高校生の頃から、医療ミスなどの医療に関連した分野を専門的に扱う弁護士になりたいと思っていました。
当時思い描いた理想像とは異なりますが、ダブルライセンサーとして,できることを模索して、本来の医療をサポートしていきたいと思っています。
昔の医療ミス
昔は、医療ミスといえば、ほぼ間違いなく患者側が負けると言われていた時代です。
その患者側の敗訴率の高さを知り、高校生ながらに衝撃を受けました。そのことがきっかけで、患者側の敗訴率の高い原因を調べるようになりました。そして患者側が不利とされる大きな原因としては、1)医療の専門性、2)医療の密室性、そして3)医療従事者間のかばいあい、という3つの問題があることを知り、これらを打破することを使命のように感じていました。
これらの問題を打破するのに思いついた方法は、医師になり弁護士にもなることでした。そう考えた私は、まずは大学への進学が必須となる医師になろうと考えて医学部へ進学しました。当時は、法科大学院といったものも存在せず、弁護士になるために必要なことは司法試験に合格することだけでした。そこで、まずは医師になろうと考えたのです。
ところが在学中の1999年頃に大きな事件が幾つか起こったことで、その後の医療ミスを取り巻く環境は大きく変わっていったように思います。
それまでは、医療ミスという主張それ自体すら許されないような雰囲気を感じることさえありました。それが、一連の医療ミス報道をきっかけに、風向きは変わっていったように思います。特に、都立広尾病院事件では、マスメディアによる医師に対する非難が連日のように取り沙汰されるようになったと記憶しています。
医療が批難される時代
その頃を境に、世間の風向きが変わり、医療ミスに関するニュースがよく見られるようになりました。
在籍していた医学部では入学当初から患者側の弁護士になることを公言していたためか、医療ミスとして取り上げられることに対する医師の不安の声を多く耳にするようになりました。
医療ミスが簡単に批難の対象とされるようになってきたのです。そうすると、当初、医療ミスにおける患者側敗訴率の改善を目標としてきた私としては、別の人が目標を達成したように思えてしまい、わざわざ弁護士にまでならなくてよい気持ちがしてきてしまい、そのまま医師として臨床に出ることにしました。もちろん医師を職業にしようと思ったからです。
そして初期臨床研修を終えた私は、外科を選択しました。
外科は切った貼ったの世界です。予期せぬ箇所からの出血もあれば、縫合不全もままあります。手術以外でも、内視鏡で消化管穿孔のおそれもあります。穿孔のリスクがある患者さんであっても検査によって得られる利益が多いと判断すれば内視鏡をいれますし、時には実際に消化管穿孔を起こします。
細菌が特定できずに抗生剤をうってみれば、真菌であったこともありますし、肺にドレーンを刺せば、空気が抜けてくることもあります。
これらはいずれも期待された結果ではありません。
そして、そのように期待される結果が得られないとき、時として医師は患者さんから訴えられることになるのです。
弁護士を目指すきっかけ
医師は日々の診療業務において患者さんから訴えられることがあり、ある意味ではそれが避けられないものであることを知ってはいるものの、そのことを非常に怖いことだと思っています。
ほとんどの医師(看護師さんらもですが)がそれまでに裁判というものに触れることもなく、結果責任を問われると思っているからでしょうか。そして、現場のことを本当にわかってくれるかが不安だからでしょうか。
私は、昔からひねくれているのでしょう。
そうなると、医療を続けていくというよりも、医療現場で戦う先輩や友人をサポートしたいと思ってしまいます。むしろ外科を続けていくことは選択肢から外れていきました。そして今度は、昔思ったのとは全く逆の立場にたって、医療機関側の弁護士への道を歩み始めることにしたのです。
臨床経験のある弁護士の存在意義
いま弁護士になってみて思うのは、臨床の現場に出ておいてよかったということです。医療ミスが問題となる場合、医療法や医師法に出番はまずありません。立法時には、特に医療ミスのことなど意識されていない、わずか数条の民法条文によって処理されていくことになります。
つまり、紛争の場で、具体的な医療行為ごとにそこに過失がなかったのかを判断していくことになります。
診療行為における過失が問題視されるような紛争では、そこで医師がどのような医療行為を選択し、その選択をしたのかがなぜだったのかが説明されなければなりません。医療行為として正しくても、添付文書と異なる用法で薬を使っていたなど、形式的に間違っていれば、高額な損害賠償を強いられることもあり得ます。そうすると、なぜそのような医療を行ったかという判断の理由から説明していくことは非常に重要です。
