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"大阪都構想" 2度目も否決、なぜか

佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論

◇住民投票の結果

 11月1日、大阪市(275万人)で「大阪市を廃止し4つの特別区を設置する」、いわゆる「大阪都構想」に関する住民投票が行われ、反対票が賛成票を約17000票上回り、否決された。この住民投票は200万人以上の大都市で特別区を設置する場合に求められる「大都市地域特別区設置法」に基づくもの。当日、有権者数は2205730人で投票率は62.35%(前回66.83)、投票結果は反対692996、賛成675829だった。

住民投票結果

図ー11.1住民投票の結果

 49対51という1ポイントの僅差とは言え、なぜ今回も反対票が上回ったのか。現地でみると、大阪市民は最後まで迷っていたのは事実。ただ、この5年間に府市一体での改革が進み、問題視されていた「2重行政」が相当解消され、制度を根本からひっくり返すほどの問題が消えてしまった。

 これは知事、市長の属人的な良好関係がなした技だとし、この先、誰が知事、市長になっても変わらないよう意思決定の仕組みを制度的に固定化する、という改革推進の大義が強く響かなくなった。伝統ある「大阪市を廃止」、見たことのない「特別区を設置」という大きな制度改革。それに対する"将来不安"より"現状維持"を選ぶ人が上回ったということ。9月段階の世論は15ポイントほど「賛成」が上回っていた。楽観した面もあろうが、しかし、投票日が近づくにつれ賛否が拮抗し、当日"変える不安"より、"変えない安心"を選ぶ人が増え、逆転という結論に至った。ある意味、改革が進み過ぎて最後の大制度改革が拒まれた、という皮肉な結果が事の顛末と言えよう。

 地域政党「大阪維新の会」が2010年の結党時から掲げてきた都構想の制度案。その後、府市合同の推進局ができ大阪市、大阪府当局が制度設計してきたが、今回住民の意向で廃案となり、大阪市の存続が決まった。5年前(15年517日)、約1万票の僅差で否決された大阪都構想はその後、修正協議を重ね今回の住民投票にこぎつけたが2度目の否決でストップ。前回は当時大阪市長だった橋下徹氏が責任をとって政界を引退、今回も維新代表で大阪市長の松井一郎氏が234月の市長任期満了をもって政界を引退すると表明した。

 改革派の有力政治家を次々に失うことになった大阪の住民投票。間接民主制に対し直接民主制で民意を問う、住民の1票で政策とか改革案を決める方法が成熟した意思決定の方法なのか。筆者の目で見た現場の反対運動は、対案で争うのではなく、ただ提案されている構想案に対し「サービスが下がる」「カネが掛かる」と根拠なきデマに近い情報を自民、共産という相容れない政党が手を結んで流布する姿だった。これが反対票の上回る結果につながったようだが、果してこれが本当の「民意」なのだろうか。悪しきポピュリズムではないのか。

 もし賛成票が僅差でも上回っていれば、約4年間の移行準備期間を経て、2025年1月1日に大阪市は廃止され、4つの特別区が創設され、同年の5月から11月までの半年間、「関西・大阪万博」が行われる予定だった。その一連の流れが入り口で止まった形だ。

◇関西地盤沈下を止める

 なぜ、この10年間、大阪は改革にこだわり続けてきたのだろうか。明治時代"東洋のマンチェスター"と称され、わが国最大の商都として栄えた大阪だったが、70年代初めに行われた大阪万博以後、この半世紀、関西の地盤沈下が言われ続けてきた。そこで大阪の統治の仕組みを変え、身近な行政サービスは特別区が、広域行政は府(都)が担い、大都市の成長戦略など広域政策全体の司令塔は知事に集約し勝負に出るシナリオだった。

 大阪はここ10年、市営地下鉄の民営化や府立大、市立大の統合や二重行政の打破など府市一体となって様々な統治機構改革が行われてきた。コロナ禍の対応でも府市一体の対応が光った。その流れに沿い今回の「都構想」の実現をめざし、それに副首都構想を温めており、2025万博の準備が進むなど、関西復権に向けた様々な動きが加速し始めている。その矢先でのこの決定、ふたたび関西の地盤沈下に陥っていかないか。賛成票を投じた人はそこを見抜き推進を支持、反対は「抵抗勢力」として現状維持を望んだということか。

◇大阪都構想とは?

