オピニオン

2020都知事選の争点を問う

佐々木 信夫/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論

転換点にきた東京

 ことしは東京にとって大きな転換点となる。これまでの右肩上がり時代が終わり、五輪特需は消え、人口減少や「老いる東京」など様々な問題が浮上してくる時代へと変わる。

 この夏、10年前に招致運動を始めた「東京五輪」がいよいよ開催へ。7月24日開会式、17日間のオリンピック競技、13日間のパラリンピック競技と続き、9月6日閉幕の予定だ。

 3兆円のカネを掛け、日本で一番暑いこの時期になぜ?という疑問は残るが、ともかく1ヶ月以上の長丁場だ。猛暑、地震、台風、テロなどの危害に遭うことなく成功裡に終えるよう祈りたい。

 その東京五輪が始まる直前の7月5日には都知事選が行われる。

 現職の小池百合子の任期は7月30日までだから、五輪の開会式は彼女が臨むことになろう。しかし、その後は分からない。都知事選の結果次第では五輪のホスト役(都知事)が代わる可能性もある。こうしたこと自体、ここ10年余続いてきた都政の混乱ぶり、不安定さを表している。

 戦後21回目に当たる今回の都知事選。14年前の石原都政3期目までは任期満了選挙が続き、4月の統一地方選の花形だった。だがその後、回転ドアのように都知事が交代する事態となる。4選後の石原慎太郎は1年半で辞任、後継の猪瀬直樹は1年、舛添要一は2年4ヶ月で辞職に追い込まれ、短命都政の混乱が続くようになった。

 現在の小池知事は何とか任期満了まで行きそうだが、一寸先は闇、何が起こるか分からない。戦後の都知事は1947年から95年の鈴木俊一までの半世紀、官僚と学者出身が就き、任期も安定していた。だがその後、猪瀬を除き青島幸男、石原、舛添、小池と国会議員の出身者が就くようになってから、都政は混乱の時代へ入ったようにも見える。

最近の都知事
在任期 知事と主な施策 在職日数
1期 青島幸男
(1995年4月23日~1999年4月22日)
・世界都市博覧会中止 ・リサイクル都市構想
1461日
3期
+
1年半
石原慎太郎
(1999年4月23日~2012年10月31日)
・ディーゼル車排ガス規制 ・新銀行東京設立
・新公会計制度 ・東京マラソン開催
4941日
1年 猪瀬直樹
(2012年12月18日~2013年12月24日)
・2020年東京五輪の招致実現
372日
2年
4ヵ月
舛添要一
(2014年2月11日~2016年6月21日)
・五輪施設の経費削減 ・「東京防災」ブック配布
861日
3年
小池百合子
(2016年8月2日~現在)
・待機児童対策 ・豊洲市場移転の延期
1278日

図―1

"政局あって都政なし"の現実

 この7月の都知事選は、ポスト東京五輪の都政を4年間預ける人を選ぶ選挙だ。おそらく五輪終了後、経済不況に見舞われ、都財政は一転して厳しくなろう。だが「老いる東京」問題など課題山積の中で都政を担うことになる。浮ついた「お祭り都政」ではなく、トップマネジメントが安定的に機能し都政の指揮を執れる状況をつくれるか、そこが最大のポイントになる。

 このところの都政を一言でいうなら"政局あって都政なし"。"目立つ都知事""置き去りにされた都民"と言い換えてもよい。メディア向けの派手なパフォーマンスと、突然築地再利用だ!国際会議場だ!と思い付きのような施策を打ち出す。そんな都政はもう要らない。都政の営みは地味ながら日々の都民生活を守り、大都市の安全性を確保していく、それが仕事である。

 その点、この10年余の都政は都民ファーストではなく、選挙ファースト、知事ファーストのようだった。そうした混乱の間に東京はニューヨーク、パリ、ロンドンと並び称された世界都市の地位を失い、シンガポール、香港などと同じような極東アジアの一地方都市に転落してしまった。内にあってはヒトが老い、インフラが老い、大地震や集中豪雨の災害危険度が高まっている。これを機に"長期戦略を持てる都政"、そうした都政に回帰できるかどうか。

"ポスト五輪"都政―誰に任せる

 4年前の都知事選は小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎ら主要候補3名を軸に21名が争った。結果は291万票を得た小池が圧勝。自公の推した元総務相の増田は次点に泣いた。

2016年の都知事選
投票年月日 当選者(票数) 次点(票数) 投票率
2016年
7月31日
小池百合子 2,912,628 増田寛也 1,793,453 59.73%

図―2

 有権者が初の女性都知事誕生に期待したのは、透明で安定感のある生活者起点の都政運営だったはず。確かに滑り出しはそれに応ずるものだった。「都政の見える化」「豊洲市場移転延期」「五輪3施設見直し」など石原時代からの「陰の部分」を抉り出して見せた。ブラックボックスとも言った。

 だが、それもつかの間、その後の小池都政は混迷都政の収拾どころか、それに輪をかける混乱ぶりに陥った。その極めつきは17年秋の衆院選だ。首相就任でも望んだのか、自身で「希望の党」を立ち上げ、民進党を丸呑みする形で衆院選になだれ込んだ。結果は大惨敗。都民の信頼を失い、希望が失望に変わり、その後小池都政は鳴かず飛ばずの日々となった。

