佐々木 信夫 【略歴】
佐々木 信夫/中央大学経済学部教授
専門分野 行政学、地方自治論
都政において都議選は中間選挙の意味を持つ。知事の変則的な交代で以前(知事任期の半ば)と時期はずれたが、それでも7月2日の第20回都議選は1年経過した小池都政の評価とその先の都政を占う重要な選挙となる。次の国政選挙の先行指標ともなろう。
記者会見で“メリーちゃん”“ハリーちゃん”と小動物のマスコットを片手に得意そうに話す小池百合子都知事。14兆円予算を説明する会見での風景だが、この小道具は予算編成にメリハリをつけたという意味なそうだ。なかなかの知恵者だが、ともかく、こうして小刻みに話題を提供しながら毎日マスコミに登場するのが小池氏だ。もとより、その発想は世間への話題提供としてはおもしろいが、果して大組織の経営者として大丈夫か。問題提起はよいが、問題解決ができるのか、そこがいま小池都政に問われている核心だ。
小池都政のここまでの9ヶ月。公約の「東京大改革」という大仰な表現とは裏腹に、やっていることは意外に細かい。豊洲移転、五輪施設の見直しなどこれまでの「負の遺産」とされる事案を掘り起こし、そこでのムダ遣い、隠し事、不透明さを事細かく指摘する。「いつ・どこで・誰が決めたか」と犯人探しも。自民党都連をブラックボックス、自民都議の長老を都議会ドン、石原都政を無責任体制と呼ぶなど、敵をつくって守旧派、抵抗勢力、悪玉に仕立て、自分は改革派、善玉、正義の味方、都民ファーストだと主張する。政治マーケティングの手法である。ここまで敵と指名されたのは森喜朗(五輪組織委会長)、内田茂(元自民都連幹事長)、石原慎太郎(元都知事)の3人。次は誰かいるのか。
都議選を前に小池ブームに便乗したい都議会弱小勢力に焚き付け、豊洲市場の用地買収の犯人探しに百条委員会まで設置し、東ガス社長を含め石原元知事、浜渦元副知事ら24名の幹部を証人として引っぱり出した。マスコミはこれを同時中継し全国に流す。これまでの都政を“伏魔殿都政”と印象づける策だ。これが小池劇場をつくり出している仕掛けである。
確かに、黒塗り(のり弁)のような情報公開、空気の流れで決まる意思決定過程など巨大官僚制に潜む都庁の負の体質改善は不可欠だ。その点、質的な行革は大いに進めるべきである。
ただ、そんなところにスポットを当て、メディアファーストを続けることで人気を保つやり方が1300万人の暮らす大東京の船頭としてふさわしいのかどうか。人口減少期に入ったわが国で依然問題視される東京一極集中など、もっと構造的な問題の解決に目を向けるべきではないか。人が老い、インフラが老いていく「老いる大東京」をどうするのか。
もっとも今、国政も含め有権者はあす、あさってという目先のことしか見なくなっている。ここ数年、政治とカネでゴタゴタした猪瀬、舛添両知事の後だけに、世論は小池氏の「刑事都政」のやり方を“もっと続けろ!”と声援する。そうした背景から小池氏の支持率は高い。世論調査をみると、昨年夏からこの9ヶ月間、小池都政の支持率は75%前後。有権者の3人に2人が小池支持という訳だ。理由は「改革の姿勢や手法がよい」(33%)、「これまでの知事よりもよい」(25%)が1位、2位。一方、「政策がよい」は6%止まり(朝日新聞2017年4月5日)。ということは、小池都政への支持は都政大改革への支持ではあっても、構造的な東京問題解決への政策転換を期待する東京大改革への支持ではなさそうだ。この辺りが、この先の都議選をみる1つのキィポイントになりそうである。
まだ選挙まで2ヶ月以上あるが、現段階で投票先を聞くと、自民31%、都民ファースト20%、共産7%、無所属7%、民進7%、公明4%、維新1%と並ぶ(4月初め。同上)。このまま推移すると、都議会127議席のうち、公明の23議席死守はそう崩れそうにないから、小池氏の率いる「都民ファーストの会」の当選者が40人を超えれば、小池氏のめざす都議会での支持勢力の過半数確保は可能なように見える。
