「今日のパンより明日のリンゴの木を植えたか」
―2021都議選を総括する―
佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論
"あす世界が滅びるとしても今日わたしはリンゴの木を植える"という言葉があります。7月4日に行われた首都決戦「2021都議選」は、果たして東京の将来を託すにふさわしい未来志向の議論が戦わされた選挙だったでしょうか。東京五輪とコロナ対策を争点と設定しての選挙。選挙好きの小池百合子都知事もなぜか最終日のみ顔を見せた都議選でした。
コロナ禍蔓延で"握手なき選挙" "争点なき選挙"とも言われましたが、これから東京の4年間を託す大事な選挙だったことは事実です。国政選の前哨戦とも言われた。日本最大規模の首都選を総括し、筆者なりの視点で解説してみたいと思います。
◇"勝者なき戦い"に
まず結果です。127議席に対し立候補者は271人と史上最多でした。
自民33、都民ファ31、公明23、共産19、立憲15、その他6人が当選。
新人の当選割合が26%、また女性当選者が32%と他の地方選に比べ高かったのも特徴的です。
4年前小池氏が率いて大勝した都民ファーストの会(当時55)は後退(31)、そのとき辛酸をなめた自民党(当時23)は辛うじて今回第1党(33)へ返り咲き、常勝23議席を保ち続けてきた公明党は今回も変わらず8回連続の勝利。立憲民主党が8から15議席に勢力を伸長するなど都議会の勢力図が大きく変わりました。
この図からもわかるように、都議選は4年毎に振り子が働く不思議な選挙です。09年/非自民→13年/自民→17年/非自民→21年/自民と左右に振れる。もとより、非自民は民主だったり都民ファだったり中身が違う。今回の自民は薄氷の勝利に留まっていますので、自民対非自民という対立の構図で簡単に説明できませんが振り子が働いていることは事実。かつて第1党に躍り出た非自民勢力は当選1回きりで次の選挙で消えることが多い傾向でした。そうしたことから都議会はやや素人集団の集まりという感じもしない訳でもない。
なぜこうした動きになるのか。"支持政党なし"層が有権者の半数以上を占める東京では、4年毎に何か新しいものを求めて票が動く、あるいは政治を劇場と見立て面白いことはないかと探し回る。そうしたことで起こる現象なのでしょうか。
"青い鳥"を探すいわゆる「風」現象ですが、残念ながら探しても"青い鳥"はいないものです。4年前、都民ファ大勝後すぐ国政選に打って出た「希望の党」(小池新党)は「失望の党」に近い惨敗でした。しかしまた懲りずに探し回る。それが大都市の有権者なのでしょうか。今回はそうした風も吹きませんでした。"勝者なき都議選"と言ってよいでしょう。
今回の有権者総数は1151万人と最多でしたが、投票率は42.39(前回51.28)%と史上2番目に低かった。ただ女性当選者が前回(36)を上回り41人と、これまでの最多になったことは特筆してよい。これらは他の地方選にみられない特徴でしょう。
◇今回の都議選で何が問われた
今回の都議選は得体の知れないコロナ禍の蔓延で「3密」が問題視され、改めて東京のあり方が問われた選挙でした。しかも、先例のない超高齢社会へ突き進む東京、ヒトが老いインフラが老いる。早晩70%の確率で起きるという直下地震、豪雨など激甚化する災害、変異する感染症蔓延、少子化対策、子育て環境の整備、大きく傷んだ中小零細企業対策、経済の立て直し待ったなしなど、多くの課題を抱えた中での選挙でした。
しかし、選挙戦で交わされた論戦はどの党も、どの候補者も、2週間後に迫った東京五輪の開催の仕方やワクチン接種、給付金の割増、飲食業の規制云々など目先のコロナ対策の話ばかりでした。
まさに明日に向けリンゴの木を植える話ではなく、きょうあすのパンをどうするという話に終始した。問われるべきものが問われなかった選挙、それが今回の都議選だったのではないのか。
もっともこれは都議選だけの特徴かというと、どうもそうではない。この10年余の日本政治全体の特徴かも知れません。7年8ヶ月に及んだ安倍長期在職政権、それを継いだ菅政権も「明日のことよりきょう目の前」の話ばかり。しかも判断がコロコロ変わる始末。街中で交わされるような「どぶ板」の話が多い。コロナ禍でこれだけ苦しんでいるのに東京一極集中に対し根本的な改革などを打つ気はなし。ひたすらワクチン接種が1ヶ月早まるとか、東京五輪の観客をどうするとか、デジタル化と称しハンコを減らすと世の中が変わるかのような話ばかり。
