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検事長の定年延長

徳本 広孝/中央大学法学部教授
専門分野 行政法学

 令和2年2月7日、政府は、東京高検検事長の定年を半年間延長することを決定した。検察官の定年延長は前例がない。多くの新聞ですでに報道されているように、従来、検察庁法や国家公務員法(国公法)の定めにより検察官の定年を延長することはできないと解されてきたからである。上記の決定は、従来の解釈を変更することにより可能であるというのが政府の立場である。しかし、この解釈変更が法治主義に違反していると批判されている。条文を確認してみよう。検察庁法では、「検事総長は、年齢が65歳に達した時に、その他の検察官は、年齢が63歳に達した時に退官する。」(22条)と定められている。同法に定年延長に関する規定はない。これに対して、国公法は、「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したとき」は退職すると定め(81条の2第1項)、一般職公務員の定年を原則60歳としている(同条2項)。さらに国公法は定年延長について、「任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において」、一定の条件のもとで「1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるために引き続いて勤務させることができる。」(81条の3第1項)としている。国公法の両条文を素直に読めば、「前条第1項の規定」により退職する場合に限定して定年延長が認められていると解されよう。「前条第1項の規定」では「法律に別段の定めのある場合」が除外されている。別段の定めである検察庁法上の定年には国公法の定年延長に関する規定は適用されないと読める。

 政府の解釈では、検察官は一般職の公務員であるから、特別法である検察庁法に定年延長の定めがなければ、一般法である国公法上の定年延長に関する規定が適用されるという論法が採られているようである。確かに、国公法と検察庁法が一般法と特別法の関係にあることは両者の規定で明らかにされている。国公法附則13条は、「一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律...を以て、これを規定することができる。」と定め、検察庁法32条の2では「この法律...第22条...の規定は、国家公務員法(昭和22年法律第120号)附則第13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたもの」とされている。検察庁法では、検察官の職務と責任の特殊性をふまえて検察官の定年制度が設けられているわけである。両者が一般法と特別法の関係にあるとしても、検察官の職務と責任の特殊性を前提とした解釈が求められるはずである。

 検察官の職務と責任の特殊性は、その準司法的な役割にある。検察権が政治的な影響をうけてしまい、適正に機能しなければ司法権もまた機能しない。検察権の独立の必要性は、戦前から説かれてきた。安平政吉『検察庁法概論』(国立書院・1948年)では、検察庁独立法案(昭和13年)が帝国議会に提案された背景の説明として、「往々にして政党的色彩の強い人物が国務大臣として検察最高指揮の地位に立たさるるや、その一種の政治的乃至行政的の観点よりして検察事務に掣肘を加えんとする危険が予想せられるに至り、(実際はかかる事態は存しなかったとしても)一部人士をしてこの種危険を予防するの方策を考慮せしむるに至った」(6-7頁)と記されている。続けて同書には「すなわち検察権は、裁判権と同様、一般の行政より独立しなくてはならない。それは時代の政治に、行政に支配されてはならないのであり、さようなことがあっては、正義維持としての検察の任務は全うされない。」(7頁)とある。ところで当時、裁判所構成法(明治23年)80条の2では、検事総長につき65歳、その他の検事につき63歳が定年とされていた。ここまでは現行制度と同様だが、同条には「但シ司法大臣ハ三年以内ノ期間ヲ定メ仍在職セシムルコトヲ得」と定められていた。すなわち、旧制度のもとでは司法大臣の判断により検察官の定年を延長することができたのだが、昭和22年に制定された検察庁法では、あえて定年延長規定が設けられなかったわけである。

 検察権は行政権の一部をなしており、行政権は内閣に属する(憲法65条)。内閣の一員である法務大臣は「検察に関する事項」を分担管理し(内閣法3条1項、国家行政組織法5条1項、法務省設置法4条7号)、検察庁は法務省に置かれるが、検察庁法の定める「特別の機関」とされている(法務省設置法14条1項・2項)。特別の機関(国家行政組織法8条の2)は、省の外局である庁とは異なり一定の独立性が認められる場合に用いられる組織形態である(佐藤功『行政組織法〔新版・増補〕』(有斐閣・1986年)160頁)。一般的には、大臣は所掌事務について所管の諸機関及び職員に対して訓令・通達を発することができ(国家行政組織法14条2項)、職員はこれに従う義務を負う(国公法98条1項)。しかし、検察庁法14条は、法務大臣が「検察官を一般に指揮監督することができる」としながらも、但書で「個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と定め、法務大臣の権限を制限している。刑事法の大家である団藤重光氏(東京大学名誉教授、元最高裁判事)は、検察庁法14条について、法律的には検事総長も法務大臣の指揮監督に服するが、実質的には不当な指揮監督に対してかなり強いチェック機能が期待されており(団藤重光「法務大臣と検事総長の権限」ジュリスト32号24頁以下)、場合によっては検事総長が職を賭して指揮を食いとめることが可能であるとさえ述べている(「座談会 法務大臣の指揮権発動」ジュリスト58号2頁以下[団藤重光発言])。また検事総長を務めた伊藤栄樹氏は、その著書『新版 検察庁法概説』(良書普及会・1986年)のなかで、「不幸にして法務大臣の指揮に関し、法務大臣と検事総長の意見がくい違ったというような場合に、検察権を代表する者としての検事総長は、指揮が違法でないかぎりこれに盲従するという態度は許されない」(92頁)と喝破する。各界の先人たちは検察権の独立を守るための仕組みや解釈にとどまらず、検察権の心構えにまで意を用いてきたのであり、その営みは極めて重いと言わなければならない。

 話を国公法の定年延長規定の解釈にもどそう。法規範の言葉や文章に忠実な解釈方法(文理解釈)や複数の法規範を体系的に調和させる解釈方法(体系的解釈)によれば、およそ解釈変更を正当化することはできそうにない。もっとも、一般論として、文理解釈や体系的解釈によって妥当な結論を見出しえないときには、対象となる法規範の目的に従った解釈(目的解釈)をせざるをえないことがある。ここで法の目的が何かについては、立法者が立法に際して有していた目的であるとする立法者意思説と、法が現在の社会において有する目的であるとする法律意思説とが対立している(五十嵐清『法学入門[第4版新装版]』(日本評論社・2017年)145頁以下)。いずれにせよ解釈を変更しなければ法の目的が達成されないという事情はみあたらず、それはかえって検察権の独立を旨とする法の目的を損なうことになろう。

徳本 広孝/中央大学法学部教授
専門分野 行政法学

石川県出身。1967年生まれ。1992年金沢大学法学部卒業 1994年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(専修コース)修了、1998年同博士後期課程単位取得退学。
1998年明治学院大学法学部に専任講師として着任後、2001年同助教授、2007年首都大学東京都市教養学部准教授、2011年同教授を経て、2017年より現職。行政法の比較法学的研究の他、学術研究活動に関する法制度等について研究。主要著書として、『学問・試験と行政法学』(弘文堂・2011年)がある。