オピニオン

日本のものづくり企業の未来

~「ものづくり企業」から「仕組みづくり企業」への脱皮~

赤羽 淳/中央大学経済学部教授
専門分野 経営学

 皆さんは日常生活のなかで何か「もの」を買うとき、無意識にどの国で生産されたか気にしませんか。そして、買おうとしているものがメイドインジャパンであれば、それだけで安心感を得ることも多いでしょう。一時期、中国をはじめとした外国人旅行客が日本製の家電や生活雑貨を大量に買って帰ったのも、日本製製品のもつ安心、安全、高品質のイメージによるものと思われます。日本製製品は、我々日本人のみならず、世界的にも信頼を得ているのです。

ものづくり企業が直面する競争環境の変化

 しかし一方で、日本のものづくり企業の経営指標をみると、また別の様相がみえてきます。例えばエレクトロニクスの大企業、パナソニックやソニーの2017年度の売上高は7兆9,822億円と8兆5,440億円になっています※1。この数字だけみると大きいと思うかもしれませんが、韓国のサムスン電子や台湾の鴻海集団の売上高は同じ時期に20兆円前後に達しています。つまり、パナソニックやソニーは、彼らより歴史の浅いアジア新興企業に規模ですでに追い抜かれているのです。2016年に鴻海が経営危機に陥ったシャープを傘下に収めたのは、こうした潮流を象徴する出来事だったといえるでしょう。

 エレクトロニクスとともに日本のものづくり産業を代表する自動車はどうでしょうか。2018年の世界販売台数でみると、1位:フォルクスワーゲン(1083.4万台)、2位:ルノー・日産・三菱連合(1075.7万台)、3位:トヨタグループ(1059.4万台)となっています※2。エレクトロニクスと違って、自動車では日本企業が依然として世界の上位を占めています。ただトヨタの豊田章男社長は、「自動車産業は100年に一度の大変革に直面している。勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかである」と繰り返し発言しています。トヨタが世界販売台数で上位に位置しても、社長は安泰とは考えていないのです。

 もちろん企業の競争力は、規模だけでは決められません。利益率やお客様からの満足度(ロイヤリティ)、あるいはブランドイメージなど幅広い視点から評価されなければなりません。ただし確実にいえるのは、業種にかかわらず日本のものづくり企業の直面している競争環境は大きく変化しているということです。

 競争環境の変化について世間でよくいわれているのは、「IoT:もののインターネット」の進展、「AI:人工知能」の発達、「Sharing Economy:所有から共有」の普及などです。例えば自動車では、自動運転が実用化に向けて動いており、グーグルやアップルといったICT(情報通信技術)企業が自動車産業に参入しています。また海外では、ライドシェア(相乗り)が普及し、米国のウーバーやシンガポールのグラブなど、ICT技術を駆使して配車サービスを提供するプロバイダーが勢力を拡大しています。豊田社長の危機感は、このような現象の急速な広がりからきているのです。

 こうした競争環境の変化は、つまるところ「デジタル化」と「ネットワーク化」という二つの言葉に集約されると考えられます。アナログ製品が単体として存在していた時代は、品質の高い製品開発に注力することがものづくり企業にとって競争力維持の鍵でした。ブラウン管テレビの時代に、日本のブランドが世界市場を席捲したのはその表れといえるでしょう。翻ってデジタル化、ネットワーク化が進んでいる今日では、何がものづくり企業にとっての生命線になってくるのでしょうか。

