抱くでしょうか。中には、詰問調で厳しく追及し続けたり、冷徹に次々と質問を重ねるというイメージをお持ちの方もいるかもしれません。たしかに、場合によっては、取調べの過程で厳しく追及する場面がないわけではありませんが、必ずしもそればかりではありません。特に、被疑者との「出会い」の場である弁解録取は、事件についての被疑者の弁解内容を聴取するだけでなく、被疑者の性格や現在の心境などできる限り多くのことを把握する必要があり、被疑者との人間関係構築の第一歩となります。取調べではなくとも、人との出会いは、第一印象がその後の人間関係の構築を左右することが往々にしてあります。そのようなことを踏まえると、弁解録取は、比較的短時間の取調べであるとはいえ、検事の仕事の中で生じる「出会い」の中で、もっとも緊張感のある「出会い」のひとつと言えるでしょう。
検事は、事件捜査をする中で、被疑者の処分を決めたり、公判で立証する際に重要な証人となることが見込まれる被害者や目撃者などの参考人の取調べについても自ら行います。参考人は、刑事事件には関わりたくないとしてなかなか聴取自体に応じてもらえない方や、被害にあったことをうまく説明できない児童や知的障害者、これまで全く触れたことのない分野の専門家など多種多様であり、ありとあらゆる属性の人々と「出会う」ことになります。このような多種多様な参考人に対し、通り一遍の接し方をしていたのでは、重要な事項を聴取できないばかりか、聴取の機会すら得られないことにもなりかねません。時には、何度も、何十分もかけて説得して事情聴取や公判出廷に応じてもらったり、事件と直接関連しない話に長時間を費やして信頼関係を築くこともあります。また、専門家の先生方から聴取する際には、事前に基礎的な事項を予習しておき、先生方から勉強不足と呆れられることなく、弁護人の厳しい反対尋問にも耐えられるような踏み込んだ議論まで聴取しておく必要があるのです。さらに、先ほど例に挙げた児童や知的障害者などは、類型的に聴取者の影響を受け易いとして、公判で供述の信用性が争われるケースがあるため、捜査段階において、一切誘導せずに真実の供述を引き出せるよう、検事の研修の機会等に、児童や知的障害者からの聴取方法について専門家の指導を受けたり、場合によっては、取調べの場に専門家の先生に立ち会って頂くこともあります。
このように、検事にとって、多種多様な参考人との「出会い」は、各参考人の特性に応じた多種多様な「出会い方」が求められる仕事であり、非常に神経を使う分、十分な事情聴取ができた場合には、喜びもひとしおなのです。
以上に述べたとおり、検事は、数多くの被疑者や参考人と出会います。そして、出会った被疑者や参考人の供述から新たな参考人の存在が浮上し、これを裏付けるため、さらに別の参考人に出会うということもよくあります。このように、ひとつの出会いが、また別の出会いを生むということを繰り返し、重要な客観証拠の「発見」に至ったり、事件の真相解明へとつながる道筋を「発見」し、真実にたどり着くのです。
同じ罪名の事件であっても、また、一見して同じような内容の事件であっても、ひとつとして「同じ事件」はありません。そこには、必ず新たな「出会い」があり、そこで出会った被疑者や参考人と真剣に向き合うことで、紆余曲折を経ながらも、検事は、事件の真相解明へとつながる新たな「発見」を目指し続けるのです。
冒頭でもお話ししたとおり、検事の仕事の根本は、「出会い」と「発見」の繰り返しと言えると思います。検事が出会う相手は、ここでお話しした被疑者や参考人だけではなく、常に行動を共にしながら一緒に事件に取り組む立会事務官をはじめとする検察事務官、時に捜査方針等について意見を厳しく対立させながらも、真相解明に向けて共に捜査を行う警察官、刑事訴訟の進行を指揮し、最終的に判決を下す裁判官、公判廷で異なる立場から互いに主張立証を尽くす弁護人等、本当に多くの人々と出会い、関わり合いながら仕事をしています。
検事は、事件ごとにこのような数多くの「出会い」と「発見」を繰り返しながら、最終的に、日本の治安を守る、言い換えれば、「普通の人が、普通に暮らせる社会」の実現を目指しているのです。
私自身は、検事としてまだ経験は浅いですが、今後も、より良い「出会い」と新しい「発見」を求め、そのような社会を実現する一助になりたいと思っています。
そして、この拙い文章を読んで頂けた方に、少しでも、検事の仕事の一端を知って頂くことができ、あるいは興味を持って頂ければ、幸いです。