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冨樫 久美子さん

冨樫 久美子さん【略歴

企業活動の最前線に立つ弁護士を目指して

冨樫 久美子さん/セブン&アイ・ホールディングス、弁護士

本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)

1.弁護士である前に、まず社員として

 増加を続ける企業内弁護士について、その姿を議論されることが多々あるが、私個人としては、‐弁護士である前にまず社員として‐どうあるべきかという視点から企業実務を学ぶことが、企業で勤める上で非常に大切なことだと考えている。

 まず、社員として、会社概要(会社の事業内容、業態、経営理念)、会社の風土、会社の歴史、会社が大事にしている価値観(例えば、弊社の場合は‘お客様の立場に立つ’という視点)を理解することはもちろんのこと、現場がどう動いているか、各部署がどのような業務を行っているか、取引先とのやりとりがどのように事業に結びついているのか、という企業実務を学び、理解しないといけないと思っている。

2.企業で生きること

(1)企業実務の理解

総務部トップの松田匡史さんと

 企業で働く上では、企業活動とそれを支える企業実務をよく理解することが必須である。

 なぜなら、法的リスクは、企業活動(現場)と離れたところに存在するわけではなく、企業活動(現場)そのものに内在しているからだ。

 従って、企業活動(現場)とそれを支える企業実務を理解することができていなければ、目の前にある問題の本質を掴み、解決に導くことは不可能だと思う。

 特に、弊社は流通小売業を営んでおり、店舗で直接お客様と触れ合う業態なので、企業実務を理解することが特に大事となる。

(2)企業内弁護士の価値 ~企業活動を押し上げていく~

 弁護士資格は大きな武器であることは間違いないが、企業で勤める限り、弁護士資格を持っていなければできない仕事はないと思う(※刑事弁護・訴訟代理するなら別)。

 外部弁護士(法律事務所で働く弁護士)との違いは、(1)企業実務をよく理解している(2)起き得るリスクを想定できる(3)当事者として問題解決に関われる(4)同じ問題が発生しないような具体的な防御策を各部署に提案し、社内に落とし込んでいけるところにあると思っている。

 私の上司も「君の強みは、企業実務を理解しようと努力しているから、事案ごとの問題点の整理もスピードがあることだ。また、問題が発生したときも、自分の意見を実務レベルに落とし込んで周りに伝えることができる。だから、周りのメンバーも君の意見を聞いたときに新たな気付きがあるんだ。」と話してくれる。

 企業実務を理解しようとしているからこそ本質をついたサポートを行うことができ、ひいては企業活動が迅速にすすむよう押し上げていくことができる。

 これこそが企業内弁護士の価値そのものではないだろうか。一言でいえば、企業実務に精通した専門家、だ。

「法的にみるとできません。」「こんな法的リスクがあります。」という単なる法的論評だけしてもまったく意味がない。

「今回のプロジェクト発足の背景は何なのか?このビジネスを通して達成したいことは何なのか?ここに法的リスクが潜んでいるので、このような方法で進めて、ビジネスを進めていきましょう。リスクを回避するためにはこういった法的解釈が可能ですよ。」という形で、いかに具体的な解決方法を示すことができるかが大事だと思う。法律はあくまで道具なのだから。

 このように企業活動(現場)に寄り添った判断ができれば、案件を進めていくスピードが格段にあがり、無用な紛争も回避することができる。

 実際、私も案件対応のなかで、企業実務を踏まえたアドバイスや解決方法の提案をすると、「思いもよらない視点だった!」ということでメンバーからも感謝され、案件が一気に進むことが多い。

 昨年より、遠山信一郎教授が代表研究者の科学研究費助成事業‐企業価値向上型コンプライアンス‐(従来の企業不祥事防止を主目的としたリスク管理型コンプライアンスを超えて、企業価値向上を主目的としたコンプライアンス態勢作りに取り組んでいる)にメンバーとして参加させていただいているが、これも本質は同じなのではないだろうか。

 企業活動(現場)を押し上げ、スピードを上げていく取り組みでなければ企業には根付かないし、コンプライアンスを語るうえでも、企業実務を理解しようとしなければ、ただの綺麗ごとにすぎないと思う。コンプライアンスは、企業が自分たちで作り上げていくものだ。

(3)自分から企業活動(現場)に入り込んでいく

仲間といつも一緒に乗り越えてきた

 法律事務所で勤務していたときから感じていたことだが、交渉が煮詰る、関係がこじれてどうしようもなくなっているといった段階から介入していくのでは、遅すぎる。

 初期対応が遅れるほど、企業活動に支障が生じるだけでなく、会社が抱えるリスクは大きくなっていく。

 案件をすすめるとき、最初の段階からメンバーと連携し、自分から積極的に関わっていくことで、案件発足の背景を理解し、課題の洗い出し(この課題は法的リスクに限定されない)を行うことができる。

 この点で、企業内弁護士の活躍分野としては、法務部だけでなく、営業部門など取引先との交渉を行う部門、また、事業戦略部門(企業戦略を練る部門)においても生きるのではないか。

 こういった企業活動の最前線の部署に身を置くことにより、初期の段階で課題を洗い出し、無用な紛争を回避しながら、企業活動をサポートすることが可能になるからだ。

 この点経営法友会がまとめた「法務部門の実態調査」(第11次中間報告)によると、5年前の調査時には企業内弁護士のほとんどが法務部に配属されていたが、今回は社内弁護士の約15%が法務部門以外に配属されている。

 この結果をみても、企業内弁護士が活躍する領域は拡大していることがわかる。

3.後輩へのメッセージ

 司法試験を合格したら法律事務所に勤務して裁判所に向かう、これが今までの弁護士像だった。しかし、これは固定概念ではないだろうか。

 現在、弁護士の就職難が問題となっているが、試験に向けて勉強したことや司法修習で得た能力(私は、問題解決能力だと思う。)を生かす場所は、法律事務所だけではなく、民間企業や行政機関などたくさんある。

 どこで仕事をするのかではなく、「自分は何をするのか」これが一番大事なのだろう。

 どこに所属しようと、自分が頑張って得た知識や能力を使って活躍するためには、結局自分の気持ち次第だと思う。私がこのような姿勢を貫いていると、自ずと上司や仲間が応援して助けてくれた。これがチームとなり、絆となっていき、大きな問題もチームで乗り越えていくことができた。

 頑張ったら頑張っただけのものが必ずあると思う。固定概念にとらわれることなく、皆さんにはたくさんの選択肢・可能性が広がっているのだと希望を持って進んでほしい。

冨樫 久美子(とがし・くみこ)さん
1981年生まれ 徳島県出身
2004年 中央大学法学部法律学科卒業
2006年 中央大学法科大学院法務研究科修了
2007年 司法試験合格
2008年 弁護士登録(新61期)、法律事務所勤務・中央大学法科大学院実務講師
2010年 株式会社セブン&アイ・ホールディングス入社(法務部)
出産後育児休職を経て、2016年より総務部オフィサー
フランチャイズに関する案件相談、各種紛争案件対応、対外折衝業務、株主総会運営、コンプライアンスに関わる業務、保険・物流・環境政策業務、M&A案件に対する法的サポートを行っている。
2015年4月より遠山信一郎・中央大学法科大学院教授を中心として開始された科研費研究「企業価値向上型コンプライアンス」のメンバー。