2022参院選~"凪の政治"のままでよいか
佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授、行政学者
専門分野 行政学、地方自治論
◆与党大勝、風向き変わらず
7月10日、参院選が終わった。昨秋の衆院選からそう経たず、明確な争点も見えないまま「岸田政権」の信任を問うかのような選挙。結果は自公の与党勢力が大勝、野党勢力が完敗という結果だった。投票日直前に安倍元首相が街頭で凶弾に倒れ死亡という異常な事態も。今回の参院選は、半数改選124に欠員補充1を加えた125議席をめぐり、過去最多の545人(うち女性181)が立候補した。
結果は図のように自民63、公明13、立民17、維新12、共産4、国民5、れいわ3、社民1、N党1、その他6に。自民は32ある1人区(改選定数1)で前回の22議席を上回り28議席を獲得。維新の議席が増えるなど野党構成に一部変化はあるが、基軸の見えない野党勢力、小党分立など全般的に振るわない様相にあった。女性当選者は35人と過去最多。これで昨秋発足した岸田政権は衆参の大型選挙で2連勝したことになり、安定した政権運営が可能になったと見られる。
とはいえ、物価高、電力不足、コロナ拡大など生活環境は厳しさを増し、憲法改正やロシア・ウクライナ戦争など内外に難問山積、いつ異常事態が発生するか分からない。「改革なき政治」今のような"
(出典)時事ドットコム(2022.7.11)
ともかく、与党の自公は非改選70と合わせ146となり、参院の過半数を大きく上回った。維新など改憲に前向きな勢力と合わせ憲法改正発議に必要な3分の2を手に入れたという見方もできる。
しかし、それは憲法改正をすべきだという話には直結しない。世論調査を見る限り、今すぐの憲法改正に前向きな国民はそう多くない。自民など保守政治家が声高に叫ぶ一方、国民の間に「直ちに憲法改正を」という意識はそう強くない。生活実感とのズレが大きい。安倍氏の意志を継ぐとメディアなどの報道、選挙結果を直ちに憲法改正に結び付けようとする世論操作に注意しなければならない。
◆低投票率が陥る"罠"
以下で、今回の参院選を振り返り何点か指摘しておきたい。まず投票率は52.05%と依然低い水準に止まった。戦後75年、回数を重ねるごとに衆院選も地方選もそして参院選も投票率が右肩下がりで、5割を割り込むような様相にある。逆に言うと、「棄権率」が年々上昇してきている。この意味を掘り上げる論調がないのが不思議だ。ちなみに選挙って何だろうか。いうまでもなく議会制民主主義のもとで国民に代わって公共の意思決定に携わる代表を選ぶ儀式、それが選挙である(図)。有権者の投ずる1票が、何の変哲もない投票箱をくぐると、「民の声」が「天の声」に変わる。当選とされた者には国民から代表として信託された「免許状」を与えられ、バッチも与えられる。法律、予算、条約など国家運営に関わる公共の意思決定者の資格を与える、それが選挙だ。
投票率が5割を割り込む傾向が続くと、この仕組みが揺らぐ。投票していない人が半数近くなると、国民の意思が託されない形で代表が決まっていくことになる。代表に政治的正当性が与えられたことにはならない。世が信奉する「選挙万能主義」に問題はないか。ある政治学者は「現代民主主義が機能不全を起こしているのは、人々が『選挙原理主義』に陥っているためだと思う。民主主義の方法は選挙だけではない。くじ引きで代表を選ぶ。歴史を振り返れば、古代ギリシャでは実際くじ引きが民主的であり選挙制は貴族的である考えられていた」(朝日新聞22年6月25日オピニオン)と諭し、参院はくじ引きで選ぶ「市民院に変えたらどうか」(同)と真顔で述べている。
確かに選挙は地盤、カバン、看板という三バンが揃わないと立候補できない仕組み。参院選は全国比例区だと供託金だけで600万円、一通り人並みの戦いをしようと思うと5~6000万円の資金と20人近い運動員を確保できないと出馬自体が難しい。それが実際だ。いきおい普通の人は遠ざかり、歌手、タレント、スポーツ選手、元知事らの知名度とカネのある人のみが立つことになりかねない。この段階で普通の人、専門家など適材が選ばれる可能性は否定されていると見ることもできる。今回、各地を一日中走り回って手を振っていた元マラソンランナーがいたが、異様に見えた。何をやりたいのか。
いま日本では毎年、国地方を合わせ200兆円のカネが福祉や教育、道路、防衛など公共サービスと借金返済のために使われている。そのうち半分を超える100兆円超が国の予算だ。この意思決定を託するのに今の仕組みの選挙オンリーでよいかどうか、よく考えたい。政策投票制もあるのではないか。
◆参院とは何か、じつは役割不明確
