新型コロナウイルスと腐敗関連の国際取引紛争解決法
梶田幸雄(かじた ゆきお)/中央大学法学部教授
専門分野 国際取引法、国際紛争解決法
"21世紀のグローバル社会は、この問題を地球社会共通の課題と受け止め、社会総体として取り組む姿勢を早急に示す必要がある。そのための基準策定もその運用も「地球社会法学」が担うべき課題とされなければならない"(山内惟介・中央大学名誉教授)(1)
国際取引における腐敗行為増加の懸念
貧困国や発展途上国は、社会システムが脆弱かつ不平等であるので、食糧や医療品の供給など広範な国際取引関係において容易に腐敗を生じさせる(2) 。Transparency Internationalは、世界180ヵ国・地域の公的機関の腐敗状況を「非常に清廉」から「非常に腐敗」まで100ポイントで評価しているところ、2019年には3分の2の国が50ポイント以下で、平均は43ポイントであった(3) 。
新型コロナウイルス(COVID-19)による経済停滞などは、国際・国内的経済格差をさらに拡大し、腐敗を助長することになると強く懸念される(4) 。世界経済・社会が、COVID-19の蔓延から、またはCOVID-19に乗じたかたちで行われる贈収賄など腐敗行為によって損なわれてはならない。
(1) 「法律学における"大規模感染症"の教訓 ― 「文明論的視点」から「文化論的視点」への転換 ―」(山内惟介『地球社会法学への誘い』第1部第4章、信山社、2018年、212頁。
(2) 例えば、Ed Olpwo-Okere(Director, Governance Global Practice, World Bank Group), Can corruption risks be mitigated without hindering governments' COVID-19 response? https://blogs.worldbank.org/voices/can-corruption-risks-be-mitigated-without-hindering-governments-covid-19-response(最終閲覧日:2020年6月1日)。
(3) http://www.ti-j.org/2019_Corruption_Perceptions_Index.pdf (最終閲覧日:2020年6月1日)。
(4) 例えば、Amina Mohammed(the UN Deputy Secretary-General)How concerned are you that global inequalities will deepen as a result of the coronavirus pandemic?, https://news.un.org/en/story/2020/05/1063022 (最終閲覧日:2020年6月1日)。また、Chelsea Dreher and Alexandra Brown, COVID-19 Corruption: Key Risks to Democratic Institutions, https://www.ifes.org/news/covid-19-corruption-key-risks-democratic-institutions(最終閲覧日:2020年6月1日)。
反腐敗への取組み
世界は、これまでも腐敗行為の存在について手を拱いてきたわけではない。
例えば、経済協力開発機構(OECD)は「国際商取引における外国公務員への贈賄の防止に関する条約」(OECD贈収賄防止条約)を定め、また、多国籍企業に対して、世界における責任ある企業行動のための勧告をし、贈賄・贈賄要求・金品の強要の防止を要請している(OECD多国籍企業行動指針)。
腐敗が最も多いとされるアフリカでも、アフリカ連合(AU)腐敗防止対策条約、南部アフリカ開発共同体腐敗防止協定など反腐敗を講じる動きは勿論ある。OECD贈収賄防止条約とは異なり、AU腐敗防止条約は、外国の公的機関の腐敗を明示的かつ排他的に目的としたものではなく、アフリカの公的機関に関して、民間セクターのエージェントを含む、あらゆる者が犯した腐敗行為を犯罪として定義するよう求めているという特徴もある (5)。
それでも一度今回のような事態が起こると、国際取引に関連した腐敗行為及び紛争が、普段よりも増えることが予想される。では、COVID-19が蔓延し、国内裁判所が審理を中断せざるを得ない中、腐敗行為に関連して取引紛争が生じた場合の処理方法はあるのか。有力視されるのが国際仲裁である。