 維新発を受け大阪府・市が統治機構改革を設計してきたが、その背景は何なのか。その解決策として出されてきた「都構想」とは何なのか、改めて振り返ってみよう。

 「大阪都構想」とは、大阪市を廃止し、広域行政は大阪府(都)に統合し、基礎行政は新たに4つの特別区を創設し、公選区長、区議会など住民自治を充実させる仕組みに代えることを指す構想である。これを実現すべきとしてきた理由は大きく2つ。

 1つは、戦後70年以上続く大阪市、大阪府による2重行政のムダを排除すること。財政規模もほぼ同じで双方がせめぎ合い「不幸せ(府市合わせ)」とも言われてきた両首長による2頭立て政治、司令塔不在の大阪を解消することだ。

大阪府と大阪市

写真-せめぎ合う大阪府と大阪市

 長らく業務中心地を大阪市政が握っており、大阪府全体の行政を担う府政といえども事実上大阪市域には手を出せなかった(写真)。結果、狭い大阪市内に府と市が競いバラバラに設置する類似施設が多くなり、サービスの重複化も見られ二重行政が目に余った。

 無駄な投資で財政難に陥り、教育などにカネが回らず小学生の学力は全国ワーストワンに近い状態だった。広域権限をそれぞれが持ち、市長が右と言えば府知事は左という、大阪市長と府知事がめざす大阪のあり方が異なるなど、混乱と停滞の続く大阪だった。これをリセットすることが大阪都構想の大義だった。

 もう1つは、わが国の東京一極集中の流れを変え、2眼レフ構造の日本をつくろうというもの。コロナ禍大流行、首都直下地震など大災害から国を守る危機管理には、分散化を図り、物理的に離れた日本のどこかに新たな副首都の形成が必要だ。その適地が大阪という訳。

 副首都は一極集中型の国土構造を変え、事実上の首都である東京に災害やテロなどがあった際、首都の代替機能を果たす。そのため大阪を副首都と定め、主要省庁の3分の1は大阪に移し副大臣が常駐する、春秋の国会のうち、春は東京で秋は大阪で開くなど立法部の分都化も想定される。東京、大阪を80分で結ぶリニア時代が間もなく実現し可能となる。

◇大阪都構想の"構想の肝"

 大阪都構想の核は都区制度への移行にある。その構想は大阪市を特別区に変えるだけでなく、大阪府を大阪都に変え広域政策を強化するという2つの要素を持つ。これが「都区制度」。大都市経営の司令塔を一本化し、広域政策と基礎政策の役割分担をしっかり分け、それを担う広域自治体(都)と基礎自治体(特別区)が都市経営の場面では都区一体で運営に当たるという、大都市経営の工夫された仕組み。これはニューヨーク、ロンドンなど世界の大都市にも多く見られる仕組みである。

 具体的に大阪の場合、275万大阪市を1つの政令市ではなく、60万~75万人規模の中核市並みの4つの特別区に分ける。その運営を公選区長、公選議会を中心に政治主導により基礎自治体をマネージしていくということ(図―参照)。

現行制度と大阪都構想の比較

図―現行制度と大阪都構想の比較(筆者作成)

 一方で、これまで府と市に分かれていた広域行政を大阪府(都)に一本化し、大阪府(都)庁という政策官庁が関西全域も視野に入れながら強いリーダーシップを発揮する。 

 今回、この「都構想」自体を否決したので、この先大阪都に変える手続きはなくなるが、可決されていたとしたら、大阪市民の住民投票で「都構想」が可決されたからといって、大阪府が自動的に大阪都に名称変更される訳ではなく、名称変更には法改正が必要で、おそらくもう一度名称変更について大阪府民880万人による住民投票が必要となったであろう。

 23年4月の知事選、市長選の際にそれを行い、そこで認められ大阪府が大阪都になると、現在の1都1道2府43県が80年ぶりに2都1道1府43県に塗り替わることになった。小中学校の社会科の教科書も書き替えとなったはずである。

