オピニオン

研究が生み出した知は実務に役立つのか?

福島 一矩/中央大学商学部准教授
専門分野 管理会計、マネジメント・コントロール

 学術的な議論(言い換えれば研究、学問)から生み出された知は実務(実践)にとって役立っているのだろうか?しばしば話題にあがるこの問いに対して、いくつかの社会科学の領域では、リサーチ・プラクティス・ギャップとよばれる学術的な議論と実務の間の乖離という観点から議論が行われてきた。リサーチ・プラクティス・ギャップとは、実務の場では広く観察されている事象であるにもかかわらず、学術的な議論がそのメカニズムを解明、説明できていないというギャップと、学術的な議論は盛んであるものの、実務の場にそれがほとんど反映されていないというというギャップの2つを含んでいる。

 この2つのギャップを比べてみると、前者のギャップは、学術的な議論が進むことで解消しうるものであるが、後者のギャップは、学術的な議論によって生み出された有用かもしれない知が実務の場で活かされていないというものであり、何らかの対応なしに解消されることはないだろう。

学術的な議論が取り組むべき課題とは?

 なぜ、このような有用かもしれない知が活かされないという状況が存在しているのだろうか。そのひとつの要因として、学術的な議論が実務に対する貢献・意義を意識していないことが指摘されてきた。これは、学術的な議論は、実務を観察、評価したうえで、そのメカニズムなどを解明、説明するという行為を通じて知を生み出してきたが、これらの知を実務の向上に役立てていくための情報(言わば処方箋ともいうべきもの)を提供することに対する関心は必ずしも高いとは言えず、その結果として実務の場にいる人々からの関心が失われてしまったのではないか、という指摘である。

 このような指摘に対して、学術的な議論が取り組むべき課題とは何であろうか。実務の場にいる人々の声に耳を傾けてみると、たしかに学術的な議論が生み出す知というのは有用なものであろうというのは何となく理解できるが、自分たちの企業や組織でどう活かせばよいのかがわからないという意見が寄せられる。このような意見を踏まえるならば、学術的な議論には、生み出された知をより一般化された形に変換して実務の場でも利用可能なものにすることや、その一般化された知に、より容易にアクセスできるようにすることが求められているのではないだろうか。

実務にとっての学術的な議論が生み出す知の意義とは?

 では、学術的な議論をする側でこのような取り組みが進まない限り、実務はその知を活かさないままで良いのだろうか?答えから言うならば、それは得策ではない。知を活かしていれば、得られるはずのメリットを失っているからである。

 ここでは、筆者が専門とする管理会計という領域におけるこれまでの研究成果を例に挙げて考えてみたい。管理会計の仕組みというのは利用を開始したからといって、誰でもすぐに期待されたような効果が発揮されるわけではない。そのため、同じような管理会計の仕組みを利用していながら、期待されたような効果が得られている企業とそうでない企業が出てきてしまう。その違いを観察してみると、学術的な議論から生み出された知を探し出し、その価値を評価したうえで、価値があると判断された知を用いて自らの実践を変えていくような能力を有しているか否かという違いがあることがうかがえるのである。これは、学術的な議論から生み出された知を活かすことにはメリットがあることを示唆している。

 つまり、少なくとも管理会計という仕組みに関して言うならば(ほかの領域であっても同様ことが言えるかもしれないが)、学術的な議論が生み出した知には一般化が十分でない、その知へのアクセスが容易ではないというハードルを乗り越えて、貪欲に知を探索、理解し、価値があると判断された情報をうまく活用できるような企業では、学術的な議論の知がもたらすメリットを享受できているのである。

象牙の塔を出る、学術的な議論が生み出す知を探索する

 このように考えてみると、先行きを予測することが困難な時代であればこそ、学術的な議論を行う立場にある人々は象牙の塔から出ていくこと、実務の場にいる人々は学術的な議論が生み出す知を探索してみることが重要ではないだろうか。

 つまり、社会科学(上述したようなメリットが管理会計という領域でしか得られないのであれば話は別だが)に関する学術的な議論を行う人々は、学術的な議論は実務とは切り離されるべきものであり、生み出された知が実務にとって役立つかよりも、純粋に知的な関心を満たせば良い、学問の発展に貢献できさえすれば良いという姿勢を捨てる(象牙の塔から出る)ことが社会にとって重要であろう。一方で、実務の場にいる人々も、学術的な議論は難解であって、どのような意味があるのかが不明だからと関心を持たずにいるのではなく、時に学術的な議論が生み出す知を探索し、それが有用であれば活用してみるという姿勢も重要であろう。

 こうした学術的な議論を行う場、実務の場にいる双方の人々が歩み寄ることは、現在を良くできるだけでなく、より良い将来の創造につながるのではないだろうか。

福島 一矩(ふくしま・かづのり)/中央大学商学部准教授
専門分野 管理会計、マネジメント・コントロール
千葉県出身。1981年生まれ。2004年慶應義塾大学商学部卒業。2006年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。2009年慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得退学。
西南学院大学講師、准教授を経て2017年より現職。
主な研究課題は、管理会計やマネジメント・コントロールが組織成長の実現に結びつけるためのメカニズムの解明。
近著として『日本的管理会計の探究』(共著、中央経済社、2012年)、『日本的管理会計の深層』(分担執筆、中央経済社、2017年)などがある。