しかし、政治は一寸先が闇。何かスキャンダル、不信を買う事実が浮上すると、情勢は一変する。高支持率ほど反動減が強く、崖から転落するように支持が不支持に変わるモノ。忘れもしない昨年の今頃、あの舛添都政は絶好調だった。それから2ヶ月後、法外な海外出張費、週末の別荘通い、政治資金の公私混同でマスコミの集中砲火を浴び、6月15日の都議会最終日に辞任した。このことを誰が予想しただろうか。
もちろん、いま小池都政にそうした死角は見えない。ただ、小池氏とて長く自民党にいた、大なり小なり自民党的体質が染みついた方だ。政治とカネの問題はないか、親族を含め身辺に政治家としてふさわしくない行為はないか、熱波のような小池劇場の影に埋もれた問題はないのかどうか。その辺、筆者はこれまでの都知事の例からクールに視ている。
都議選の話だが、他の地方議会と異なり、都議会の議員は平均年齢が若く、当選1~2回という新人議員が6割近くを占めるのが特徴だ。「通りやすく、落ちやすい」というのが都議選で、毎回何らかの風が吹き、その風に乗って当選する議員が多く、概ね三分の一が入れ代わる。結果、当選回数が少なく、ある意味、素人議員の集団に近い。その間隙をぬうように、ごく一部の多選議員がボス化し議会運営を差配する構造が生まれる。
小池氏がそれをブラックボックスとか、ドンとか表現したが、これは有権者1千万人の数と無党派層が過半数を占める中で生まれた都議会の構造的な宿命、問題とも言える。
表 都議選の軌跡
過去10回分を表にしたが、一覧して分かるように、都議選では自民党が多数を占めることが多い。過半数を取ることはないが、議席占有率が30~40%で第1党の座を確保するのがこれまで。一度だけ、2009年に民主が54議席(40.8%)で第1党になり、自民が戦後初めて38議席(25.9%)と惨敗したことがある。みな記憶に新しいと思うが、政権交代を合言葉とする民主党ブームが世を席捲し、国政でも初の政権交代が行われた時だ。
民主が第1党になった09年の都議選は、石原都政3期目で築地市場の移転、新銀行東京の存続、都立病院の統廃合、16年五輪招致の有無が争点だった。そして広く都市生活全体に関わる医療・福祉・教育など生活重視か、雇用・景気対策など経済重視かが問われた。当時の民主の売りは“コンクリートから人へ”であった。
結果は民主が大勝し、09年の都議選後は築地問題、新銀行問題など石原都政3期目の課題は民主ほか野党勢力に揺さぶられ、石原都政は大きな行き詰まりを見せることになる。
だがその4年後、13年7月の都議選で民主党は大敗(14)、自民は全員当選(59)と復調、公明も堅調(23)で自公与党勢力が多数を占めることになる。これがその後の石原、猪瀬、舛添、そして小池都政へとつながり、つい最近(12月)の自公分裂までの自公3分の2支配体制である。
この崩壊が始まったのが3月の都議会中からだ。表面上、現段階でみると、小池都知事を支持する会派が自民を上回る状況下で7月2日の都議選に向かう様相にある。
都議選は国政の先行指標ともいわれる。89年の社会党躍進のマドンナブーム、93年の日本新党ブーム、01年の小泉ブーム、05年の小泉郵政解散、自民大勝。09年夏の都議選から1ヵ月後の衆院選では民主党が過半数をえて政権交代するが、それも4年足らずで終焉。13年夏の都議選で自民大勝、国政でもその暮れの総選挙で自公が復調、昨年の参議院選も大勝し、1強多弱と言われる現在の体制になる。
