民間が持つ活力と競争力で行政サービスをより充実させる。東京・新宿区立四谷図書館に勤務する遠藤ひとみさんは中央大学総合政策学部の卒業生。大卒後、民間でもまれた企画力、中大総政で磨きをかけた英語力、高校時代のタイ留学で学んだ日本文化継承の必要性、それらを牽引する明るい性格と行動力がいまや「知のインフラ」としての図書館の原動力となっている。
利用者の立場で
四谷図書館の広報紙「よつば」の評判がいい。最近号では、江戸時代に「内藤とうがらし」が栽培され、内藤新宿一帯が真っ赤に染まる光景があった歴史を伝えた。高層ビルに囲まれた新宿のイメージからはほど遠い話である。
内藤新宿とは、内藤清成が家康から与えられた新宿御苑と周辺の約22万坪もの領地隣に作られた宿場街をいう。
歴史をひもとき現在につなげようと、四谷地域住民の自治組織「四谷地区協議会」を中心に内藤新宿の名物だった「内藤とうがらし」の復活プロジェクトが進められ、図書館も活動に参加、「内藤とうがらし」を栽培している。
地域にまつわる資料や情報の収集と提供も公共図書館の重要な役割だ。四谷図書館では所蔵している地域資料を活用し、「内藤新宿」を紹介するパネル展示や内藤家17代当主・内藤頼諠氏による講演会を開催。
料理研究家による「内藤とうがらし」の調理、ワークショップ、ガイドとともに図書館周辺の史跡を巡る街歩きなども企画し、利用者から高い評価を得た。こうした事業の中心にいるのが遠藤さんだ。
これまで図書館は本・雑誌・CDなどの貸出が主な利用者サービスだったが、新たな情報発信の場に変貌している。
中大卒業後の2006年4月、就職したのは画廊の「銀座ギャラリー桜の木」。毎月開催する個展に世間の耳目を集め、収益増にするためには何をどうしたらいいのか。企画、営業、広報…と多岐にわたる仕事をこなす中で段取力が鍛えられた。「毎日がとても刺激的で画廊の仕事が大好きでした。しかし、その一方で行政に関心がありました。総合政策学部で学んだことのひとつ、地域や人の活性化に関わる仕事がしたかった。そんなとき、たまたまご縁があって…」
図書館指定管理者として知られる「株式会社ヴィアックス」(東京)に入社した。2010年4月から、四谷図書館で働くようになった。司書資格は転職後取得した。
図書館では新たな事業を進めるにあたり、困難な状況もあったが、企画力がもたらす効果に活気づいた館内が後押ししてくれた。
学んだ笑顔の意味
遠藤さんの周りに人が集まってくる。「根拠のないバイタリティがあります」と恥ずかしがってこの話題から離れようとするが、その笑顔が人を引き付け、仕事の実績がさらに人を呼ぶ。
高校時代に1年間タイに留学した。「ほほ笑み」の国で学んだことがある。
「笑顔は幸せになるための手段であって、結果ではないんです」
笑顔はほほ笑むことから生まれる。笑顔は相手とのコミュニケーションを容易にし、自分に余裕ができる。「ほほ笑む」ことで様々なチャンスを手にしてきた彼女ならではの言葉だ。
滞在先はミャンマーとラオスに近いタイ北部のチェンライ。首都バンコクから約780km、飛行機で約1時間20分の距離にある。数多くの遺跡があり、歴史ある美しい町だ。
公立高校2年生のクラスに入った。既定の1日8時間授業、朝8時から夕方4時まで勉強した。タイでは義務教育は小学校卒業まで。中学からは勉強、勉強の毎日だ。
タイ語7割、英語3割の生活。授業のほか、伝統舞踏のタイダンス部に参加、同じ留学生のブラジル、オーストラリア、ニュージーランドなどから来た高校生と交流した。現在もホストファミリーやクラスメイトと交流を保っている。
「いまでも1日3食、タイ料理でオッケー」というほどタイ好きだ。留学経験から日本文化に興味を深めた。今は書や着付けなどを習い、能楽鑑賞を時折楽しんでいる。
中大時代に学芸員資格を取得。卒業論文は「公立美術館における市民の主体性」とした。恩師からは「既存の事柄を疑え」と教えられた。現状維持でいいのか、改善策はないのか。新たな価値をどうやって生み出すか。
図書館サービスに対する斬新な姿勢は、すべて、中大の多摩キャンパスから始まっていた。
- 遠藤 ひとみ(えんどう・ひとみ)さん
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岐阜県山県市出身、岐阜県立長良高校―中央大学総合政策学部。誕生日の6月4日が留学試験の出願締切日。「運命だ、行くしかない」と思う行動派。自ら「走りながら考えるタイプ」とも。小学生のころから、政治や選挙運動に関心を示し、地方自治体への高い関心へとつながっていく。社会派コント集団「ニュース・ペーパー」が属する芸能プロで一時働いた。2008年12月に結婚(旧姓丸山)。