多様性を育む教育手法としてのヒューマンライブラリー
吉田 千春(よしだ ちはる)/中央大学法学部助教
専門分野 異文化間教育学、日本語教育学
1.はじめに
現在、様々な文化背景をもつ人達と共生し、多様性が尊重される社会の実現が目指されている。大学においても同様の認識が高まっており、中央大学では、2017年にダイバーシティ宣言が出され、2020年にダイバーシティセンターが開設された。
では、学生の意識はどうであろうか。均一な社会で育ってきた学生の多くは、このようなテーマを自分とは関わりのない他人事として捉えているのではないだろうか。筆者の担当する法学部1年生を対象とした導入演習の授業では、このような問題意識から、多様性(ダイバーシティ&インクルージョン)を主なテーマとして扱っている。今年度はこの導入演習の授業において、学生達が主体となり、オンラインヒューマンライブラリーのイベントを企画、実施した。本稿では、この授業の実践を紹介し、多様性を育む教育について考えたい。
2.ヒューマンライブラリー〔1〕とは
ヒューマンライブラリーは、2000年にデンマークのロックフェスティバルで初めて開催され、現在約90か国以上で開催されている対話型のイベントである。「生きた本」を貸し出す対話式の図書館とも言われており、「司書」、「本」、「読者」から構成されている。誤解や偏見を受けやすい人々を「本」、聞き手を「読者」、運営する人を「司書」と見立て、対話を通して多様性を育むことを目的としたものである。
日本では、2008年に開催されて以来、大学や地域などの様々な場所で開催されており、2017年には日本ヒューマンライブラリー学会が設立され、現在は実践だけではなく研究も蓄積されている。
3.中央大学法学部演習クラス主催のオンラインヒューマンライブラリー
(1)授業のデザイン
筆者が担当する導入演習では、前期を通して多様性、偏見や差別などのテーマについて理解や対話を深め、後期から本格的にヒューマンライブラリーの企画、準備を行った。後期の一部の授業では、「Diversity and Equality in Japanese Society/ 日本社会における多様性と平等性」という類似したテーマで授業を行っているニックス・マイケル先生の基礎演習クラス(法学部2年生)と合同授業を行い、1、2年生の合同開催としてイベントを実施した。
合同授業では、まず、坪井健氏(日本ヒューマンライブラリー学会理事長)に司書講座を開いて頂き、次に、1、2年生の混合チームを作成し、グループに分かれ、学生達が話を聞きたい「本」のカテゴリーを選んだ。「本」の方に参加の許可〔2〕を頂いた後、学生達が直接連絡を取り、「本」の一番の理解者となる「司書」として、話す内容の調整や相談役となり、準備から当日までのサポート役を担った。
また、イベントの運営は、「事務局」「広報」などの担当チームに分かれ、下記のチラシや申し込みサイトの作成、当日の司会進行およびZOOMのホストなど、学生が主体となって行った。
イベントの実施後に、1年生の導入演習の授業では、考えを深めることを目的に、担当した「本」の方との対話などから得られた気づきを問いとし、資料を調べ、プレゼンテーションを行った。
(2)イベントのデザイン
今年度実施したオンラインヒューマンライブラリーの概要は次の通りである。
(イベントの詳細はこちらのサイトをご覧ください。)
日 時 : 2020年11月22日(日)13:00~15:00
方 法 : オンライン形式(ZOOM)
テーマ : Human Library-「本」人の声を聞く-
主 催 : 中央大学法学部導入演習(吉田ゼミ)、基礎演習(ニックスゼミ)
協 賛 : 中央大学ダイバーシティセンター、一般社団法人東京ヒューマンライブラリー協会
今回は、11月に開催された中央大学のダイバーシティウィークの一部としてイベントを実施した。新型コロナウィルスの影響により、オンラインという特別な状況で行ったため、主な「読者」は中央大学の学生に限定し、当日は公募した20名の「読者」が参加した。また、今回お話頂いた「本」の方は、同性愛、パンセクシュアル、うつ病、発達障害、アルビノ、頸髄損傷、アイヌ、難民の8名の方々であった。当日のイベントの流れは、次の通りである。
1回の対話セッションの時間は約30分で、「本」の方1名に対し、「司書」の学生2~4名、「読者」の方2~3名程度の小グループで対話を行った。
4.ヒューマンライブラリー実施の成果
ここでは、イベント実施後の「司書」の学生の振り返りシートを中心に、筆者が担当した1年生の導入演習の学生達の学びを取り上げる。今回、学生達は、「司書」として担当する「本」の方をサポートするとともに、イベント当日に、担当以外の「本」の方の対話セッションにも参加した。また、運営にも携わったため、「対話を通した学び」と「運営に携わったことに関する学び」が見られた。