7月2日の小池都政初の都議選。ここで自民に抗して小池氏の率いる都民ファーストの会が40議席以上を取れるか。一部の評論家、マスコミは過半数を超えるといった予想まであるが、1人区から8人区まである選挙区例からして、そんなに大勝するだろうか。都民ファーストの支持者は無党派層だから、仮に複数区で2人以上立てた場合、得票の候補者間調整はできない。共倒れもあるし、もし1人が知名度が高い場合その1人に票が集中し、他は落選する。93年の細川日本新党ブームのとき、都議会で20議席取ったのが新党の最高記録だ。その日本新党から国政選挙で初当選した小池氏が回りまわって都知事となり、こんど初の都議選で20議席どころか過半数をめざすという。本当にそうなるのか。なったら、都政はどう変わるのか。
ただ、過去のデータが示すように、ブームでの当選は、その4年後、殆どが再選できず消えてしまう消耗品議員が大量生産される傾向が強い。そこをよく診ておく必要がある。ブームに乗ってバブル議員を生むのも都民、それが消えてガッカリするのも都民である。大阪や名古屋の例はあるが、東京で都知事が政党を率い、あたかも議院内閣制であるが如く都議会を差配しないと「よい都政ができない」という、小池氏の主張を都民が受け入れるのかどうか。
知事と議員は別々に選出され執行機関と議決機関という異なる役割をえ、相互に抑制均衡を保ちながら民意を探り決定するという、2元代表制が消えてしまわないかどうか。
昨年8月末、豊洲への移転開業2ヶ月余と迫ったとき、小池氏は突然「築地市場の移転」を延期すると単独発表した。選挙中、市場近隣の支持者向けに「立ち止まって考える」と演説してはいたが、正式な公約集にもなく、市場関係者や都議会、都庁に何の相談もない単独飛行だ。当選後、自らが設定したこの豊洲問題という争点。築地移転後、その跡地を直ちに更地にし、そこに環状2号線というオリンピック道路を建設する、それも日程的にギリギリのところにきている中での延期宣言だった。その宣言後にテレビ報道が急増。地下に盛り土がない、地下水の汚染数値が高いなど、毎日TVのワイドショーのネタとなった。
五輪準備と市場経営者の両面の役割を持つ都知事だが、小池氏は五輪道路の建設より食の安全を優先した。以後、この問題は小池都政の改革のシンボルのようなった。
しかし、これがほんとうに改革のシンボルだろうか。「築地市場」(ツキジ)は東京都の施設だが、性格は貸し館業に近い。場所の設置、管理運営は都だが、それを利用しているのは民間業者だ。その貸し館業を営む都のトップが変わったから、突然、貸し館業を止めますと言ったようなもの。それでは官民の信頼も契約も成り立たなくなる。利用する民間業者に説明もないまま、またこれまで営々と築いてきた都議会の決定にも、何の説明もないままの強行突破である。世論の拍手の一方で、この種の都政運営は小池都政のアキレス腱になる可能性を秘める。
地下水の汚染問題があるとはいえ、1年先とも、2年先とも見通しを示さない豊洲市場の移転問題をどうするか。「いつ・どこで・誰が決めたか」、豊洲市場に盛り土を排して施設を建設した“犯人探し”に汲々とし、幹部職員18人(元職を含め)を懲戒処分したが、“なぜ、盛り土を排したか”(why)という、肝心の耐震性建築物の安全性なり設計変更の理由については未だ説明がない。もし、その時期起きたあの3.11東日本大震災で浦安、豊洲地区が広範囲に液状化した衝撃的事態を受けての設計変更だという明確な理由なら、都民、国民の誰もが納得するのではないのか。なぜ、そこを説明させないのか。
3月まで豊洲移転の是非を都議選の争点にしようと目論んでいた小池氏だが、それまで後押しをしていた世論の空気が4月に変わり始めた。世論調査で「豊洲移転をめざすべき」が55%と、「やめるべき」(29%)(4月5日朝日新聞)を大きく上回るなど潮目が変わると、突如、争点から外すと言い出した。小池寄りの都議会公明までが移転派に転じた。メディアファーストの一面だ。
筆者は当初から6000億円も投じて作り上げた、近代装備を具備したこの豊洲市場は、追加の汚染対策工事を速やかに施したうえで有効に使うべきだと述べてきた。
