行政法は面白い
宇佐見 方宏/中央大学大学院法務研究科客員教授・弁護士
専門分野 行政事件訴訟、民事法務、企業法務
1 はじめに
私は、弁護士として長年行政訴訟に携わり、また法科大学院で実務行政訴訟の授業を担当しています。授業では「行政法は面白い」、「行政法は簡単だ」をモットーに掲げています。これから、私の体験を踏まえて行政法の面白さを述べたいと思います。
2 最悪な出会い
今から40年以上前法律学科3年の私は、大教室で行政法総論の授業に出席していました。担当は著名なベテランの先生でしたので期待をしていました。しかし「行政とは何か」「公法とは」など抽象的で意味不明な言葉が虚しく耳を通り過ぎて行きました。行政法とは最悪の出会いでした(今も「行政の定義」などといわれると拒絶反応が出ます。)。少しも興味が持てませんでした。私の勉強が足りなかったことは言うまでもありませんが。その私が、行政訴訟に担当し、行政訴訟の授業を担当しているのですから、当時の同級生は驚きでしょう。
3 行政法は社会と結びついている
行政法アレルギーの私ですが、進学した大学院では行政法の授業を選択したのは一人でした。やむを得ず行政法との付き合いが始まりました。しかし、最初は興味が持てないままの毎日でした。私は、マスコミの報道などで接する刑法や、商品の売買など体験することのできる民法と異なり、行政法は役所の法律であって市民生活には無縁の存在であるうえ、役所が市民生活を規制する法律と受け止めていたように思います。「行政法」という名称の法律が存在しないことも敬遠の理由だったと思います。
そうはいうものの、私たちの生活は、ゆりかごから墓場まで「行政法」と無縁では成り立ち得ません。たとえば、子供が出生すると戸籍法に基づき出生届が、亡くなると死亡届が必要です。自動車を運転するには、道路交通法によって運転免許を取得しなければならす、無免許で運転すると刑事罰が課せられます。家を新築するとき建築基準法に基づき建築確認の申請をし、確認を受けなければなりません。私たちのライフサイクルは、行政活動が密接に関係しています。むしろ「行政法」に縛られて生活しているようにさえ思われます。それなら、積極的に「行政法」と付き合おうと考えました。
4 法律による行政の原理
行政法には「法律による行政の原理」という原則があります。「法律による行政の原理」とは、簡単にいうと行政権の行使は、法律に基づき、法律の内容に適合するように行わなければならないという建前です。行政権を行使し、あるいは行使しない権限は、全て法律に規定されていなければならないのです。逆にいえば、法律をよく読めばおのずからその法律の仕組、内容が理解できることになります。刑法の「罪刑法定主義」と似ています。「罪刑法定主義」と「法律による行政の原理」は全く別のものですが、国家権力から国民を護るという点では共通します。また、先輩の検察官は、「検事は六法一冊あれば仕事ができる」と豪語していましたが、行政法の世界にも通じるところがあります。行政法は、行政権の権限を規定するもので、決して役所のための法律ではありません。
5 行政法の目的と許可制度、権力的行政形式の必要性
行政法の目的は、「公益の実現」にあると言われます。この公益という言葉がなんとなく近寄りがたい雰囲気を醸し出すように感じます。私は、学生に説明するときは「公益」といわず「行政目的」という言葉を使っています。
自動車の運転は運転技術さえ身につけていれば誰でも自由に行えるはずですが、技術が未熟な人や交通規則を知らない人が運転できるとすると事故を起こし、人の生命身体に危害を加え財産に損害を与えかねません。道路交通法は、「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的」(1条)として、無免許での自動車の運転を一律に禁止しています(64条1項)。そして、同法の定める要件を満たした場合にその禁止を解除して免許を与え、禁止にかかる前の状態に戻す(自由の回復)ことにしています(84条以下)。
つまり、行政目的実現のために、国民が本質的に持っている権利を制限し、一定の要件を満たす場合に禁止が解除され、国民は自由を回復します。この禁止の解除が、許可です。先程の自動車運転免許も免許と規定されていますが、講学上は許可と言われるものです。許可制度は行政法の根幹をなすものですから、この仕組を理解すれば、行政法の勉強は大きく進展します。
ここで、視点を変えてみましょう。運転免許は許可であるといいましたが、許可は行政行為の一つです。民事の法律関係は市民法の一般原則である私的自治・契約自由が貫徹されます。これに対して行政法の活動には、例えば人口急増地区における公立学校の敷地取得のように国民の同意を得るのを待っていては、行政目的を達成できないものが多くあります。そこで、法が、行政庁にその一方的判断によって国民に義務を課したり、法的地位を定める機能を認めているものもあります。
6 現代社会において行政法の理解は不可欠
行政法を理解するためには、民法、民事訴訟法など他の法律の理解が不可欠です。行政行為は意思表示ですので、民法の意思表示の理解が必要です。訴訟の場面では、行政事件訴訟法を学ぶためには民事訴訟法の知識が必要です。言い換えれば、行政法を勉強することは、他の法律も勉強することになります。
現在社会において、先端的といわれる独占禁止法などの経済法の分野、さらに租税法など行政法を基礎としています。行政法の知識がなくてはこれらの法律を理解することはできません。経済取引に関する規制違反に関して刑罰を科する経済刑法の分野も行政法の知識がなくては理解することは到底できません。
7 行政法は面白い
「法律による行政の原理」のもと、行政権の権限、許可の要件はすべて法律に規定されています。行政法は理解しやすい法律です。また、現代社会における私たちの生活は、すべて行政法が基礎となっています。行政法は、社会と密接に結びついているのです。行政法がわかれば社会が理解できると言っても過言ではありません。
行政法は面白いと感じていただければ幸いです。
宇佐見 方宏(うさみ・まさひろ)/中央大学大学院法務研究科客員教授・弁護士
専門分野 行政事件訴訟、民事法務、企業法務経歴
1977年4月 中央大学法学部法律学科卒業
1980年3月 立教大学大学院法学研究科民刑事法専攻退学
1983年4月 弁護士登録(東京弁護士会) 35期
1999年4月 立教大学法学部非常勤講師(2008年3月まで)
2005年4月 中央大学大学院法務研究科客員教授(2009年3月まで)
2009年4月 中央大学大学院法務研究科特任教授(2019年3月まで)
2019年4月 中央大学大学院法務研究科客員教授(現任)編著
事例別実務行政事件訴訟法(大貫裕之・宇佐見方宏編著)弘文堂2014年4月刊
行政規制が分かる企業法務担当者のための行政法ガイド
(宇佐見方宏・鈴木庸夫・田中良弘編著)第一法規2017年3月刊