(5) African Union Convention to Prevent and Combat Corruption, July 11, 2003, 43 ILM 5 (2004), Arts. 5(1) and 11(1) [AU Anti-Corruption Convention]. https://au.int/sites/default/files/treaties/36382-treaty-0028_-_african_union_convention_on_preventing_and_combating_corruption_e.pdf (最終閲覧日:2020年6月1日)。
機能する国際仲裁
国際仲裁では、COVID-19の感染が拡大する中でも、多くの手続が継続して行われている。もともと国際仲裁機関は、申立ての受理、証拠調べ、審問などにおいて、電子メールやビデオ会議を一般的に取り入れている。投資紛争解決国際センター(ICSID)は、2019年に審問の60%をビデオ会議により行っている(6) 。
ロンドン国際仲裁裁判所(LCIA)、ストックホルム商業会議所仲裁研究所(SCC)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)、国際商業会議所(ICC)は、それぞれ2020年3月から4月にかけて通常のサービスを提供するという通知を出している。中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)は、「新型コロナウイルス感染拡大期間に積極的・安定的に仲裁手続を行うことに関するガイドライン(試行)」及び「ビデオ審問規則(試行)」を発布し、5月1日から施行している。さらに5月14日には、ICSID、LCIA、ICC、CIETACなど13の主な国際仲裁機関が「仲裁とCOVID-19」に関する連合声明を発表し、国際仲裁による公正・効率的な解決を共同で促進すると述べている。
現行の国際仲裁は、これまでのところその強さを見せているが、一方でその弱さも顕在化させるかも知れない。国際仲裁の承認・執行という側面において、承認・執行申立てを受けた国の裁判所がロックダウン下において対応できるか、また、一部の国家でCOVID-19を口実として審理を遅延させたり、申立てを受理しないということが生じる可能性を否定できない。
こうした点を考慮すると、別の紛争解決法を検討することも必要ではないかと考える。いかなる紛争解決法があるだろうか。
(6) A Brief Guide to Online Hearings at ICSID(March 24,2020) https://icsid.worldbank.org/en/Pages/News.aspx?CID=362 (最終閲覧日:2020年6月3日)。
これからの紛争解決法の検討
地球社会には経済成長を優先する以前に持続可能な開発目標(SDGs)を優先し、企業には社会的責任を果たすことが求められる。このときに腐敗予防策をさらに強化することが考えられなければならない。紛争処理については、国際仲裁が機能していることは良いことであるが、COVID-19が収束していない中で、安易に従来通りの手続、腐敗行為の認定基準で処理をすることが適当かを再考し、裁判や国際仲裁以外の紛争解決法を検討する必要性があるのではないかと思料する。
このとき、より友好的な紛争解決法として、国際調停を選択するということが考えられないだろうか。そもそも司法分野も腐敗が蔓延している国・地域においては、紛争解決法として調停が有効であると言われる(7) 。調停は、中立で独立公平な調停人が当事者を説得、互譲させ、紛争をエスカレートさせずに解決に導くものである。このような思考による紛争解決方式によるほうが、法的に白黒決着させるよりも当事者による合意の履行を促す効果があると期待される。このような国際調停が機能すれば、腐敗防止作用も期待できるのではないだろうか。
(7) Arsiola Dyrmish, Mediation's role solving conflicts in corrupted judiciary systems, Mediterranean Journal of Social Sciences, September 2014, Vol.5 No.22, pp.12-19.
梶田幸雄(かじた ゆきお)/中央大学法学部教授
専門分野 国際取引法、国際紛争解決法東京都出身。1954年生まれ。1979年中央大学法学部卒業。2003年中央大学大学院法学研究科国際企業関係法専攻博士後期課程修了。博士(法学)。青森中央学院大学、麗澤大学などを経て現職。ほかに国際貿易投資研究所客員研究員などを兼務。中国国際商事仲裁、国際投資仲裁を中心に研究をしている。
主な著書に『中国国際商事仲裁の実務』(中央経済社、2004年)、『中国ビジネスのリーガルリスク』(日本評論社、2007年)、「国際民事手続法―総論」「国際裁判管轄―財産関係事件」「外国判決の承認・執行」「裁判外紛争解決手続」(第20章〜第23章)山内惟介・佐藤文彦編『<標準>国際私法』(信山社、2020年)など。