日本企業の海外進出を成功に導くため、異国の地で日夜奮闘している糸井氏。
コンサルタントとしての立場だからこそ、国際社会における日本の立場、求められているモノが何かを肌身に感じている。
故に「日本に貢献したい。日本を盛り上げたい!」という気持ちを強く持ち、講演会などで日本の若者たちへメッセージを発信してきた。
そんな彼が見てきた世界の現状、日本の未来を背負う若者たちが備えるべきスキルとは――。
海外に出ざるを得ない状況の日本企業。グローバル化が急務
PwCモスクワ事務所の受付。糸井さんはこの事務所にいる約2000人のロシア人と一緒に働いている。
海外に在住して15年。現在はロシア・モスクワを拠点に、監査や税務・法務などのサービスを提供するPwCで、日本企業が海外に進出する際の会計、税務、法務、M&Aといったコンサルティングサービスを提供しています。日本企業の海外進出をサポートしていて感じるのは、日本企業の苦戦ぶり。優れた技術力はあるのですが、言葉や文化の違いが壁となって、勢いのある東アジア近隣国に押されてしまっていえるケースが少なくありません。また、日本ならでは企業文化が海外での事業成功を阻んでいるケースもみられます。例えば日本の大企業では多くの稟議を通さなければならず、会社の意思決定までに時間がかかってしまうことがよくあります。海外企業から合弁事業を持ち掛けられても、日本側の意思決定に時間が掛かってしまい、相手が痺れを切らし、他国の競合企業に事業を奪われてしまうということがありました。また、日本のやり方を強引に現地で実行しようとする場合もあります。現地の文化、日本との違いを理解して尊重することも大切です。逆に日本では良いことだと思われている部下に自由にやらせるという姿勢は現場のコントロールがきかなくなってしまうこともあります。
こういった状況の中でも日本企業の海外進出は加速しており、企業の駐在員として海外赴任の社命を受ける社員は、英語が得意で海外に興味を持っている人だけとも限りません。このような現状にもかかわらず、日本人学生の内向き志向は叫ばれて久しく、“日本丸が沈没するのでは!?”と危機感を抱いています。
グローバル化を目指す日本社会で、必要とされる人材とは何か
ロシアの最高学府・モスクワ大学の校舎。「ソビエト連邦時代に建てられたスターリン様式の建物です。モスクワには似た建築物が7つあり、セブンシスターズと呼ばれています。モスクワ大学には優秀な学生が多く在籍していますので、中央大学の学生も是非、交流して欲しいと思っています」と糸井さん。
では、日本の将来を見つめた時に、どのような人材が求められるのか。近年の傾向として、世代を問わず失敗を恐れずにチャレンジする人が減っているように思います。これは今の日本企業に「事なかれ主義」という悪しき企業文化が残ってしまっていることが理由の1つに挙げられます。事業にかかわるリスクを考えるのは大切なことですが、ここぞという時の決断力や意思決定の速さが海外での成功を収めるポイントであると言えます。今の学生の皆さんにはこうした現状を意識しながら社会に出て、古い体制に流されず、自分で良いと思ったことにはどんどんチャレンジする、後に責任ある立場になった時にはチャレンジする自分の部下をサポートしていく、そういう人が増えれば、会社自体も変わっていくのではないでしょうか。
海外にかかわる仕事に興味のある学生はどのように自分にあった企業を探せばよいのか。いろいろな方法がありますが、まずは就職活動の時に(上場企業の場合)企業の有価証券報告書をみてみるのがよいのではないでしょうか。有価証券報告書には、会社がどのような事業に注力しているのか、海外事業に関しては、海外事業の比率や海外進出状況などその企業が海外事業をどのくらい重視しているかどうかがわかります。
観光名所として知られるモスクワ・赤の広場の夜の風景。
