オピニオン

コロナ禍における若者の自殺の急増から自殺対策を考える

髙橋聡美(たかはし さとみ)/中央大学 人文科学研究所 客員研究員

1.我が国の若者の自殺の現状

 2006年に自殺対策基本法が制定され、3万人台だった自殺者数は2万人台にまで減少した。法律の下、自殺対策が功を奏したと言えよう。一方で、ほとんど報道されていない数字がある。実は若者の自殺率は令和元年に過去最悪を記録している。

 我が国の自殺対策は経済対策や高齢者のうつ対策などで中高年に対しては非常に効果があったが、若者の自殺は2016年まで横ばいで全く効果がなかった。そのため、この年の自殺対策基本法改正においては、若者の自殺対策は重点課題となり各学校においてはSOSの出し方教育を実施するようにという通達がなされた。

 皮肉なことにこの改正以降、未成年者の自殺は毎年確実に増え続けている。若者・子どもの現状に見合った対策が練られていないことの証であると、この数字を謙虚に受け入れ対策を練らなければならない。

 自殺予防は1次・2次・3次予防と分けられる。1次予防は啓発・自殺の原因の除去・自殺防止の物理的な環境整備などがこれにあたる。2次予防は死にたいという人への相談、3次予防は自死が起きた後のサポートになる。

 子どもの自殺予防の1次予防にあたる「SOSの出し方教育」は、2016年に各学校の努力義務となった。しかし、誰が何をどのように何を伝えたらいいのかなどの具体的方策が国から示されず、いわば丸投げの状態であったため、4年が経過した現在もSOSの出し方教育ができている学校は少ないのが現状だ。

 2次予防に関しても、よりそいほっとライン・チャイルドライン・いのちの電話などが窓口になっているが、これらはすべてボランティアベースで、相談員たちの献身にゆだねられており、善意の搾取によって我が国の相談業務はかろうじて成り立っている。国は、悩みを抱えた若者たちの相談窓口に対してなんら方策を持っておらず、昭和の時代からボランティア頼みの対策をとってきた。

 3次予防に関しても、親を自死で亡くす子どもたちは、年間1万人とされるが国としてサポートの仕組みを持たない。アメリカには自死遺児を含む遺児のサポートの場が500か所以上あるが、我が国はわずか30か所で、そのすべてが民間による運営、うち9割はボランティアで国からの補助などもない。

 つまり、1次・2次・3次予防すべてにおいて、我が国の若者の自殺対策は脆弱で、無策なのである。若者の自殺が増え続けるのは当然と言えよう。結果、若者の死因の第1位は常に自殺であり、G7の国の中でも、我が国はずば抜けて若者の自殺率が高いという数値が毎年、示されている。この数字こそ、我が国の自殺対策の実力である。

2.コロナ禍の自殺の急増の要因

 今年の8月の自殺者数の報道で、昨年の8月に比べて、全体としては1.2倍増えており、女性は1.4倍だという報道を受けた時、正直、私は耳を疑った。コロナ禍で自殺が増えるかもしれないということは予測していたが、それは経済的な理由で中高年男性が増えるというものであり、女性が急増するということを予測していなかったのである。自殺の内訳を厚生労働省が公開しているデータから分析したところ、女性は10代から70代までのすべての世代で急増していたが、とりわけ、女子中学生は昨年の4倍であった。さらに、女子高校生は7.3倍であった。信じがたい数字である。「コロナ禍だから」で済まされる数字ではない。緊急事態であるにも拘わらず、国は学校にこれらのデータを示すことはおろか、注意喚起すらしていない。

 筆者は強い危機感を抱き、10月に若者の自殺の急増を考える緊急企画ZOOM検討会を開催した。その中で示したデータ分析の主な要点は①全体的に自殺は増えているがとりわけ未成年の女性が急増している ②それは地域差が見られる ③子どもの自殺の手段が飛び降りや電車への飛び込みなど確実に既遂できる方法が増えている ④虐待・DVの相談件数や妊娠を含む性に関する相談がコロナ禍で増えているということであった。現在のところ、国から中絶件数や救急搬送件数、DVや虐待の内訳など詳細のデータが出てないので、具体的な自殺対策を練ることは不可能である。しかし、女子に多いことを考えたとき、自粛生活の中、女性特有の妊娠・性的暴行などの問題は視野に入れるべきであろうし、友達と会って食事をするなど女性が普段ストレスコーピングとして行っていたことができなくなったことなども、視野にいれてコロナ禍における自殺対策を挙げていかなければならないだろう。