かと思うと、突然2050年に『脱炭素社会実現!』と30年先に話が飛ぶ。ほんとうに責任をもってそう言っているのか。頭とシッポしかない、胴体のない政治、空洞化政治が日本政治の現状のように見えます。よく都議選を「国政の先行指標」と言いますが、実は都議選も国政状況と同じ穴のムジナだったのではないか。この先の展望は見えない。都議選に公費を50億円も掛けたが論争の機会が生かされなかった。「世論調査」のような都議選で終わった。この点は惜しまれて仕方ありません。
ともかく、こうした日々対応型の政治とビジョンなき国家運営を続けるうちに、日本は先進国から脱落し、デジタル面でも経済の面でも2流3流国化の道を辿っています。ニューヨーク、ロンドン、パリと並ぶ世界都市東京ではなく、極東アジアの一地方都市へ転落。これこそ"日本の危機"ではないでしょうか。小手先の少子化対策より国民、若者が夢を持てる国づくりをめざす、それが子供の多く生まれる社会をつくる基盤だと思うのですが、どうでしょう。
◇ポスト都議選―当面の課題
選挙総括はそれぐらいにして、話を先に進めましょう。じつは都政にはもう1つの「振り子」現象があります。筆者はこれを「"都政の振り子"原理」と呼んでいます。
歴史上、知事が代わるごとに都政の重点がハードかソフトか入れ替わってきた。昭和の東京五輪(1964年)の時の東龍太郎は経済・ハード重視に力点を置き、次の美濃部亮吉は福祉、教育など生活・ソフト重視となりました。鈴木俊一はハード、青島幸男はソフト、石原慎太郎はハードと続きます。これはどちらかに偏りすぎないよう、都民が選挙を通じて振り子を働かせてきたとも言えます。ところが、5年前からの小池都政はどうも振り子の見えない都政です。政策スタンスがハッキリしない。石原時代からの豊洲市場移転の延期で話題をさらい、五輪会場の見直しで世論を沸かせ、コロナ対応ではレインボーブリッジに虹色をともすパフォーマンスは見せましたが。なぜか世論調査を見ると小池支持率は50%近くになりますが、果たして都政の実像はどうなのか。
最近、都議から国会に転じたある気鋭の議員はこう評しています。
――小池都政に対する評価は30点。公約が実現されていない。小池知事が掲げた「東京大改革」がなされていないことは明らかだ。五輪やコロナ対策にしても、政治的パフォーマンスに偏りすぎて、都民の利益になっていない――と。
筆者にも実像はそう見えます。虚像と実像が大きくずれている。それが小池都政の特徴ではないのか。ともかく予算や条例など都政の機軸を決めるのは都議会です。新しく選ばれた都議らはそれを修正し、どう政治主導で振り子を動かすのか注目です。
当面は、コロナ禍に終止符をどう打ち、大きく傷んだ都民の生活や事業者の活動をどう回復させるかが基本課題でしょう。「ソフト重点・生活重視」へのシフトです。東京五輪はどう転ぶか分かりませんがもう始まります。都議選で争点にしていましたが、あまり意味がない。新都議はこのさき任期は4年です。これまでの「オリンピック都政」に終止符を打ち、今後は「イベント都政」「パフォーマンス都政」から決別し、都民生活が直面している課題にエネルギーを注いでいくべきです。
◇ポスト都議選―中長期の課題
都議は都民10万人から1人選ばれる計算です。その結果なのかどうか、どうも地元選挙区の話、ゴトーチソングの話ばかりしがちです。しかし首都の政治はそんなものではない。スウェーデン並み15兆予算、17万職員をどう動かし、東京の大都市経営をどの方向へ導いていくのか。
東京の抱える中長期の課題は、1つに「老いる東京」問題への本格対応です。あと4年で団塊世代が全て75歳を超え、東京は先例のない速度で超高齢化が進みます。ヒトが老い、インフラが老いる問題に直面します。ヒトの老いで医療、介護、年金など社会保障が大変になる。若者が住む街をイメージしてきた東京が急速に老い活力を失う可能性もあります。しかも東京は高齢者層のボリュームが他と違い桁違いに大きい。施設は大幅に不足。一方、50年前から集中的に整備してきた道路や上下水道、公共施設などインフラの老朽化が進みます。更新にせよ廃棄にせよ膨大なカネと労力が掛かります。
そのカネをどうつくるのか。強い行政改革が必要となります。これらヒトとインフラの「老いる東京」問題にどう取り組むか、今後都政のメインテーマがこれです。小池都政はここから逃げてはならない。
第2点は「東京一極集中」の解消へ手を打つことです。新型コロナの影響もあり、テレワークが普及し在宅勤務も増えています。都内からの人口流出の傾向もありますが、東京の一極集中はまだまだ続いています。のど元過ぎたら熱さを忘れるでは困ります。住居、通勤、職場、飲食などの3密状態はコロナ拡大の要因となり、もう限界と言えましょう。これまで直下地震など自然災害に対する過密を問題視してきましたが、これからは得体の知れない感染症も脅威です。
