SNSは世論の代弁者たりえるか?
飯尾淳(いいお じゅん)/ 中央大学国際情報学部教授
専門分野 マルチメディア・データベース ソフトコンピューティング
ソーシャル・ネットワーク・サービス(Social Network Services, SNS)に関する米国大統領の舌戦が繰り広げられているとか、SNS上の誹謗中傷が原因で若いタレントの命が失われたとか、SNSに関するニュースが、毎日のように世間を騒がせている。SNSが登場してからもう10年以上たち、いまや社会の重要なピースを担うサービスとして認められるようになった証であろう。
そのSNSが、まるでマスコミに続く第5の権力であるがのごとく、国民の意見を代表するメディアのように取り扱われることがある。つい先日も、検察官の定年延長法案の是非を巡り「SNSでは何百万もの批判的意見が示されています!」と国会でも追求があったというニュースがあった。この件については、マスメディア、著名人、タレントなども声を上げたこともあり、国民から総スカンと政府が判断したのか廃案という結末になったが、その一翼をSNSの声が担っていたことは否めない。
ただし、本件については、懐疑的な意見もある。いわく、何百万ものコメントの大多数は、ノイジー・マイノリティによる捏造ではないかという主張である。たしかに、コピーやリツイートといった、簡単に投稿数を増やすデジタルならではの仕組みを考えれば、水増しをすることは容易い。やいのやいの煩いノイジー・マイノリティが声高に主張する一方、サイレント・マジョリティと呼ばれる声を上げない大多数の意見は表れていないではないか、という意見だ。
もっとも、それらを指摘する側の意見に耳を傾けて、500万の半分が不正なものだったとしても、しかし残りの250万でもたいした数ではないのか?とか、複数アカウント問題をどう取り扱うのだ?とか、この手のコミュニケーションには既に統計的なモデルが考えられているはずであり、そのようなモデルを当てはめてきちんと議論すべきではないのか?とか、さらなる議論もいくらでも考えられる。それらを考慮して多少の誇張を差っ引いたとしても、ある程度の影響力を完全に否定することは難しい。
TWtrends:トレンド分析システム
ところで、マスメディアにも各社のスタンスがあり、マスメディアによる報道も、必ずしも中立に行われるわけではない(荻上 2017)。では、個人から発信された意見の集大成であるSNSは世論を正確に映しているのだろうか?民意がきちんと反映された世界なのだろうか?ノイジー・マイノリティが支配的なメディアなのだろうか?
現在の代表的なSNSのひとつであるTwitterを題材にして、そのトレンドを可視化するシステムを我々は構築した。2019年1月1日から運用しており、1年半近く状況を観察してきた結果、ある程度の包括的な傾向を見出すことができた(Iio 2019)。本稿では、その概要を紹介し、先の疑問の答えを示したい。
Twitterにはトレンドという機能がある。いま話題になっているキーワードやフレーズをリストアップして提示してくれるものである。キーワード選択の原理は公開されていないものの、皆が何にいま注目しているかを示唆する機能であり、興味深い。我々が作成したTWtrendsというシステムでは、20分ごとにそのデータを収集し、分析を行っている。トレンドに関するツイートを収集してその内容を図示する機能と、その日収集したトレンドの関連性を分析して関連するトレンドをまとめる機能、TWtrendsは2つの大きな機能を持つ。ここでは後者について紹介する。
図1は、2020年5月20日に収集されたトレンドを、関連するテーマごとにまとめたものである(なお、図におけるカラフルな色は、話題のクラスタを区別するためだけのものであり、色の区別に意味はない)。中央に、比較的大きなクラスタができている。水色のクラスタとして示されたものは、夏の甲子園大会中止に関連するトレンドである。この日、高野連が2020年の夏の甲子園大会を中止するという発表をした。そのニュースを受けて、関連するツイートが多数、投稿された結果がここに表れている。他にも、stay home が推奨されている期間にも関わらず俳優らが沖縄に遊びに行っていたという報道や、前検察長のスキャンダルに関する話題なども見て取ることができる。
このように、社会的に大きな話題が持ち上がるとTwitterではそれなりに話題が沸騰するという様子を、TWtrendsを用いればひと目で確認することができる。典型的な例が、昨年の4月30日と5月1日を含む1週間の記録に示されている(図2)。
日本の読者には説明するまでもないだろう。2019年4月30日から翌5月1日に何が起こったかといえば、それは、平成から令和へと時代が変わった瞬間である。4月30日、Twitterでは「平成最後の〇〇」という話題で持ち切りとなり、翌日は「令和最初の〇〇」という話題一色となった。その結果がとてつもない大きさのクラスタとなり、トピックマップには「黒い塊」として現れたことを確認できる。
トレンドの傾向、SNSとの付き合い方
TWtrendsの出力するトレンドの可視化結果をみると、Twitterのトレンドは世相をうまく反映しているようにみえる。しかし、長期間、毎日観察していた経験から、かなりの偏りがみられることも分かってきた。
たとえば、先の図2における5月2日である。一見、「令和最初の〇〇」の余韻を引きずっているようにみえるが、確認してみると、これは「今日は一日ガンダム三昧」というNHK FMの特集番組に関するクラスタである。また、週末になると必ず確認できるクラスタは競馬の話題である。日曜日は、日曜日の朝(ニチアサ)に放映されているTV番組が定期的に大きなクラスタを作る。その他にも、金曜日の夜に放映されている映画番組や、特定の情報バラエティ番組番組など、しばしばトレンドに出現するTV番組も多く、マスメディアとネットメディアは切り離せない関係にあるということがよく分かる。
ITの話題やアニメ、ゲームの話題もしばしば大きなクラスタを形作る。時事ネタや社会問題に関するクラスタが出現する一方で、世間ではあまり話題になっていないテーマが大きなクラスタを作ることもある。このように、社会の関心事とTwitterのトレンドは100%重なっているわけではない。したがって、Twitterが民意を完全に表わしているかといえば、その答えは否であろう。しかし、無視もできない程度には社会の関心事を反映している。全面的に信頼はできないが、無視もできない。月並な結論ではあるが、SNSとの接し方については、メディアの特性を理解して、柔軟に付き合うことが賢い付き合い方といえよう。
参考文献
・ 荻上チキ,2017, すべての新聞は「偏って」いる ホンネと数字のメディア論,扶桑社
・ J. Iio, 2019, TWtrends ― A Visualization System on Topic Maps Extracted from Twitter Trends, IADIS International Journal on WWW/Internet, Vol. 17, No. 2, pp. 104-118.
・ 飯尾, 2019, Twitterトレンドの分析 ― SNSでは何の話題で盛り上がるのか?―, 2019年度社会情報学会(SSI)学会大会, pp. 232-235, 東京 市ヶ谷
- 飯尾淳(いいお じゅん)/ 中央大学国際情報学部教授専門分野 マルチメディア・データベース ソフトコンピューティング
- 1970年、岐阜県に生まれ、長野で育つ。1994年、東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻修士課程修了。同年(株)三菱総合研究所入社。同社、主席研究員を経て、2013年より中央大学文学部准教授。2014年、文学部教授。2019年より、現職。2009年から東京農工大学国際センターの客員准教授を兼務。特定非営利活動法人人間中心設計推進機構理事。博士(工学)、技術士(情報工学部門)、HCD-Net認定 人間中心設計専門家。人間とシステムのインタラクション、人間とITの関わり方について、強い関心を持つ。