多くの企業は採用する時には学生のコミュニケーション能力の高さを重視していると思います。大学での成績も大切かもしれませんが、「人間力」を鍛えておくことが重要と言えるでしょう。事実、私が第2新卒という位置づけでベルギーのPwCに採用してもらった時、TOEICのスコアは420点でした。英語は後からついてくるから……と、コミュニケーション能力を買ってもらい採用してもらいました。ただ、外資系企業の厳しさですが、「6ヵ月の試用期間中に英語ができるようにならなければ日本に帰りなさい」という条件付きでした。英語を学生時代にやっておけばよかったと後悔したのを覚えています。言葉はツールであるとはいえ、コミュニケーションが限定的になると相手に自分の考えていることが伝わらなかったりします。また、企業側がグローバル人材を育てたいと思っている時、書類選考ではやはりTOEICやTOEFLのスコアが目に入る。いくらコミュニケーション力が重要だと言っても、面接まで進まないとその能力を披露することはできませんから、完璧である必要はないにしても語学の習得は意識しておいた方がよいと思います。
海外で働くということを恐れずに挑戦する
赤の広場の一角にある聖ワシリイ大聖堂。世界遺産に登録されている。
この仕事をしていると、「海外に来るのが初めてです」という駐在員の方にお会いすることがあります。私のいるロシアでは、「ロシアのマイナスイメージが先行してしまって、ロシアに来たくなかった」という方もいます。しかし、2年、3年と住んでみるとイメージが変わってくるようです。ロシアの人々は日本の文化や技術力に興味を持ってくれています。日本製品が人気で、日本企業の方々は日本人、日本企業としての誇りを持ってロシアに自社の製品を広めている。最初は海外の生活に気が進まなかった人も、実際に仕事を始めると「この国で頑張ろう!」と意識が変わっています。海外に行くまでは、言葉が通じず、他国の人間と一緒に仕事ができるだろうかと不安に思うことがあるかもしれません。しかし、実際には何とかなってしまうもので、意外と「こんなものか」と思うところも多いでしょう。日常生活についても一部の地域を除けばどの国も普通に生活が送れます。それほど恐れず海外に出て、とりあえずやってみたらいい。自分の人生の中でかけがえのない経験になるでしょう。
仕事に対する誇りと日本人としてのプライドを持つ
OB・OG会
「寒いロシアで、OB・OGが頑張っています!」と糸井さん。白門会モスクワ支部の承認をめざして、会合が開かれた。現在は10数名がメンバーとして在籍している。
まだ海外に行った経験のない学生は、まずは実際に海を渡ってみて欲しいです。旅行でも構いません。海外に行って日本が関係している場所を見てみてください。新興国には日本政府の下、日本企業の技術を使って作った空港、鉄道をはじめとするインフラがたくさんあり、現地の人々はそういったインフラを整備した日本に感謝してくれています。私のいるロシアでは5人に1人は日本の車を好んで購入します。ロシアのみならず海外の人々は私たちがその国のことを思っている以上に日本や日本人に興味を持ってくれています。こういう状況に実際に触れ、日本の素晴らしさをあらためて実感して欲しいと思います。海外プロジェクトに関与した企業のOB・OG訪問をした時に「プロジェクトを見てきて……」と言えば、相手も喜んで話をしてくれるはずです。
私は海外で、日本人や日本企業が活躍する姿を目の当たりにし、あらためて日本人であることを誇らしく思いました。日本人でよかったと実感したんです。そして顧客企業の海外進出に貢献できた時、ひいては日本の成功に微力ながら貢献できる今の仕事にやりがいを感じます。この気持ちを、後輩たちにも感じて欲しい。学生の皆さんが社会人になった時、「日本のために何かをやりたい」という気持ちを、心の片隅にでも持っていてくれたら嬉しいですね。
- 糸井 和光(いとい・まさひこ)さん
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プライスウォーターハウスクーパース(PwC)
ディレクター、ロシア/CIS日本企業部門代表
1997年中央大学商学部卒
1973年、11月生まれ。大学を卒業後、AIU保険会社に入社。2000年よりプライスウォーターハウスクーパースのベルギー法人に入所。ベルギー、ポーランド勤務を経て2005年からロシアのモスクワをベースに日本企業の海外進出を支援している。