オピニオン

独り暮らしを始めた学生と地方選挙

中西 又三/中央大学名誉教授
専門分野 行政法、公務員法等

 進学、進級をきっかけとして親元から離れて、東京都又は近県で独り暮らしを始めた、あるいは独り暮らしをしている学生のみなさんに、注意して欲しいことがあります。

 2016年(平成28年)6月19日から選挙権年齢が18歳に引き下げられました。大学1年生は、すでに18歳になっているので、選挙権を持っています。しかし、選挙権をもっていても、選挙権を行使するには、住所としている市町村で作成される選挙人名簿に登録されていることが必要です。さらに選挙人名簿に登録されるためには、市町村に3か月以上住所をもっている(市町村の住民基本台帳に記載されている・住民票をもっている)ことが必要です(公職選挙法21条1項。いわゆる居住3か月要件)。市町村の住民基本台帳に記載されず(住民票を持たず)、事実上住んでいるだけでは、選挙人名簿には登録されません。

 さらに、2016年6月18日までは、選挙権をもっていても、選挙人名簿の登録基準日(通常登録日・毎年3月、6月、9月、12月の一日、選挙時登録の日・選挙にあたり市町村選挙管理委員会が選挙期日との関係で定める日)(法22条)との関連で、選挙人名簿に登録されず(旧住所地の市町村から新住所地の市町村に住民票を移し、住民基本台帳に記載された日から3か月に満たない場合)、選挙権を行使することができない状態がありました(これを「選挙権行使の空白」といいました)。このような不都合な状態は、選挙権年齢の引き下げが行われなくても、あった訳ですが、選挙権が18歳に引き下げられることによって、さらにその不都合(選挙権を行使することができなくなる人の数)が多くなることが考えられました。その数は7万人に達するとも言われています。18歳になった人は、高校卒業をきっかけに、進学、就職などで親元を離れ、住所を他の都道府県や市町村に移して独り暮らしをする可能性が大きいためです。

 そこで国は、市町村の区域から住所を移した年齢満18歳以上の国民のうち、住所を移す前(旧住所地)の市町村に3か月以上住んでいた人について、その市町村の区域内に住所を有しなくなった日(他の市町村に住民票を移した日)以降4か月を経過しない人については、旧住所地の市町村において選挙人名簿に登録することにし(法21条2項)、その市町村で選挙権行使ができるようにしました(「選挙権行使の空白の解消」)。しかし、このやり方は、国政選挙の場合には、そのまま当てはまりますが、地方選挙の場合には、同一の都道府県内で他の市町村に住所を移した場合にのみ、その都道府県の知事の選挙及び議会の議員の選挙について選挙権を行使することができることにしています(法9条3項)。この場合、旧住所地の市町村で選挙権を行使する場合には、引き続きその都道府県の区域に住所を有することの証明書(法施行令34条の2)を提示する必要があります(法44条3項)。地方選挙についてこのような方法がとられるのは、憲法上、地方公共団体の長、議会の議員の選挙は「その地方公共団体の住民」が行うとされており(93条2項)、具体的には、3か月以上市町村の区域に住所を有するものがその属する地方公共団体の長、議会の議員の選挙権を有するとされているためです(法9条2項)。従って昨年度末又はこの年度初めに、近い将来地方選挙が行われる道府県から、東京都又は近県に住民票を移してしまった人は、旧住所地の道府県の知事選挙及び議会議員選挙について選挙権を行使することはできません。また、旧住所地の市町村の市町村長選挙及び議会議員選挙についても選挙権を行使することはできません。住民票を移した東京都ないし近県の地方選挙については、住民票のある市町村で選挙人名簿に登録されてから、選挙権を行使することができます。旧住所地の市町村に住所を有しなくなっても4か月は、選挙人名簿そのものは旧住所地の市町村選挙管理委員会が管理しているのに、このようなやり方は、不合理だという意見もないではないでしょうが、これは上に述べた地方選挙権の基本的あり方からくる制約だと考えられます。

 住所を変更したときは、住民票を移すことが住民基本台帳法上原則になっているので(同法22条、23条)、進学、進級に伴って、東京都または近県の住所地に住民票を移した人は、地方選挙における選挙権の行使については、このような仕組みになっていることに注意してください。

 なお、住民票を現在の住所に移していない場合には、元の住所(親の住所地)に投票所入場券が送られてきている場合があります。投票は投票用紙でしなければならず(法44条)、投票用紙は入場券と引き換えに(名簿への登録を確認して)交付されることになっているので(法施行令35条)、注意してください。当然には現住所地では投票できません。現住所地では不在者投票(法49条)をすることができるとも考えらえますが、そのためには所定の手続きが必要です(法施行令50条、52条、53条)。ただ、この場合、先に述べた地方選挙権の基本的あり方と住所を他に移した場合の地方選挙権行使の法律上の取扱いとの釣り合から、旧住所地の市町村選挙管理委員会に不在者投票制度の利用について円滑に応じてもらえない可能性も考えられます。市町村によっては、現住所が親元にないことを確認して、選挙人名簿から削除している場合もあります(このようなやり方に私は法的に疑問をもっていますが)。都内や近県の親元を住所地としている人は、親元で選挙権を行使できることは当然のことです。

中西 又三(なかにし・ゆうぞう)/中央大学名誉教授
専門分野 行政法、公務員法等

東京都出身、1942年生。
1965年中央大学法学部卒。
1967年中央大学大学院法学研究科修士課程修了(修士)。
1967年中央大学法学部助手(行政法担当)。
1971年中央大学助教授。
1978年中央大学教授。
2014年中央大学名誉教授。

助手時代から特に公務員法を研究、並行して行政法全般を研究・教育。
主著書 行政法1(中大通教2002年)、公務員の種類(有斐閣1985年)等がある。