Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>人―かお>全国で公開中のオムニバス映画『人の砂漠』を企画・プロデュース

人―かお一覧

江口 友起

江口 友起 【略歴

全国で公開中のオムニバス映画『人の砂漠』を企画・プロデュース

江口 友起さん/東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻4期生

沢木耕太郎さんの20代のときの作品を映画化

 東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻の第4期生が中心となって制作した『人の砂漠』が、映画好き、とりわけ団塊の世代の映画好きの間でちょっとした話題になっている。原作はやはり団塊の世代であるノンフィクション作家、沢木耕太郎さんが20代のときに上梓した『人の砂漠』(新潮文庫)。このオムニバス映画を企画し、プロデュースしたのが、総合政策学部を2007年に卒業した江口友起さんだ。

 江口さんは04年、従姉と訪れたミャンマーで、医療奉仕活動を続ける吉岡秀人医師と出会う。その生き方に感動した江口さんはその後2回、機材を抱えてミャンマーにおもむき、吉岡医師の活動を伝えるドキュメントビデオ『いのち輝くとき―歴史に生きる日本人医師』を作成。「東京ビデオフェスティバル」の優秀作品賞をはじめ3つの賞を受けたのだ。

 こんな江口さんだから、卒業後、映像の世界に飛び込んだのは当然の成り行きだった。しかし、大手芸能プロダクションの映像事業部での仕事は決して江口さんの満足しうるものではなかった。
「マネジメントが主幹事業なので、映像事業部の業務の大半は下請けで、企画立案の要素はあまりありません。AD業務も過酷で20代前半の感性で主体的なモノづくりをするには、環境を変えるしかないと感じていました」

 こういう状況に身を置いていた江口さんは、半年足らずで退社。「卒業して半年後にはニートになってしまった」(江口さん)のである。

会社をやめたあと、力をつけるために大学院に進学

 会社をやめたあと、アルバイトをしながら沖縄に足を運んでドキュメンタリーを撮影するなどしていた。
「漠然とフリーのドキュメント制作者にでもなろうかな、と考えていました。でもすぐ、自分には表現者としての力が不足していることに気づいたのです」

 この「気づき」がその後の江口さんの3年間を大きく変えることになる。大学時代の恩師である松野良一教授(メディア論)に相談したところ、大学院進学をすすめられる。そういう経緯があって、江口さんは東京芸術大学大学院に進学したのだ。 「第一線に立つには、表現力をを養える環境が大切で、それに人のネットワークづくりも欠かせない」と考えていた江口さんにとって、東京芸大大学院はまたとない環境だった。

 「私は製作コースですが、ほかに監督、脚本、カメラ、編集など7つの領域に分かれています。それでも、作品を制作するときにはみんなが協力し合うんですね」

 入学して間もない夏季制作のシナリオコンペでは、江口さんの作品が採用される。詐欺師と被害者の老婆との間に本来ならありえない心のつながりができあがるというストーリーが展開される16ミリの30分作品『みやこわすれ』がつくられた。「いろいろな分野の学生に協力してもらった結果」(江口さん)だ。

胃が痛むなかで迎えた初日、劇場は観客であふれる

 そして一昨年、学生が主体となって企画開発・シナリオ制作・資金集め・撮影・編集・キャスティング・宣伝・配給までの、映画のすべての工程をになうプログラムが実施されることになった。10月には江口さんを含めた製作コースの5人が企画を提出。コンペの結果、江口さんの『人の砂漠』が選ばれたのだ。
「沢木さんのこの本とは19歳のとき出合いました。社会とうまくかかわれないけれど、それでいて輝きをもって生きる、強くて弱くて人間くさい人たちの姿が見事に表現されていて、大きな衝撃を受けたのをよく覚えています」

 企画出しの際、江口さんの脳裏に『人の砂漠』がいの一番で浮かんだのも想像にかたくない。 『人の砂漠』は屑屋のがんこオヤジが主人公の「屑の世界」(主演・石橋蓮司)、田舎町に現れた天才詐欺師をめぐるドタバタ劇「鏡の調書」(主演・夏木マリ)、近隣住民を避けるゴミ屋敷の主の半生を描いた「おばあさんが死んだ」(主演・室井滋)、家族にも男にも棄てられた元売春婦たちの愛と哀しみに満ちた「棄てられた女たちのユートピア」(主演・小池栄子)の4作からなる。脚本コースの学生が脚本を書き、監督コースの4人が1作品ずつ監督して昨年の6、7月に撮影。編集作業をへて11月に映画は完成した。
「メインスタッフだけでも30人以上の人間が携わったので、とりまとめ役の私の責任はとても大きく、正直いって大変でした」

 胃がきりきりするなかやってきた2月27日、「新宿バルト9」での初日。江口さんが目の当たりにしたのは、何と劇場に入場できないお客までいる光景だった。2日目も同様で、最初の1週間はほぼ満席の状態だった。
「20代の沢木さんからいただいた『切り口』を、いま20代の私たちなりの『読み込み』をしたうえで表現しました。だから、若い人だけでなく50代、60代の沢木さん世代の方々にも観てもらいたいと思っていました。実際、観客の8割がそういう方々なので本当にうれしいですね」

 江口さんはこの4月からテレビ局の局員となる。できれば映画かドキュメンタリーを制作したいという。そこで、「じゃあ、もしバラエティをつくれ、といわれたらどうするの?」と聞いたところ、「3年前だったらいやだったでしょうが、いまならどんな番組でも楽しみながらつくることができると思います」との答えが返ってきた。

 最初の就職先を半年でやめておよそ3年。江口さんが大きく成長したことはまちがいない。

『人の砂漠』公式サイト新規ウインドウ

(提供:中央大学学員時報462号)

江口 友起(えぐち・ゆき)さん
2007年中央大学総合政策学部を卒業。その後、大手芸能プロダクションに入社し、半年足らずで退社。その後、東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻に進学。昨年、同芸大在学中に、黒沢清監督らの指導のもと、20代のプロデューサーとして沢木耕太郎氏の『人の砂漠』を映画化。2010年4月には日本テレビに入社し、現在に至る。