3.自死報道が与える影響報道のありかたについて

 コロナ禍で感染の不安や見通しのつかない中、私たちにとって身近な芸能人の自死が相次いだ。自死報道を受け自殺が増えることを自殺学では「ウェルテル効果」と言い、先行研究では「自殺の報道が大きいほど自殺が増える」「自殺の報道の記事が手に入りやすいコミュニティほど自殺が増える」ということがわかっており、その影響は若者ほど大きいということも明らかになっている。このことを踏まえ、WHOは自死報道ガイドラインで「やってはならないこと」として以下のことを提言している。

*写真や遺書を公開する
*具体的で詳細な自殺手段を報告する
*単純化した理由付けをする
*自殺を美化したり、扇情的に扱う
*宗教的な固定観念や文化的固定観点を用いる
*悪人探しをする

 コロナ禍での芸能人の自死報道はどうであっただろうか。緊急速報でセンセーショナルに報じ、自殺の原因を単純化したり、自殺手段を詳細に報じるなど、WHOの提言を守れていなかった。WHOの提言は法的拘束力がないため強制力はないが、自死報道に脆弱な人たちを配慮し、命を守れる社会にしていかなければならない。今一度、報道の在り方を受け止める側も問いただすべきであろう。

4.社会的心理危機に対応できる自殺対策

 コロナ禍で自殺が増えたというが、実は普段の「生きづらさ」への対策不足がコロナ禍で露呈しただけだと私は思っている。自殺対策は特別なものではない。子育て政策・介護政策・失業政策・医療福祉・教育など人々の生活を支える社会のしくみ一つ一つが自殺対策になる。

 コロナ禍以前から脆弱だった部分は社会的心理危機にあって、ほころびが出る。

 我が国の子どもの自殺の原因・動機はいじめが多いと思っている人が多いが、遺書などで原因がわかっているものの統計を見ると、小学生の自殺の原因第一位は家族からのしつけ・叱責、中学生が学業問題、高校生は進路問題である。コロナ禍で家庭内での時間が増え親子関係はどうであったのか、休校が続き学業・進路への不安はどうだったのだろうか。日頃から対策できていないところにやはり歪みが生じたと考えざるを得ない。

 「コロナ禍で失業率が増えて自殺が増えること」は当たり前ではない。失業対策が行き届かない結果、自殺が増えたのである。「芸能人の自殺が多いから若者の自殺が増えたこと」は当たり前ではない。自死報道に脆弱な人たちへの社会の配慮が不足していた結果、増えたのである。

 自殺対策基本法の基本理念は「自殺は個人の問題でなく社会問題である」というものである。

 今一度、コロナ禍で自殺を食い止める方策をありとあらゆる方向から模索し、一人一人の心と命をつなぎ留められたらと思う。

髙橋聡美(たかはし さとみ)/中央大学 人文科学研究所 客員研究員

東北大大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)

精神科・心療内科で看護師として勤務後、2年間スウェーデンで医療福祉・教育制度について調査研究を行う。帰国後、自死、病死、災害などの遺族・遺児のグリーフケアに携わり、震災遺児のケアを行う。自死族支援などの自殺予防活動を行う中、2006年より全国の小学校・中学校・高校対象に自殺予防教育を実践するとともに、教師や保護者に「SOSの受け止め方講座」を行う。目標は「今の子どもたちが親世代になった時に子どもの自殺が現在の4分の1以下になること」

2012年~つくば国際大学精神看護学教授
2014年~防衛医科大学校医学教育部教授を経て20204月より中央大学人文科学研究所客員研究員。

近著に「教師にできる自殺予防」(教育開発研究所)。