(1)対話を通した学び
対話を通した学びとして最も多く挙げられた記述は、偏見の低減につながる学びである。例えば、「本」の方についての理解、自分の無知、思い込みや視野の狭さなどへの気づき、当事者の立場に立ち、理解することの大切さ、対話の重要性への気づきなどである。さらに、理解や気づきだけではなく、自己との対話を行うことで、人や社会への見方が変わった、ステレオタイプや偏見が低減したという記述も複数見られた。例えば、次のものである。
「HL(ヒューマンライブラリー)を運営して気付いたことは、人と対話することの大切さだと思う。(中略)HLで『顔』をみて、『目』をみて、生の『声』を聞き、自分の考え・興味を『問い』、『対話』することで、自分の中のステレオタイプに変化が起きた。(後略)」
また、「本」の方とのリアルな対話を経験することにより、異なる他者を受容できるようになったという記述も複数見られた。例えば、次のものである。
「(前略)当事者と対話することで、どこか自分と違うと思っていたマイノリティの存在が、とても近く感じられ、何か特別な、自分とは違う存在ではないのだと考えるようになりました。」
さらに、「マジョリティであると認識していた自分も多様な社会の1人であることに気づいた」というものや、「それぞれが個として当たり前に存在できる社会になるように、何ができるのか考えていきたい。」など、自己を捉え直す記述も見られた。
(2)運営に携わったことに関する学び
運営に関する学びは、メールの書き方、個々の担当で役割(チラシ作成や当日の司会など)を担ったことに関するスキルや自信の向上、主体性の向上、並びに他者と協力することの大切さなどに関する記述が見られた。例えば、次のものである。
「最初は授業の一環という認識でしたが、他のゼミの人と協力し、1人1人が役目をはたしてイベントの準備をしていたことで、自分も積極的にこのイベントに関わりたい、このイベントを成功させたいと思うようになりました。他人と協力して一つのことを行うとてもいい経験になりました。自分で考える力、他人と協力する力が高まったと思います。」
5.大学の授業にヒューマンライブラリーを取り入れることの意義
今回、1年生の演習授業として、初めてオンラインヒューマンライブラリーを取り入れ、改善すべき点はあるものの、多様性を育む教育手法という点では、オンラインであっても、ヒューマンライブラリーを授業で実施する意義は大きいと実感した。なぜなら、1年間の授業を通して、前期と後期で学生達に大きな変化・変容が見られたからである。前期は多様性について学びながらも、授業後のコメントシートなどには、「理解者が増えると良い」、「社会の制度を変えるべきだ」といった論調が目立ち、自分とは関わりのない他人事として捉えている学生がほとんどであった。しかし、ヒューマンライブラリーを実施した後は、多様性を自分事として捉える学生が多く見られた。これは、「本」の方をはじめ、様々な人と対話をすることで自己に気づき、人や社会の見方や捉え方が変わるとともに、様々な人と協力しながら主体的に自分達のヒューマンライブラリーを作り上げたことが大きいと思われる。
多様性を育むためには、座学などの受け身の授業ではなく、経験から学び、リアルな対話を通して学ぶことができる教育手法が不可欠である。また、異なる他者との肯定的な接触は、自然に築かれるものではないため、授業などのデザインされた場において、多様性を育む機会を意図的に作る必要があると考える。
今後も、試行錯誤をしながら、多様性を育む教育について、学生達と共に考え、実践していきたい。
最後に、今回、ヒューマンライブラリーに参加、協力してくださった全ての方に、心からお礼を申し上げます。
〔1〕ヒューマンライブラリーに関するホームページ:https://humanlibrary.org/、https://www.tokyo-humanlibrary.com/など
〔2〕今回参加して下さった「本」の方は、東京ヒューマンライブラリー協会、ダイバーシティセンター、在学生や卒業生のネットワークなどを通じて参加の協力を得ることができた。
吉田千春(よしだ ちはる)/中央大学法学部助教
専門分野 異文化間教育学、日本語教育学明治大学大学院国際日本学研究科 博士(国際日本学)
ラチャパットチェンマイ地域総合大学日本語学科常勤講師、国立タマサート大学日本語学科常勤講師、神田外語大学留学生別科上級講師などを経て、2019年より現職。現在の主な研究課題は「多文化環境における学び」であり、国際教育寮を対象に研究を行っている。(「多文化の学びを育む混住型国際学生宿舎の研究」(共著)『住総研研究論文集・実践研究報告集』44巻など)
また、外国につながる親子も安心して楽しく子育てができる多文化共生地域作りを目指して、2014年に「イクリスせたがや」を立ち上げ、実践と研究を行っている。