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山本 信秀さん【略歴】
~小さくて大きな「小規模法務」育成の考察~
山本 信秀さん/ソーラーフロンティア株式会社コーポレート管理部 統括課長
本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)
朝一番。人気のないオフィスに出社、本日の業務予定の段取りを組む。昨日の仕掛りのシステム保守契約の文言追加検討、当局に対する業法の対象範囲の相談纏め、それと、、、。
そのとき、営業部の担当から「ちょっといい?」と相談され聞くと不良債権発覚、不正取引の有無確認含め、担当にすぐに現場へ急行させレポートを書かせる指示をする。朝から厄介だな、とぼやいていたところ、明日の取締役会に付議する決裁規定改定議案の一部修正を事業企画部から相談される。主要点の不足文言を指摘して終える。さすがにもう勘弁、そうつぶやき始めたその瞬間に、次は常務と経営企画部の部長から呼び出され、某国会議員のパーティに参加すべき予定があるのだが、寄付などの点は問題ないか確認したい。ついてはすぐに常務室に来るように、とのこと。
朝一で出社した本日。結局予定した業務準備ができなかった、、、。
上述は極端な例かもしれない。なぜなら通常は、法務組織においては経営方針・事業戦略に沿い、法務担当は上司と相談して進めて案件に対応するはずだからである。
しかし、それはいわゆる「大企業」の「大規模組織の法務部門(部門11名~30名が属する法務組織。以下「大規模法務」)」における法務・コンプライアンス業務等の進め方に多くはないか。中小企業、ベンチャーあるいは法務部門が小規模組織(部門5名未満が属する法務組織。以下総称して「小規模法務」)であればその様子は異なってくると考える。
冒頭内容は、小生の過去の経験談であり、他社でもこれらは存在すると考えている。
そこで、本論考では、こうした組織内の「スモールオフィス」である小規模法務が、自ら人員が少ない中で業務を推進する際に、何がおさえておくべき肝なのか、これに対する提言を試みたい。
不祥事管理関連などコンプライアンス推進を前提とした文献は、今日多数出版されており多く議論されている。一方で、それらを進める主体=法務・コンプライアンス組織の運営実務において、特に、小規模法務における実務事例はやや不足しているように思われる。
現在、我が国市場の企業は、2014年統計によれば400万社弱あり、およそ99.7%が中小企業が占めるといわれている。数の視点で言えば、企業に求められる法的要請内容が高度になるほど、中小企業にとっては負担がかかる。
直近の法務部門の実態を分析したある報告によれば、まず、数字面において、わが国の法務部門の平均人員は、8.8名であり、その内訳においては、大規模法務の平均人員17名は、小規模法務の平均人員2.5名と各段の差を有している。次に、企業数においては、大規模法務が全体の15.0%を占める割合に対し、小規模法務は50.1%である。さらに、現在取り組むべき課題認識においてその割合は、小規模法務は大規模法務より独占禁止法で約7分の1、法改正対応で3分の1以下、と大きく差異が生じている。
一方、内容面においては、大規模法務より小規模法務が特に劣っている内容は、主に、社内弁護士の獲得優位性、経営陣への働きかけ、経営陣からの相談頻度や他部門との連携、との分析である。
これに対し、経営陣から相談が増加している項目(全法務組織平均)は、上位から順に、ガバナンス・危機対応・リスク管理となっている事実がある。
こうした事実からすれば、小規模法務は、量・質ともに対応が相当不足しており、「有事予備軍」の可能性が相当程度高い企業群といえそうである。ハーバード大学ロースクールBen W. Heineman, Jr.は、その主張において「大企業におけるのと同じように中小企業であっても同じ法令順守義務を果たす必要がある」とし、「コンプライアンスを徹底していないとつぶれてしまうし、買収にあった場合にも値下げの材料、場合によっては破談ともなる」としている
これら結果や見解を、小規模法務は冷静に受け止め、法務組織の適切な強化を急ぐべきである。
コンプライアンス推進方法は業界、規模などにより差があるのが一般と考えるが、少なくとも以下のとおり試案を提示してみたい。
小生がまず推奨したいことは、生きたコンプライアンス情報を社内で徹底して展開することだ。イントラページをしっかり作成する。そしてそれで終わらず、各部門に出向き、短時間でよいからその説明行脚を予定すること。多くの方はイントラページ作成に相当工数を費やす。但しそこで終わってしまう。しかしそれでは朝から外出し夕方帰社した営業、生産工程対応で精いっぱいの製造現場、各方はそれをみただけで理解できるだろうか、いや、そもそもじっくり見てくれるか。残業は無理。ならばいっそのこと、法令や社内稟議など本当に理解してもらうには、イントラと同じことを説明して回るといい、という意味である。無駄では?いや、社内各部門の定例会議などがあればそこに出かけ、短時間でも自らの声で伝えトークセッションを設けることは、それまでと数段異なるコンプライアンス環境づくりを可能とする意味がある。下手な手法かもしれないが案外これが効く。経営陣にとって統制上で効果があるし、社員にとってもそれらを通じて1人ひとりが不祥事を起こさない認識を感じてもらうので有益である。
次に、小規模法務においてリーガルリスク・コンプライアンス機能向上を目指すならば、自らを昇格させる環境をつくることである。それには日ごろの独自の洞察と課題メモ・成果を残しておくなど面倒この上ない作業が欠かせない。それらを糧に上層部に問題提起をし尽くし、コイツ面白いな、と上層部に印象をもって頂くのである。これを繰り返すことで奏功し、人事異動の季節に声がかかり、役職が上がる環境が備わってくる可能性が大きいといえる。
小生は、小規模法務でコンプライアンス推進中に法務担当にもかかわらず、ビジネススクールに入学した。新規ビジネスを推進するスタッフとして、当時の小規模法務において法務機能を経営にどう活かすかを真剣に考えきた。事業活動規制やステークホルダー保護規制等検討はもちろん、それらが企業財務分析や企業価値評価とどう相関しているかに悩み、視点を多くもちながらその成果を会社に多く提供してきたつもりである。
かつて2008年にある雑誌で帝人の法務室長が「取引先の財務諸表をみるべし。法務とはいえ数字と無縁でいられない」とし、取引先との契約作成について、原局との信頼関係を構築するためにも法務担当は会計の能力も必要である旨、明確に示唆している。
現場で生じたリスクに法務知識のみならず自ら得てきた外延知識をもあてはめ、それらをパッケージにして、短時間で役員にメッセージを提供。小規模組織のリソース確保に説得力を持たせ、予算・人員の確保に効果あり、といえる。
企業経営の根幹をなす本格的なコンプライアンス実務。課題は多いが小規模法務に寄せる期待も大きい。
「やる時間がないです」「やっても効果が得られにくいのです」
小生はそうは思わない。結局は、それを動かす人の実行力(情報整理力、洞察力、表現力)が肝である。かくいう小生も、まだまだ経験の途にある。
「小規模法務はつらいよ」。これに理解を示すことができるからこそ、さらに肝の内容を深堀りし、「スモールオフィス」の担い手となる次世代の法務担当者を支えていきたいと考えている。