実際に訴訟が起これば医師は強い不安を感じることになります。そんなとき、弁護士に臨床経験があれば、医師とのやり取りがスムーズになり、結果として医師の不安や負担を和らげ、現場でどのような判断をしていたのかを理解することができます。そして、医療行為がどんなものであったかを、しっかりと紛争の相手方に説明することで解決できる紛争があるのです。
医療ミス以外にも弁護士としてできること
弁護士として少しずつ経験が増えてきて、医療機関における法律相談として、医療ミスとは異なった類型の御相談も頂くようになってきました。労働問題や、医療未収金の問題など御相談内容は様々ですが、こうした医療行為とは関係ない部分でも、しっかりと弁護士がサポートしていくことで、医療が本来の医療を行うことに全力を注げるようになると思うと、やりがいを感じます。
医療をサポートしていく
そして、付け加えて思うことがあります。
説明義務違反という類型についてです。
法律は、結果責任を負わせるものではありませんが、説明義務違反という類型では実質的に結果責任を問うものが少なくありません。
医療の当事者らは契約なんて意識していないでしょう。患者さんがお金を払うときも、医師に払っているというよりも、病院に払っているという意識ではないでしょうか。
しかし、期待した結果が得られないとき、そんな悪い結果が起こることは説明されていませんでしたと、契約から説明義務違反を持ち出すことになります。もちろん熾烈な紛争に発展することがあります。
たしかに、全てのリスクを説明しておくことは、法律的に言えば適切なことでしょう。しかし、良い医者というものの在り方としては疑問です。私は、患者さんに常に死亡という結果を意識させることが最善だとは思えません。医師の責任において患者さんの不安を和らげてあげられることが、医師としての資質の一つであるように思うのです。そして、リスクの全てを、治療を行う医師が伝えることには限界があると思うのです。
そこでは、リスクの説明は第三者がするという選択肢があってもよいように思っています。私自身も、説明に関わっていくことができないか、これまでとは違った方法はないものかと、考えています。
ダブルライセンスにできること
幸か不幸か、まだ世の中にダブルライセンサーは少数派です。経済的にいえば、ブルーオーシャンということになるのでしょうか。しかし、そこには経済的合理性からでは捉えきれないものがあって、効率を追求するばかりではなく、医療行為が患者さんとの共同作業であることから生まれる大切な気持ちを添えていなければならないと思っています。
本来、医療従事者と患者さんとは共に病と闘う仲間のはずです。思いがけないところからその関係性が崩れてしまいそうなとき、ダブルライセンサーには多くのサポートができると思っています。
医療に関する法律は,まだ整備が不十分です。医療従事者と患者さんとが本来の姿を取り戻すために、本来の医療とは違ったところで負担がかからないよう、様々な方法を考えていかなければならない分野です。
その一つが、医療行為についての説明をすることであれば良いなと思いますし,また次の方法も考えていきたいと思っています。
医療と法律との架け橋になれるよう、ダブルライセンサーとして、新たな分野を切り開くパイオニアを目指して、引き続き頑張っていきたいと思います。
- 平野 大輔(ひらの・だいすけ)さん
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弁護士・医師
1978年生まれ、広島県出身。私立英国四天王寺学園高等学校卒業、東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業、那須赤十字病院外科医局勤務を経て、
2014年 中央大学法科大学院法務研究科修了
同年9月 司法試験合格。岡山にて修習(68期)
2015年 東京弁護士会にて弁護士登録 小笠原六川国際総合法律事務所入所
外科学会所属 中央大学法科大学院実務講師
企業法務、M&Aから医療機関の法律顧問業務、一般民事まで幅広い案件を担当。
医療過誤や後遺症認定では医療知識を活かして法的サポートをしている。
著書に『判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A』(共著、清文社、2016年6月)