今回の参院選をみて指摘しなければならない点は、選挙だけではない。もっと構造的な深い問題を抱えている。参院は役に立っているかどうかだ。選挙戦中、街中でよく聞いていると、物価対策とか社会保障、防衛費の増額といった話はするが、財源をどうするかという話はなかった。みなサービス拡大の話ばかり。財源は全て借金だという。無責任すぎる。まして上院にあたる参院に行って何をやるか、参院にこうした役割があるから自分は立候補しているという話も殆ど聞こえなかった。
立候補者の中には、6年任期で安定した身分に就ければそれでよいといった感覚の者が多い。衆院選で落ちたので、こんど参院選に出ましたという程度の話ばかり。こうした者たちが当選後、248議席もある参議院で何をやるのか。結局、議員になればよい、衆院と「同じことを2度やる」、二番煎じでも構わないということになってしまわないか。議員であることに魅力を感ずる。政治リーダーの仮面をつけて。これまで参院は「良識の府」だと言われてきたが、どうもそれは虚構ではないのか。
日本の面積は、米国カリフォルニア州1州とほぼ同じだが、あの広大な米国ですら参院に当たる上院は100名でやっている。全米50州から規模に関わりなく2名ずつ選ばれる。カリフォルニア州は米国で2番目に広く人口の1番多い州だが、それでも上院議員は2名しか選ばれない。これに比べて日本はどうか。同州と同じ面積の日本には248名もの上院議員に当たる参院議員がいる。衆議院には465名もいる。こんなに議員がいる。議員大国・日本であることを直視すべきだ。
国情に違いがあるとはいえ、こんな狭い日本で、衆参合わせ713名もの国会議員が要るかどうか。カネもかかる。筆者の計算だと、直接間接合わせ1議員に年間約1億円の経費が掛かっている。これだけカネをかけて私たちは、何の解決を期待しているのか、よく考えてみる必要がある。
世界の議会制度は大別すると一院制と二院制に分かれる。一院制が概ね6割、二院制が4割。日本のように二院制を採る国は、国民の多様な階層や意見の違いを幅広く国政に反映させる、上院(参議院)に下院(庶民院、衆議院)の独走をチェックする機能を持たせている場合が多い。
その上院だが、タイプは大きく3つ(図)。第1タイプはイギリスのように貴族制をベースにしたもの、第2タイプはドイツ、アメリカのように連邦制をベースに州を代表するもの、第3はフランスのように地方とか自治体代表が上院議員を兼務する形のもの。
現在の日本の参院はこのいずれでもなく、衆参院とも国民代表機関とされ、選挙制度も似通っている。だから衆院がダメなら参院があるさ!の立候補行動も生まれてくる。日本の二院制は「熟議」が狙いだろうが、衆参の与野党優位が異なる「ねじれ国会」を除き、衆院と「同じことを2度繰り返す」ということに止まる。つまり参院の独自性が殆ど見られない。だから廃止すべきだという意見も出てくる。
ある親しい参院議員はこう話す。「国会に来て思うことは、国会議員は次の選挙で自分の身がどうなるかが最も重要だと考えていることです。それと衆院議員は、参院の存在意義を全く考えていません。法案を通すために過半数さえ獲得できればそれでいいぐらいにしか考えていません」と。
◆これからの参院改革・6つの論点
もっとも筆者は、参議院の廃止、一院制への移行には賛同しない。主要国を見れば分かる通り、生かした方次第で二院制の良さを発揮できるからだ。そう考え、参院を国民にとって有益な立法機関に変えるには、次のような改革を進めたらどうかと提案したい(図)。
第1.参議院の性格付けの明確化~再考の府なのか地方の砦なのか、ハッキリする。
第2.ここが一番重要だが、二番煎じの府を脱するには3つの独自性を持たせること。つまり
①地方の代表
②政策過程(PDCA)の中で政策評価・決算(C)、見直し(A)を主に担当する
③衆院と違う長期展望と専門性の高い掘り下げた議論をすること
第3.候補者は小選挙区のような衆院と全く質の異なる、専門家や地方代表を選ぶ。
第4.党の所属はともかく、審議過程では「党議拘束は外し」自由な採決とする。
第5.立候補者の被選挙年齢を現在の30歳から25歳までに引き下げる。
第6.衆参同時開会、同時閉会という「会期制」ではなく、参院は通年国会とする。
このほか図にはないが、女性議員を増やす、専門家を増やす、業界、労組など特定団体に偏らない、普通の人が選ばれる、それにはクオータ制(割り当て)の導入も必要である。さらに参院は狭く細切れな47都道府県を基礎とする選挙区ではなく、もっと広域の東北とか関西とか九州といった広域圏(州)単位で選出し、全国比例制のウエイトも高める。要は衆院との差別化を図るということ。
◆「2番煎じの府」を脱すべし!