戦後都政は常に東京の巨大化を容認してきましたが、もう否定する時期、量より質を高める政策へシフトすべき時代です。東京を大きくする時代は終わっています。既に労働生産性は全国平均を大きく下回っています。超過密の弊害が大きい。新しい東京を創るために、筆者は「2割ぐらい東京を減反」した方が都民の暮らしもよくなり、日本全体も潤ってくるのではないかと考えています。
東京一極集中は凄まじいが、反面、それは東京リスクの高まりと隣り合わせです(図)。人も企業も大学も2割減らす。その分を地方に回す。その誘導策を本気でやる時ではないでしょうか。それには新幹線、高速道、ジェット航空を実質上タダにしたらどうでしょう。日本は米カリフォルニア州1州ほどの面積しかない小さな国です。だが幸い、その中は3大高速網がよく整備され、端から端まで行くのにそう遠くない、時間もかからない。だが、カネ(運賃)がかかるのです。この移動コストがバリアになって、人も企業も事務所も動かない。ここを直すべきなのです。
新幹線料金、高速道料金を国や都の負担で普通運賃並みにダウンする。その公費負担に都も再開発費用の一部を拠出したらどうか。土地が狭く過密で地価の高い東京の再開発にカネをかけるより、広域分散にそのカネを振り向けた方が東京のためにも都民のためにもなります。
本社は東京にあっても、サテライトオフィスが地方の中核都市に集積すると、若い人たちは万遍なく地方に移り住むようになります。東京圏は仙台、新潟、名古屋まで広がり、若い人に老親も付いていくでしょう。こうして東京一極集中は自然に緩和していく道を辿ります。水は低きに流れます。
さらに、第3の課題は、都政のガバナンスを回復することです。都議会と都知事は車の両輪なはずです。しかし、今や知事一極集中の構造になっています。都は昨春以降、時短要請に応じた店への協力金や、コロナ対応にあたる医療機関への支援金などに充てる事業費をねん出するため、補正予算を編成し、議会の議決を省略し知事自身が単独で決定できる「専決処分」を繰り返してきています。この1年余、13件の専決処分の総額は1兆7千億円にも上ります。
専決処分をしても事後には議会への報告と承認を得る必要はありますが、ただ議会側が承認しなかったとしても、予算の効力を停止させることはできません。「議決を待つとどうしても遅れる」ので専決処分を乱発せざるを得ないとの声が行政側にありますが、議決の省略、これは間違いです。例えば5月で1回に専決処分した3708億円は鳥取県の年間予算(約3600億円)にも匹敵します。これを知事の一声で決める、この繰り返しの累計1兆7千億円。これは宮城県の年間総予算(約1兆5千億円)を超える規模です。これだけ大きなカネを都議会の審議なしに決めてよいか、とても容認できるような話ではないでしょう。
専決処分は、集中豪雨災害など緊急を要する経費や、議会を招集する暇がない緊急の場合に認められる「例外中の例外措置」です。コロナ禍とはいえ、これだけ繰り返されるのは異常事態。都政でこれが常態化している事態は、都議会が自ら監視機能や決定権を放棄しているに等しいものです。
都議選後、こうした小池知事一極集中のような都政運営から脱却する。もし自民、公明、都民ファを与党とみなし拡大・強化されるようなら、何のための都議選であり、チェック機能をもつ都議会は何のために設置されているか分からなくなります。オール与党化都政になってはならない。東京の議会制民主主義の根幹が問われているのです。
首都東京の議会は日本の地方議会をリードする存在であるべきです。都議会の影が薄くなり、意思決定がワンマンとなり、ブラックボックス化している都政運営の現状から脱却するよう強く望みます。
佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、慶應義塾大学法学博士取得。東京都庁企画審議室など16年勤務。89年聖学院大学教授、94年~2018年中央大学経済学部教授。
この間、米カリフォルニア大学客員研究員、慶應義塾大学、明治大学、日本大学、埼玉大学、玉川大学講師を兼任。政府の地方制度調査会委員(第31次)、日本学術会議会員(第22・23期)、大阪府・市特別顧問など兼務。現在、中央大学名誉教授、事業構想大学院大学客員教授、大阪府・市特別顧問、㈳日本国づくり研究所理事長など。
近著に『いまこそ脱東京!』(平凡社新書、2021年5月)がある。ほかに『この国のたたみ方』(新潮新書)、『新たな「国のかたち」』『老いる東京』(角川新書)、『日本行政学』(学陽書房)、『地方議員の逆襲』(講談社新書)、『都知事』(中公新書)、『都庁――もうひとつの政府』(岩波新書)など多数。
テレビ、新聞のコメント、地方での講演も多い。