トップ>人―かお>不器用な人たちが、精一杯生きている姿を描く
伊吹 有喜 【略歴】
伊吹 有喜さん/作家
逢坂剛さん、北方謙三さん、志茂田景樹さんなど、中央大学を卒業したバリバリの小説家は少なくない。とはいえ、どなたも男性。これまで中大卒の女性が文学の世界の第一線で活躍された例はほとんどない。
しかし、ついにこの状況が打ち破られたのである。それを成しとげた女性作家は伊吹有喜さん(1991年法学部卒)。
伊吹さんは2008年、『風待ちのひと』(ポプラ社)で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞してデビューした。さらに今年の2月には『四十九日のレシピ』(ポプラ社)を発表。7月中旬には17刷までなっているのだから、かなりの読者に支持されているわけだ。
二つの作品に共通するのは、ごくふつうの、不器用な人たちの織り成す人間模様を見事に描ききっていることである。
「心に傷があったり、いいたいことがあっても、なかなか声にして出せない人はとても多いと思います。でも、じつはいろいろ考えすぎてしまって、どうしても話せなくなっている。私もその傾向があるので、そういう人たちにとても惹かれます。だから、私の作品にそんな不器用な人びとが多く登場するのでしょうね」と伊吹さん。
デビュー作では、「心の風邪」をひいた休職中のエリートサラリーマン、哲司がまずいる。彼が帰ってきた故郷には、自らを「オバチャン」といってはばからない喜美子なる女性がいる。やけに明るい喜美子だが、どっこい「心に傷をもっていて、とてもよく考え」、かつ異性に心も動かすのである。
そして、不器用な人びとのオンパレードといえるのが『四十九日のレシピ』。この作品が来春(2月15日~3月8日、全4回)、NHK総合テレビでドラマ化されることになったのだ。それも火曜午後10時から10時48分までの枠の「ドラマ10」シリーズ。最近では直木賞作家・角田光代さん原作の『八日目の蝉』が好評を博している。おまけに、伊吹さん原作のドラマは10年度のトリ。
「『ドラマ10』の今年度のトリになるとうかがったとき、ちょっと涙ぐんでしまいました。私にとって大きな転機になったと思います」
妻・乙美を亡くした良平、夫との離婚を決意して実家に戻ってきた娘の百合子。この父娘の前に素っ頓狂なギャル、イモトが現れる。そんななかで、妻の四十九日までに父娘が再生していく、という物語。主演の百合子に和久井映見、良平役に伊東四朗などと、豪華な配役であることも、ドラマへの興味をかきたてる。
伊吹さんの作品では料理も名脇役を務め、そのシーンに彩りを加えている。『風待ちのひと』の「イカスブタ」(イカのすり身団子の酢豚)や「チキチキナンバン」(鳥の唐揚げに甘酢をからめタルタルソースをかける。本来はチキン南蛮)なんて愉快な料理が登場する。
「すべて私が創造した料理です。料理に仕掛けをもたせようなどと意識はしていません。でも私が主に舞台として設定する家庭では1日3食ごはんを食べるわけですから、自然に料理が頻繁に登場するのでしょうね」
法律学科出身の伊吹さんは、中央大学4年のとき司法試験に挑戦したものの失敗。リベンジを期して法律事務所に入所することにしたが、出版社に合格したため、法曹の世界には進まなかった。
「もともと雑誌や本が好きで、法曹か出版の世界に進むか、迷ったほどでした」
編集採用だったが、女性誌の出版社で最初に配属されたのは企画室。各雑誌の編集部と連動したイベントを企画する部署だった。
「編集の仕事につきたくて入社したわけですから、最初は腐りましたよね。イベント会場で台車に荷物を載せて運ぶなどしていました。でも、企画室のみんなが少しでも早く私を編集部に異動できるよう応援してくれました。また、企画室の仕事は会社全体を見ることができることもあって、徐々に業務がおもしろくなっていきました」
そして3年後、伊吹さんは着物雑誌の編集部に配属されるが、企画室勤務時代にはシナリオ学校に通っていた。
「もし編集者になれなかったらシナリオライターをめざそうかな、などと思っていました。編集部への異動と同時にシナリオ学校はやめましたが、いい経験だったと思っています」
小説とシナリオで共通するのは物語を構成するという点。だから、伊吹さんにとってシナリオ学校で学んだことはいまでも生きているわけだ。
伊吹さんが近い将来、取り組みたいと考えているテーマが昭和の歴史。
「戦前から戦中、戦後、高度成長期、さらには平成にいたるバブル経済。この社会の変遷が、家族の形態にどんな影響をおよぼしたか。こんなことに興味を抱いています」
来年早々には新作を発表するという伊吹さん。多くの読者がその新作を待ちわびている。
提供:中央大学学員時報466号