 ただ、迫る「東京五輪」という大イベントの準備が救いとなり、小池知事の都政運営、ハンドリングの拙さがそう表沙汰にはならなかった。メディアもそこを問題視しなかった。

 だが、この先はそうはいかない。オリンピック都政は本来の都政ではない。イベント都政にすぎない。これからが本番である。都知事は政治家であり経営者であり外交官である。この3つの役割をキチッと果たせるかどうか。こんど選ばれる知事は①経営者として巨大都庁のガバナンス(かじ取り)をしっかり取る、②様々な領域に広がる「老いる東京」問題の解決に本腰を入れる、③膨れるだけ膨れ上がった都政をスリム化し、分権化の視点から都区関係を見直す。そうした都政の構造改革に挑むことだ。

 よく都庁はスウェーデン並みの15兆円予算、17万人職員という巨大さを誇るが、大きいことが良いことだという時代は終わっている。上下水や交通など本来市町村が担うべき仕事が都政の3分の1を占める。こうした公営企業部門はもう「民営化」したらどうか。それよりも政策に強い都政の構築、事業官庁から政策官庁への脱皮をめざすことが次の都政像ではないだろうか。

都政の転換は"振り子"が働く

 選挙の争点をみると、今回はこれまでのような築地市場移転賛成か反対か、五輪招致賛成か反対かといった単一争点のテーマはなさそうだ。政治体制として議会支持勢力が自公体制への回帰がよいか、都民ファ体制の継続がよいか、ここはひとつポイントになろう。絶対避けなければならない事態は、都民ファの現職知事に自公勢力が相乗りし事実上候補者を一本化してしまうことだ。これでは有権者の政策選択の機会を奪い、その後の都政が非活性化する。「誰が」より「何を」が大事だ。

都政は振り子で動く

図―3

 都政はこれまで政策論争の上に成り立ってきた。知事が替わる度に経済重視・ハード重点か、生活重視・ソフト重点かの振り子が働き、政策の組み立てが変わってきた。その点、いまの小池都政は五輪準備が重なったこともあろうが、従前の経済重視・ハード重点の石原都政を引きずったままのようだ。舛添都政が生活重視・ソフト重点に移行しかかったが途中降板でうやむやに。その後を引き継いだ小池都政は「東京大改革」と大見えを切ったが中身は情報公開に止まった。

 この先、大都市東京はかつて経験のない「老いる東京」問題に遭遇する。何百万人もの高齢者に対し医療や介護、福祉、年金などの社会保障を担保し、道路、橋、公共施設、地下鉄、上下水などの「老いるインフラ」の更新が大きな課題となる。どれも膨大な費用を要する話だ。それをどう生み出すか。都政に強い行革が求められよう。次の都知事は好むと好まざるに関わらず、「生活重視・ソフト重点」へ大胆な政策転換を迫られ、改革都政に手を染めることになる。

東京をどうする―2割減反はどうか

 もう1つ、日本全体でみた東京の位置づけをどうするかだ。この国はいつの間にか2つの国に分断されている。一極集中の進む「東京国」と過疎化が止まらない「地方国」にだ。国土面積のたった0.6%の東京都に人口の1割以上が集中し、点のような都心3区に政治、行政、経済、情報、教育、文化などの高次中枢機能を全て集中させている。30年以内に首都直下地震が必ず来るとされるが、それは今年か来年かもしれない。今のままだと東京はもとより日本全体が機能麻痺に陥る。

東京の大きな選択

図―4

 世の中はみな口を揃えて「東京一極集中」は諸悪の根源だというが、しからば具体的な手立てはというと無策に等しい。図からして都自身は東京の巨大化を肯定するのか否定するのか、その立ち位置が問題だ。むしろこれが大きな争点かも知れない。勿論、都政に東京を大きく変えるだけの権限はない。しかし、無制限に人口を呼び込むオフィスやタワーマンションの建設は規制できるはずだ。どんな東京像を描くか、それにより政策選択は異なる。

 もう東京を2割減反したらどうか。人口も企業も大学も2割減反し、1000万都市へとスリム化する。AI、ロボットなど先端技術を駆使して生産性を高め、都市生活の質を上げたらどうか。交通渋滞のない、満員電車などもない、ゆったりとした東京をつくる。その方が東京と地方はウインウインの関係になる。

 歴代都知事にそう主張する者はいなかった。だが人口減少期に入った日本である。東京一人勝ちの発想は古い。これからの都知事は「巨大化否定」論者の方が相応しいのではないか。その方が日本全体に活力が生まれ、東京も快適な都市空間に生まれ変わる。これからの首都にふさわしい風格ある都知事の誕生を期待したい。

佐々木 信夫(ささき・のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論

1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、法学博士(慶應義塾大学)。東京都庁16年勤務を経て89年聖学院大学教授、94年から2018年まで中央大学教授。この間、米カリフォルニア大学客員研究員、慶應義塾大学、明治大学、日本大学、埼玉大学などの講師、聖学院大学客員教授。第31次地方制度調査会委員、第22・23期日本学術会議会員、大阪府・市特別顧問など兼務。
現在、中央大学名誉教授、㈳日本国づくり研究所理事長、大阪府・市特別顧問、大樹総研顧問教授、事業構想大学院大学客員教授。
著書に『老いる東京』『新たな日本のかたち』『地方議員の逆襲』『都庁』『道州制』『市町村合併』など多数。近刊に『この国のたたみ方』(新潮新書)