「出る出る出島」と表現された前へぐいぐい出る取り口で、人気と実力を兼ね備えた元大関出島武春関(40)。現在は大鳴戸親方(藤島部屋)として指導者となり、大相撲の本場所では審判委員を務めている。テレビでおなじみの同親方は中央大学法学部法律学科在籍時代に教職課程を取っていた。授業、教職課程(中学・高校の社会)、相撲部の稽古、試合。
三足のわらじをどうはいていたのか。
今号では、『HAKUMON Chuo』学生記者の伊坂理花さん(法学部4年)が、大鳴戸武春親方に迫ります。
先生になろうと思ったわけ
教員は、就職口として考えていました。僕らのころから不況だ、就職難だと言われ始め、相撲をやっていても実業団の就職先がほとんどなくなっていました。田舎の親は地元に帰って就職してほしいと思っているでしょうから。教師ならばいいですよね。
大相撲は怖いところ、厳しいところと思っていましたから、僕なんか挑戦してもどうせモノにはならない。その点先生という職業は、幼稚園から始まって身近な存在で、尊敬していた先生もいました。
学部の授業と教職課程の両立
法学部では学部授業と教職課程が全く違う履修になっています。文学部では学部授業と重なる科目があるようですが、そんなことは知らなかったので、文学部に入っていたらよかったと思ったことがね、ありましたよ。
時間割もけっこう埋まっていました。教職課程では面白い先生がいました。ほとんど脱線する先生もいた。なかにはこの授業は教員になるのに関係があるのかなと思う科目もあった。大学の授業って長いでしょう。1時間なら出ようか。稽古があって、しんどくて、授業をさぼる日が増えて。授業に出ないで単位を取るには、なんて考えたことも。勉強する身としてはこんな考え方、いけないですよね
三足のわらじに無理がきた
若手力士達を指導する元大関武双山の藤島親方(右端)
大鳴戸親方は、藤島部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっている。
相撲部で教職課程を取っている人も大勢いましたよ。同期には高校教師をしている友人がいます。女子校でね、彼は商学部でした。同じような環境でお互いに励まし合って――と思いきや、落とし穴があるんですよ。みんなが学部授業と教職課程を取っているから簡単に資格が取れると思ってしまう。2年生、3年生、4年生と続けてきて、あれは4年生の前期試験前でした。三足のわらじに無理がきた。あんまり頭がいいほうじゃなかったので単位がだいぶ残っていました。教職課程と学部授業の再履修が重なることが多く、両方は難しいと判断し、卒業を優先しました。途中リタイヤです。三足のわらじをはいたと言えればカッコいいのでしょうが、どこか抜けていたほうが可愛がってもらえるのかな。完ぺき過ぎると意外に嫌われますものね
とにかく4年で卒業する
――断念したときは随分と考えた?――いいえ。まずは卒業、4年で卒業です。親はそう信じているでしょうし、これ以上負担をかけてはいけない。社会に出て、あの人卒業していないんだって、と言われたくはないですよね。大相撲では大学の卒業証書は何ら関係がないですが、卒業にはこだわりました。自分だけの問題ではありません。4年で卒業しないと高校生に対するスカウト活動に支障をきたす。親御さんから、あそこに入っても卒業できないよ、なんて言われたらいけない。こうした情報はすぐに広まりますからね
卒業後にわかる白門の凄さ
在学中は中央大学法学部法律学科をそんなに意識していなかったのですが、卒業してからびっくりしました。いろんなところへ行きますが、行く先々で『私も白門です』と声をかけていただき、応援してくださる。大学って凄いなと思います。ありがたいです。同期では天秤バッジ(弁護士)を付ける人、銀行マン、鉄道マン、会社経営者、教師もいます。いまだに天秤バッジ目指して勉強している仲間もいます。沢村投手、きのう勝ちましたね。
彼はこの1年半ほど、いい勉強をしたと思いますよ。やはりプロは学生とは違う。相手は下位打線といっても凄い選手ばかり。足踏みしたぶん、しっかり地を固めて、高く跳び上がるようにすればいい
≪巨人・沢村拓一投手も中大の出身≫
8月28日、巨人―阪神戦(東京ドーム)で1年2カ月ぶりの完封勝利、今季2勝目を挙げた。白星は7月6日以来。沢村投手は平成23年卒。
流した汗は嘘をつかない
講演で子供たちによく話をします。流した汗は嘘をつかない。夢という樹を育てましょう。夢という樹は努力という名の肥料が必要です。その樹は枯れやすく、もろいです。小さな樹、大きな樹、なんでもいいです。肥料を与え続けて、夢という樹を育てましょう。
いまの子供たちは余裕がない、時代に余裕がありませんからね。先生方に話を聞くと、型にはめ、枠から出さない、前へ倣え、右へ倣え、みんな仲良し、和を大切にといった感じ。だから社会に出てびっくりする。みんな仲良しではない。エリートほど鼻をへし折られると、もう這い上れない。昔は傷つき、傷を治しながら大きくなっていった。傷つくことも成長ですよ。免疫力がついて少々のことではへこたれない
環境が人を成長させる
僕はたまたまいい指導者に巡りあった。先生を尊敬して、指導についていった。英語はダメだったな。先生とうまくいかなくて。思春期で、さ細なことでしたが、英語が嫌いになった。先生の力は大きいです。違うところへ行っていたらどうなっていたか。どんな人生になっていたかと思うと怖いような気がします。
大相撲に入ってバッと駆け上がって順風満帆のように見えますが、やっぱり苦労もあったし、人のやらないこともしました、稽古でね。考え方も変えました。
入門時は学生時代のことを忘れ、いままで習ってきたことが通用しない世界と思い、別物と考えました。手を汚さずにつかもうと思ってもつかめないものがあるんです。若いうちから苦労して、いろいろなものをつかんで、その中から手の汚れないやり方を覚える。手を汚してでも、つかみたいものもあります
体に覚えさせる、ということ
親方と学生記者の伊坂さん(右)
僕らは習うより慣れろの世界。毎日毎日、体で覚えていく。脳みそで考えて動くのでは遅いんです。私も何番か経験がありますが、立ち合い、頭でぶつかって脳振とうを起こす。意識が飛ぶ。飛んでいても相撲を取っている。勝ったけれども、記憶がない。それくらいまで体に覚えさせる。教育の場とは違いますね。
提供:『HAKUMON Chuo』2014秋号 No.238
※本誌では、さらに親方に鋭く迫った学生記者のインタビュー記事が掲載されています。
※『Hakumon ちゅうおう』2010年春季号 No.216でも、大鳴戸親方についてご紹介しています(「流した汗は嘘をつかない1」)。併せてご覧ください