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トップ>人―かお>テレビはやっぱりマスメディアのNO.1~求める人材はまず体力~

人―かお一覧

武方 直己さん

武方 直己さん【略歴

テレビはやっぱりマスメディアのNO.1
~求める人材はまず体力~

武方 直己さん/TBSテレビ・スポーツ局業務推進部次長

 テレビ局への就職は、今も昔も大変な競争率だ。最難関の女子アナは2000倍とも3000倍とも言われている。男性アナにしても約1000人に1人。TBSの人気アナウンサーとして活躍してきた武方直己=たけかた・なおき=(49)さんは中央大学の卒業生。右記写真のお顔を見て「知ってる、知ってる」と親しみをこめて思い出す人もいるだろう。

 最近は画面から姿を消した。番組制作を支える立場に回り、テレビの存在価値をさらに高めている。「テレビはマスメディアのNO.1」と言い放つ。その自負はアナウンサーひと筋では分からなかった苦い経験がもたらした。

おっ、元気がいいぞ

 TBSの入社試験。緊張感が増す面接で、中央大学経済学部4年生の武方さんは言い切った。

 「声が大きいからです」

 面接官の質問は「あなたがスポーツ・アナウンサーに向いているところをあげてください」だった。就職活動では想定内の質問だ。

 プロ野球が好き、ゴルフが好きといった返答が多いなか、「声が大きい」との回答は際立っていた。答えるしぐさは自信に満ちて堂々たるものだった。

 中大では文化連盟(当時)の「朗吟会」に所属した。当時部員は3人、部の存続が危ぶまれていたころ入部を勧誘された。いつしか詩吟にはまり、部の創立100周年大会を開催すべく動いた。

 詩吟とは、漢詩や和歌に独特の節回しをつけて吟ずる(歌う)もの。信玄と謙信の戦いを描いた“川中島”などが有名で、例えば鞭聲粛々(べんせいしゅくしゅく)夜河を渡る~♪と文節の末尾に“こぶし”をつけて歌う。

 「腹式呼吸」とよばれる呼吸法で腹の底から声を出す。精神の安定、脳の活性化などの効果もあるという。これを4年間続けてきた。入社試験で「声が大きい」とのアピールには筋金が入っていた。

 アナウンサー志望がよく通うアナウンス学校には、集中講座を1週間受講しただけだった。新聞記者になりたくて、毎日新聞記者OBが主宰する私塾にも顔を出していた。マスコミを志望したのは朗吟会の発表会で脚本を書き、表現することにやりがいを感じていたからだ。

 「詩吟版ミュージカル」とも言っていた。

順風満帆なアナ人生

 晴れてTBSに入社。アナウンサーとしてテレビ・ラジオで数多くの番組を担当、軽妙な語り口ですぐに評判が立った。情報・バラエティーでは、コント赤信号のリーダー渡辺正行さんや所ジョージさんら売れっ子のタレントと番組を盛り上げた。

 「所さんには、常識をあえて破ってみる。そこから自由な発想は生まれるということを学びました。都内一等地にある自宅の敷地半分を畑にする人です。事務所は一見ガラクタに見えるものでいっぱい(所さんにとっては宝物だが)。メジャーを段ボールごと買ってみたり、戸棚を作る材料をバイクで買いに行って、背中にくくりつけて戻って来たり…普通大人がやらないことをやってみることで“何か”が生まれる」

 プロ野球の実況アナウンサーでも存在感を示した。機転がきく、腹から声が出る、メリハリがある。新聞記者に負けまいと取材をして、スター選手のとっておきのエピソードを仕入れていた。取材を通して親しくなった選手はいまや監督やコーチ。武方さんの人柄のよさが親交を長続きさせている。

転機が訪れた

 「ほぼ理想的なアナウンサー人生でした」

 仕事に人生に充実期を迎えて表情はイキイキ。転機はそうした入社20年の節目に突然訪れた。人事異動である。広報部門・PRセンターへの内示を告げられた。

 「アナウンサーを続けるには会社を辞めてフリーになるほかない。会社に残ってこれまでとは違う仕事をするか悩みました。内示日が誕生日でしてね」

 よく覚えているという。熟考の末、会社にとどまった。折しも厳しい経済情勢で既存のフリーアナウンサーは苦戦していた。

 PRセンターで3年、のちに制作部門へ。ドラマやバラエティー番組の後方支援をした。

 「パソコンで入力する伝票処理の仕方が分からない、番組出演者の弁当を用意するのに幾つ必要でどこの店に発注するのか、控え室の手配では利用者が禁煙か喫煙かを確認する…。できないことが多かったです。社会人として成立していなかった。アナウンサーひと筋できて、AD(アシスタントディレクター)の仕事を経験せずにきた」

 「“ADやったこと、ないよね”、“アナウンサー上がり”なんて言われたこともありました。でも、仕事の借りは、仕事で返す。前夜泣いても翌朝は笑顔で出勤しました」

 愛媛・今治西高時代、競技登山で鍛えた強い精神力があった。不利な状況でもあきらめない。粘った。食い下がった。負けるのは嫌だった。

 心して番組づくりの裏方に徹した。TBSが力を入れている陸上競技の世界選手権。五輪に匹敵するビッグイベントだ。2007年「世界陸上・大阪大会」では宣伝プロデュースを担当した。

 東京・表参道の目抜き通りや渋谷のビルに番組PRの大きな看板を据えた。

 「ン千万でそのスペースを買うわけですから、失敗は許されない」。スポーツ・アナウンサー時代に勝るとも劣らないくらいの充実感を感じたという。

 「世界陸上」のメインキャスター、織田裕二さんが笑顔で視聴者に語りかける。あの裏側で武方さんらが奮闘していた。その姿は視聴者には見えない。見えないが番組イベントの成功には不可欠だ。

テレビが求める人材

 さまざまな職場からテレビを見つめてきた。テレビ番組には称賛もあれば批評もある。手軽に視聴できるため、取り沙汰されやすい媒体だ。メディアが多様化されて、新聞離れの次はテレビ離れとも言われているが、武方さんは頑として譲らない。

 「インターネットよりも何よりも、テレビ屋としてはまだ今はテレビがマスメディアのN0.1だと思っています」と言い、こう付け加えた。

 「それを支えるのがクリエイティブな発想のできる人材です。この業界は40歳を過ぎると最前線から退く。消耗度が速い。仕事の基本は体力、そして気配り、発想力。人が持っていないものを持つ。唯一無二の存在でいてほしい」

 経験に基づいた、腹の底から出た言葉。入社を決めた、あの声だった。

競技登山
 愛媛の今治西高時代はワンダーフォーゲル部でならした。四国山系で有名な石槌山がホームグラウンド。標高1982m。近畿以西では西日本最高峰だ。競技は4日間でテントで寝泊まりする。天気図を見る、地図を解析する、消費カロリーを計算する、登山に必要な総合力の勝負だ。「心身ともに極限状態で冷静な判断力を養った。体力づくりにもなったし、何より友を得ました」

提供:『HAKUMON Chuo』2012秋季号 No.228

武方 直己(たけかた なおき)さん
愛媛県生まれ。中央大学経済学部卒業。大学時代は朗吟会に所属し、詩吟に夢中になる。大学卒業後、TBSアナウンサーとして活躍。特に相撲やボクシング中継を担当。2006年に同社広報部に異動し現在に至る。