世界陸上(8月、モスクワ)で中央大学が誇るスプリンター、飯塚翔太選手(法学部4年)が男子200mと400mリレーで大きな存在感を示した。昨年夏のロンドン五輪に続く活躍だ。中大を飛び出して、世界のトップで生きる男になった。
200mでは、日本選手団のなかで2人しかいない準決勝進出を決めた。世界選手権初出場ながら、五輪出場の経験が生きている。
400mリレー決勝は五輪と同じく、日本のアンカーとして、世界最速のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)と同じトラックを駆け抜けた。同リレーで2大会ぶりの6位入賞。自身は五輪5位に続く入賞で、世界に『イイヅカ』の名前をアピールした。
世界の最高峰舞台に立ったときをこう語る。
「冷静になりすぎないように心掛けました。考えてしまうと走れなくなりますから。アドレナリンを出して『無』になる。頭が真っ白になる感じ。真っ白になると凄くいい感じで走れます」
スタンドで盛り上がる大観衆の、その一員になるよう意識する。観衆から離れて、自分の世界に入るのではない。ここに大きな違いを見つけた。ロンドン五輪では、観衆の目に負けてしまったという。
「オリンピックは出場できただけで、どこかで満足してしまい、自分がこの舞台に立っていることが不思議だった。気持ちが切れてしまったかのようでした。世界陸上では、勝負して決勝へ行くという強い気持ちを持てました。オリンピックより気持ちに余裕があった。世界ジュニアからの知り合いの選手がいるし、雰囲気も分かってきて」
成績が物語る。200mの五輪結果は予選敗退。不完全燃焼だった。今回の世界陸上同種目では予選突破。レースに臨む気持ちをコントロールできたことがうれしい。
「世界陸上では、ゴールしたとき、終わったあ! という充実感がありました。7万人もいる観客の声が、ちっちゃく聞こえました」
武者修行
中央大学「陸上教室」で小学生を指導する飯塚先生
五輪後は海外遠征で武者修行した。チェコに拠点を構え、欧州を中心に各大会に出場した。慣れない土地での世界行脚はハプニングの連続だった。困ったことばかり。本人はうれしそうに「むしろそれを望んでいました」と振り返る。
交通機関がダイヤ通りに動かなかったり、大会出場が前日に急きょ決まったり。日本では考えられないことが起きる。大会は記録上位者から順に出場が決まる。8人枠があり、自分が9番目の成績だった場合、上位者が欠場しないと出場できない。
「大きな大会に観客のつもりで行ったら、出場リストに自分の名前を見つけて驚きました」
上位者に欠場や棄権が相次いだ。ハプニングに巻き込まれても、自分で打開策を考え、もがきながらも対処しているうちに、精神力が鍛えられた。機転がきくようになった。その経験が世界陸上で生きて、後輩へのアドバイスにつながっていく。
「オリンピックや今までの大きな大会では僕が最年少のことが多かった。今回は同じ年ごろや年下がいました。話題の桐生君はまだ高校生ですから、新鮮でしたね」
先輩たちに教わったことを100m日本歴代2位の好記録(10秒01)を持つ17歳の桐生祥秀選手(京都・洛南高)に伝えた。ここでもバトンリレーだ。
「彼は初めてのことばかりだろうから、これから起きることを事前に話しておく。例えばウォーミングアップをして競技場に入る。『ここを通って行くよ』。『レース前に待たされるけれど、そこでも動けるし、トイレもあるから大丈夫』。彼が困っているときに話をしました。素直だし、めちゃイイやつです」
『行動する知性。』
来期ミズノ入りが決まった飯塚選手-特注のスパイクを前に
200m準決勝を同組で走ったボルト選手について尋ねると、優しい表情から真剣な顔に戻った。
「すごく尊敬しています」
大柄な選手は不利だと言われる短距離走で、196㎝の身体を使いこなす。
「速く走るには、身体の筋肉を細かく動かすことが大切。185㎝の僕でも大変なのに、あれだけの長身なのに、できるなんて」
解剖学を独学で学んでいるという飯塚選手らしい視点で答えてくれた。
王者としての姿にも尊敬する。勝つのが当たり前と思われている。大観衆の前で走り、期待に応えて勝利を収める。レースが終わればファンにどっと囲まれる。
観客に魅せるという意識を持ってレースに臨む姿に「僕もそうなりたいと思います」。期待されているのを楽しめる選手になりたい、と強く言った。
楽しむことは、飯塚選手の強さの根源とも言える。練習でも、まずは楽しんでみる。「こんな練習?」といった不信感を抱いたまま練習しても成長しない。強さが遠のくと知っている。「この練習はこの部位を鍛えてスピードアップにつなげていく」と考えて取り組むと効果が上がる。『行動する知性。』である。
「レースでは、結果を出さなくちゃいけないとは思いません。自分のために走る。硬くならずに楽しもうとするんです」
日本人選手には、これまで大会中に座り込んで祈るようにしているタイプが多くみられた。
「外国人選手は、そんなことはしない。彼らはリラックスしていて、とにかくレースを楽しみますから」
「そこが変わったら、日本人選手はもっともっと強くなれますよ」
世界の最高峰を見てきただけあって、言葉には説得力がある。観客の一員になり、レースを楽しむ心構えになれるか。
次の五輪は2016年リオデジャネイロだ。「メダルを一つ取ってきます」
積み重ねるレース経験、精神面の充実、25歳の年齢などがメダル適齢期と考える。当面は2015年の北京世界陸上だ。
「100m9秒台、200mで19秒台が目標。今度こそ、ファイナルに出場したいです」
提供:『HAKUMON Chuo』2013秋号 No.233