仕組みに組み込まれるのではなく、仕組みをデザインする

 今日、多くの製品がデジタル化し、ネットワーク化しているということは、システムやルールの中で製品が使われていることを意味します。その場合、企業にとっては、単体としての製品の品質や性能を高めることよりも、システムやルールとの親和性を考慮したり、システムやルールの構築を主導したりしたほうが、獲得する付加価値は大きくなります。アップルはiPhoneというスマートフォンを開発し、世の中に大きなイノベーションを引き起こしました。しかしiPhoneの生産自体は、アップルではなくアジアのEMS※3企業が行っています。アップルは、iPhoneの商品開発、コンセプト設計に注力したファブレス企業※4なのです。また、iPhoneは音楽プレーヤーでもあるわけですが、その開発にあたってアップルが重視したのは、プレーヤーとしての音質よりもiTuneで配信できる音楽ソフトの種類と量でした。デジタル化の時代において、消費者の満足度を左右するのはプレーヤーの音質ではなく、より多くの音楽を配信するサービスシステムだということをアップルは最初から見抜いていたわけです。アップルはものづくり企業というよりも、デジタル製品がもたらす社会の仕組みづくりに傾倒した企業といえるでしょう。

 一方で、日本企業の状況をみてみると、残念ながら欧州企業や米国企業がデザインしたシステムやルールの中に組み込まれているのが現状です。あるいは日本企業が仕組みづくりをしたとしても、それは日本国内にとどまっており、日本発のグローバルスタンダードはあまり見当たりません。こうした懸念に対しては、比較優位の観点から日本企業はこれまで通り愚直なものづくりに徹すればよいのだという意見もあります。しかしこれはマクロ経済学的には正しくても、日本のものづくり企業の経営者に対するメッセージとしては、適切ではありません。なぜなら、自社にとって有利なシステムやルールのなかでものづくりを行うほうが、企業の成長機会は増えるからです。加えて、システムやルールのデザインに成長機会があるにも関わらず、経営者がそれを目指さなかったら、不作為として株主から糾弾される可能性も出てきます。

 また、そもそも「ものづくり」という言葉の使い方にも、注意が必要な時代になったといえます。「ものづくり」という表現からは、製造業、第2次産業、物財を生産する事業などを思い浮かべます。しかし、こうした既成の産業分類で捕捉すること自体が世の中の実情と合わなくなりつつあります。例えばアップルは、製造業とサービス業を跨ぐ存在です。アップルのように、システムやルールづくりを主導した企業は、得てしてバリューチェーンを広くカバーする傾向があります。

グローバルアライアンスの重要性

 日本のものづくり企業が仕組みづくり企業に脱皮するためには、積極的なグローバルアライアンスが必要です。特に、バリューチェーンを広く跨ぐためには、大企業といえども自社の経営資源だけでは足りません。また、システムやルールづくりといった部分は、概して日本企業が不得意な分野ですので、そこを補うためには海外企業との積極的な連携が重要になってきます。そしてその際には、日本企業の得意なものづくり能力をアライアンス先に提供すればよいのです。一部の日本のものづくり企業は、垂直統合型の自前主義、高性能・高品質追求のものづくり、製品単体売りといった従来型のビジネスモデルに固執したため、経営危機に陥りました。そしてその結果、高度なものづくり能力までもが外資に安く買われてしまった次第です。グローバルアライアンスといっても、このような形はあまり望ましくありません。日本のものづくり企業は、自社の経営体力が健全で高度なものづくり能力を有する今のうちに、グローバルアライアンスを自ら積極的に仕掛けていくことが肝要だと考えられます。

赤羽 淳(あかばね・じゅん)/中央大学経済学部教授
専門分野 経営学
東京大学経済学部卒業 東京大学大学院経済学研究科修了 博士(経済学)
株式会社三菱総合研究所プロジェクトリーダー、横浜市立大学国際総合科学部准教授、中央大学経済学部准教授を経て、2019年4月より現職。
主な著作に、勁草書房『東アジア液晶パネル産業の発展‐韓国・台湾企業の急速キャッチアップと日本企業の対応』(第31回大平正芳記念賞受賞)、同友館『アジアローカル企業のイノベーション能力-日本・タイ・中国ローカル2次サプライヤーの比較分析-』(2018年度中小企業研究奨励賞受賞)がある。