オピニオン

オンラインの活用

穗苅 学(ほかり まなぶ)/東京地方裁判所判事(中央大学法科大学院派遣)

1 はじめに[i]

 近時,オンラインの活用が脚光を浴びている。筆者は,東京地方裁判所に所属し,裁判官として職務を行いつつ,中央大学法科大学院に専門家教員として派遣され,実務系科目を担当しているが,授業においても,裁判実務においても,オンラインを適切な形で活用していくことが求められている。

2 授業での活用

 中央大学法科大学院では,2020年の後期の授業として,2つのクラスの「民事訴訟実務の基礎」という科目を担当している。この授業は,2年次の必修科目であり,事例問題や模擬の訴訟記録を使いながら,民事訴訟の基礎となる理論と実務との橋渡しを行うことをテーマとするものである。

 9月25日に第1回の授業を行ったが,登校が可能な学生については,教室で対面授業を受けつつ,登校が難しい学生については,カメラを通じて授業内容を中継し,オンラインでも授業に参加することができる形で実施した。試行錯誤する中での授業となったが,何とか第1回の授業を終えることができた。教室にいる学生の発言をマイクで拾うのが難しく,教員において学生の発言を復唱してこれを伝えるといった対応をとるなど,教員側のスキルのほか,学生側の通信環境等といった課題もあるが,双方向授業によるメリットを確保しつつ,オンライン授業を希望する学生の受講も可能にする方法としては,現状で採り得る選択肢の一つであろう。

3 民事訴訟での活用

 裁判所に目を向けると,民事訴訟においては,1998年に現行の民事訴訟法が施行されてから,電話会議システムやテレビ会議システムが導入され,活用されてきたが,今年に入り,ウェブ会議等のITツールを活用した争点整理手続の新たな運用が開始されている[ii]。まず,2020年2月から,知的財産高等裁判所と高等裁判所所在地にある地方裁判所本庁8庁(東京,大阪等合計9庁)で,次いで,同年5月から,横浜,さいたま,千葉,京都,神戸の各地方裁判所本庁(合計5庁)で開始され,同年12月には,上記以外の地方裁判所本庁においても運用が開始される予定である。

 これらの運用は,現行の民事訴訟法上の争点整理手続である弁論準備手続(民事訴訟法168条以下)や書面による準備手続(同法175条以下)において,これまで利用されてきた電話会議の代わりにウェブ会議を活用して,互いに顔を見ながら協議を行うというものであり,2020年7月の利用実績は合計1431件とのことである[iii]。筆者も,東京地方裁判所において,同年6月からウェブ会議を活用した手続を行っており,8月のとある日には,予定されていた弁論準備手続及び書面による準備手続の6割がウェブ会議であった。9月に入っても利用件数は徐々に増加しており,争点整理手続におけるウェブ会議の導入が進んでいることを実感している。

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4 法改正の動向

 もっとも,上記運用は,現行の民事訴訟法上の規律に基づくものであり,例えば,原則として,当事者が出頭し,公開の法廷で行われる口頭弁論期日においてウェブ会議を活用するのは難しい状況にある。

 この点に関しては,2018年7月から民事裁判手続等IT化研究会において議論が行われており,2019年12月に報告書が取りまとめられたほか[iv],2020年2月には法務省の法制審議会総会において民事訴訟法(IT化関係)部会が設置され[v],調査・審議が行われている[vi]。第3回会議においては,ウェブ会議等を利用した口頭弁論の期日の手続,特別な訴訟手続の創設,争点整理手続の一本化を含む規律の変更等が議題に取り上げられている。今後,パブリックコメントが行われることになろうが,それに向けた議論を注視する必要がある。

5 おわりに

 以上のように,授業においても,裁判実務においても,オンラインが活用されており,また,更なる活用に向けた環境整備が進められているが,状況はそれぞれであり(例えば,法科大学院と裁判所とでは,ソフトウェアや通信環境が異なり,システム上の制約も違いがあるし,少人数での授業と多人数の授業とでは,考慮が必要な事項も異なる。),その時点において何がベストなのかを模索していく必要がある。

 他方で,対面で行った方がよい場面もある。授業であれば,多人数で双方向の授業を行うには対面の方が行いやすいし,授業外でのやりとりも対面の方が行いやすい(例えば,裁判官の職務の実際については,授業で語りつくせないところがある。)。裁判実務においても,契約書が偽造されたかどうかが争われている事案において契約書の原本を確認するには,裁判所及び当事者が一同に会する必要があるし,膝を突き合わせて和解協議をした方が望ましい場面もある。もっとも,対面の場合には,いうまでもなく,感染の防止という大きな課題がある。

 悩みは尽きないが,授業であれ,裁判実務であれ,その時点でのベストプラクティスがどのようなものなのか,しっかりと考えて取り組んでいきたい。


[i] 本稿は,筆者の個人的見解に基づくものである。
[ii] 富澤賢一郎ほか「ウェブ会議等のITツールを活用した争点整理の新たな運用」金融法務事情2137号6頁
[iii] 最高裁判所事務総局の報告(http://www.moj.go.jp/content/001328516.pdf)による。内訳は弁論準備手続367件,書面による準備手続966件,その他98件である(2020年8月31日時点で報告された件数)。
[iv] 公益社団法人商事法務研究会のウェブサイトhttps://www.shojihomu.or.jp/kenkyuu/saiban-it
[v] 法務省のウェブサイト http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi03500036.html
[vi] 法務省のウェブサイト http://www.moj.go.jp/shingi1/housei02_003005.html

穗苅 学(ほかり まなぶ)/東京地方裁判所判事(中央大学法科大学院派遣)

東京都出身。1981年生まれ。2004年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2006年中央大学法科大学院修了。

2008年に任官し,甲府地方裁判所,国土交通省鉄道局,横浜地方裁判所,札幌地方家庭裁判所岩見沢支部,最高裁判所事務総局を経て,2020年4月から,東京地方裁判所において民事訴訟事件を担当するとともに,中央大学法科大学院において授業を担当している。