◇東京23区も再編が不可欠

 僅差で否決されたとはいえ、大阪都構想を支持した住民は約半数いる。そこでいう中核市並みの権限を持つ大阪特別区の姿は、これまで自治権拡充を主張してきた東京特別区にとっても魅力的なものとなる。この先も大阪の動きが対岸の火事とは言えない。新たな動きが始まるとみる。より強い基礎自治体づくりを求め権限、財源移譲を迫る23特別区と、特別区域の再編を迫る東京都との間で長い間、権限、財源をめぐる平行線の議論に止まっていた。今後これをどう噛み合わせ、どのような妥協策(合意)が生まれるか。

 現在の一般市並みの権限、財源にある東京特別区から、「中核市並み」(一般市と政令市の中間)の特別区にシフトし、より魅力ある東京大都市を基礎から築いていくために40~70万人規模の特別区に再編し、都からの権限、財源、事務事業の更なる移譲を行う必要があろう。現状の大、中、小さまざまの規模でありながら、みな同じように施設整備などを行うフルセット行政を求める動きを一度リセットする。間接経費などの縮減効果をサービスの充実に振り向ける大きな改革が不可欠となる。住民にとってメリットとなる。

 区部を人口40万~70万人の特別区に再編するなら、筆者の試案では次のようになる。

図―"新東京都構想"試案(筆者作成)

 人口40万以上の10(江東、品川、大田、世田谷、杉並、板橋、練馬、足立、葛飾、江戸川)はそのまま、他の13区を6区に再編し、東京23区は東京16区に改変される。例えば、東京区(千代田+中央+港)、飛鳥山区(荒川+北)、小石川区(文京+豊島)、東京西区(新宿+中野)、山の手区(渋谷+目黒)、墨東区(台東+墨田)で概ね50万人前後の区となる。

 人口規模が平準化され、財政規模もそう大きく違わない16特別区が誕生する。

◇第3臨調を設置-新たな"国のかたち"を

 大阪改革は最後民意に翻弄される形で頓挫しているが、しかし、これで終わる訳ではない。人口275万人の大阪以外、375万人の横浜市、232万人の名古屋市、さらに150万人クラスの札幌、福岡、川崎、京都、神戸市という政令指定都市は大なり小なり府県行政との2重行政、2元政治の問題を内包している。大都市がこの国の骨格をなす「都市国家」に変貌している日本は、単なる"市町村特例"で大都市を扱う時代は終わっている。望ましい大都市制度はどのようなものか、本格的な議論が求められる。この点、改革を避ける政治の怠慢は許されない。

 廃藩置県から150年。人口が減少するこの国が生き延びるには、明治以来の統治機構を賢くたたむ必要がある。大阪都構想の否決はともかく、今回の住民投票に至る改革過程は日本の大都市、地方都市に大きな影響を及ぼすだろう。これを機に、基礎自治体の権限を強化すると同時に、都道府県に代わり広域政策を担う州を創設する「廃県置州」の議論を始めたらどうか。

 東京、大阪はそれぞれ首都、副首都の役割をもつ「都市州」とし、全国の他は10州程度に再編する。現在の47都道府県は10州+2都市州に変貌する。こうした"新たな日本のかたち"を生み出すべく、政府は第3次臨時行政調査会を設置したらどうか。

 それが地方出身で横浜市という大都市の議員を経験し首相に上り詰めた菅義偉内閣の歴史的な使命ではなかろうか。そこまでわが国は追い詰められ、大きな岐路に立っているのである。

佐々木 信夫(ささき のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論

1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、慶應義塾大学法学博士取得。東京都庁16年勤務を経て89年聖学院大学教授、94年から2018年まで中央大学教授。この間、米カリフォルニア大学客員研究員、慶應義塾大学、明治大学、日本大学、埼玉大学講師など兼任。政府の地方制度調査会委員(第31次)、日本学術会議会員(第22・23期)、大阪府・市特別顧問など兼務。

現在、中央大学名誉教授、事業構想大学院大学客員教授、㈳日本国づくり研究所理事長、大阪府・市特別顧問。

20200716book.jpg著書に『この国のたたみ方』(新潮新書)、『新たな「国のかたち」』『老いる東京』(角川新書)、『地方議員の逆襲』(講談社新書)、『都知事』(中公新書)、『都庁』(岩波新書)など多数。