トップ>人―かお>長編壮大な中国歴史ロマンに息づく熱いこころ、持続する志
北方 謙三 【略歴】
北方 謙三さん/作家
学生運動たけなわの1970年代はじめ、文芸誌「新潮」の編集者がわざわざ紛争中の中央大学にやってきて、バリケード越しに、北方さんの名を呼び、面会を求めたという。在学中に同人誌に発表した「明るい街へ」を転載したい……これが作家・北方謙三のメジャー・デビュー、原点でもあり出発点になっていく。
中央大学がまだお茶の水・駿河台にあったころである。時に、北方さんは法学部法律学科の4年生、22歳。「担保物権法の、物権変動というのが専門だったんだけれども、全然覚えてない」と、振り返ってお笑いになるばかりだが。
『三国誌』全13巻のあと、『水滸伝』は6年がかりで全19巻、引き続き執筆中の続・水滸伝『楊令伝』も1月末、堂々12巻刊行と快調に展開している。
気宇壮大な中国歴史ロマンの、連打また連打、という力技である。
『水滸伝』で第9回(05年)司馬遼太郎賞を受賞した。逢坂剛さんは「作家が持つ真の力は、評価の定まった古典を自分の腹中に呑み込み、吐き出すときに定まる。北方の吐く意気は、勢い猛にして、先人をおののかせる烈風の気迫がある」と評してみせた。
形容句を排した切り詰めた文体の魅力はいうまでもないが、「吐く意気」の熱さは、語る言葉でも変わりがない。
「ダメだなと思うときが実は人間のエネルギーの蓄積時期なんだ。我慢してマグマをため、乗り越えたら、爆発できる」(09・9・20読売新聞)
「(<全共闘>の頃は)いま考えると純粋で一途でバカだけど、たしかに熱かった。命が熱かった。でもそれが青春だと思うのよ。利口なことをやるのが青春ではなくてね」「希望はいつもつくるものです。僕らは希望をつくった。希望をつくるのは若者の特権だよ。幻想でもいいんです。それに向かって、その希望を実現しようとして、闘って、ボロボロになったっていいんだよ。それで現実を知ったり、社会を知ったり、それから自分の力を知ったりするんです。それが必要だと思う」(学内誌『HAKUMONちゅうおう』06年秋季特別号)
あるいはまた――西アフリカを旅して、飢え死にした死体がころがる光景に作家である身を呪う気分のなかで、ぽろぽろ大粒の涙をながす少女をみた。よくみると、字が読めない少女にホテルの女性が小説を読み聞かせていた、という話を披露して、
「人間には肉体もあるけれど、心の命もあるんだって気がついた。物語はそのために必要なんだって私は強く思いました。(中略)読者が私のところに来て『水滸伝』のあの場面でね……と言った途端にぽろっと涙を流されることがあります。ああ、このために物語を描き続けているんじゃないかと思うんですよ」(有隣堂文化講演会。09・11・25朝日新聞)。
熱いこころを抱えつつ、今夜もどこかのバーで、カウンターの隅っこの指定席でグラスを傾けていらっしゃるだろうか。葉巻をくゆらせながら。それが絵になる人である。年齢とともにその風貌とみに深みと渋みをまして、まこと男の顔は履歴書だな、と思ってみたりするわけである。