このように、「2番煎じの府」を脱するにはいろいろ工夫し、改革すべき点が山ほどある。いずれ、国民生活の3分の1を占める公共分野の予算や法律、税制、防衛などの骨格を決める立法機関として、日々の変化に素早く対応すべき衆議院とは違う持ち味を発揮できる府に変えるべきだ。①長期展望、②決算、政策評価、修正、そして③200兆円の日本の行政活動の半分を担う、地方自治体の意見を反映させる、そうした役割をもつ参院に変えるよう大改革を求めたい。
この種の議員の身分に直接関わる国会改革は議員に任せてもできない。ドロボーが自ら縄を用意しないのと同じ。直ちに国会に外部有識者らによる第3者機関を設置し、議論を始めたらどうか。
参院議員には任期を6年間与えている。この意味をよく考え、長所を生かすこと。常在戦場と言われ事実上2年半で任期満了となる落ち着きのない衆院とは異なる、中長期のビジョンや政策見直し、地方の民意を反映できる参院に変える。それには、これにふさわしい候補者をリクルートする過程の改革も真剣に検討すべきだ。一過性の知名度に頼りタレントなどを集める政党の見識を疑う。
ともかく、今回の参院選を通じて国会改革の必要性がより明確になった。巷間いわれる憲法改正の議論より、国会を変える議論を優先した方が国民のためになるのではないか。筆者はそう考える。
選挙は終ったが、私たちはルソー(社会契約論)の言葉を忘れてはならない。「イギリス人民はみずからを自由だと考えているが、自由なのは、議会の議員を選挙するあいだだけであり、終わればもはや奴隷である」と。この先、私たちが奴隷になる、そうならないためにどうすべきか、よく考えたい。
佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授、行政学者
専門分野 行政学、地方自治論1948年生まれ。早稲田大学大学院修了(政治学)。慶應義塾大学法学博士取得。東京都庁企画審議室などに16年勤務。後に大学に転じ、89年聖学院大学教授、94年から2018年まで中央大学教授。担当は行政学、地方自治論。2018年から同大学名誉教授。この間、米UCLA客員研究員、慶應義塾大学、明治大学、日本大学、埼玉大学講師、東北福祉大学客員教授など兼任。政府の地方制度調査会委員、日本学術会議会員(政治学)、大阪府及び大阪市特別顧問など兼務。
現在、中央大学名誉教授、事業構想大学院大学客員教授、大阪府・市特別顧問、堺市戦略アドバイザー、㈳日本国づくり研究所理事長など。
著書に『いまこそ脱東京!』(平凡社新書、2021年5月刊)『この国のたたみ方』(新潮新書)『新たな「国のかたち」』『老いる東京』(角川新書)『日本行政学』『現代地方自治』(学陽書房)『地方議員の逆襲』(講談社新書)『都知事』(中公新書)『都庁』(岩波新書)など多数。
ほか、テレビや新聞でのコメント、執筆活動、地方での講演も多い。HP 佐々木信夫政経塾
https://www.sasakinobuo.com/