この種の大事業を政争の具、選挙に有利か不利かで判断してはならない。もう市場は完成している。行政には継続性もある。昨年秋以降、都知事が先頭に立って“豊洲はダメ、ダメ”と風評被害を全国に拡散した責任は重い。石原元知事の「不作為の行政責任」を訴訟してでも問うと指摘され、初めて事態の深刻さを悟った感じがする。もちろん、自ら示したロードマップを変更する様子もなく、今年中の移転になるのか来年なのか、150億円とも200億円とも消えていく「安心のコスト」を都民は払い続けされる様相にある。本当にこれは安心のコストなのか。“決められない知事”を選んだコストではないのか。争点となるのは、都知事の経営者としての資質ではないか。
アイディア競争はあってよい。筆者は、豊洲市場は「新築地市場」と名称を改め、現在の築地市場の生まれ変わりと世に明示すること。そして役人任せできた市場経営から民間企業を指名できる「指定管理者制度」に代え、大手の水産業者を市場長に選ぶなど、市場経営の民営化を図る。スピード感を持ってこの問題にケリをつけるべき時だと考える。築地跡地を売却し、大渋滞が予想される環状2号線の道路建設を大車輪で進めたらどうか。
これまで国民、都民の誰もが、そして政治も行政も「東京は豊かだ!」と確信し、膨大な人口と企業の集積するマンモス大東京のあり方に無関心だった。結果、内部構造に大きな変化が起きていることを見落としている。時代の変化でそこに大きなエアポケットが生まれているのである。「老いる東京」「劣化する東京」の問題がそれだ。
1300万人、国民の1割が暮らすこの大都市空間では、既に団塊世代のいっせい退職により大都市は郊外、周縁地域から限界集落化が始まっている。周縁自治体では市民税が激減し、さらに多くの空き家が発生し固定資産税も入らなくなりつつある。大都市は周縁市町村から崩壊の危機が始まっている。
あと20年もすると、東京は3人に1人が高齢者で占められる。現在、高齢者は1人暮らしが多く4割近くが借家住まい。この先、高齢者が急増すると、もし年金の給付水準が切り下げられたら、どうなるか。貯蓄の乏しい高齢者は家賃も払えず、街に溢れ出よう。いわゆる高齢者難民の大量発生だ。今でも東京は老人ホームなどが足りず待機老人が列をなしている。その数は40万人とも50万人とも言われるが、潜在的には100万人を超えよう。しかし今後も、新たな大量の高齢者難民を吸収できるだけの新規建設は望めない。あまりに地価が高く土地が少ない。
どうするか。待機児童問題と並ぶ、待ったなしの政策問題ではないか。中長期でみると、子供は減るから待機児童は減る可能性が高いが、高齢者の急増で待機老人問題はより深刻になる。これへの対応を誤ると「東京崩壊」すら、危惧される。人口絶対減少と高齢者の急増する社会に突入した東京、「老いる東京」の問題解決は待ったなしだ。
老いる東京問題。それは医療、福祉、介護、文化、教育、子育て支援などソフトな領域に止まらず、建設整備から50年以上経つ道路、橋、上下水、地下鉄、地下道、公共施設などハードな都市インフラの劣化領域まで、広範な領域に及ぶ。この問題に正面から立ち向かうのが都政の役割だ。127名の都議になる者はこれを語らずにはその資格はない。
これからの都政は①少子・高齢化の対策、②都市インフラの更新、③首都直下地震対策など防災力強化、④国際金融都市など対外競争力強化、そして⑤負の遺産とも思える都政刷新、スリム化、⑥3年後に迫った2020五輪の周到なる準備、に要約される。候補者はこの6つの論点に1つひとつ答えを持って選挙に臨む、それを見て都民は決めることだ。
大きい都政の流れは、経済重視か生活重視か、ハード政策重視かソフト政策重視かで政策の振り子が働いてきている。その歴史のうえに今の都政があることを認識すべきだ。
図 都政振り子の論理
現在の都政は、4期13年半続いた「石原都政」の残影を引きずったままだ。構造改革路線を鮮明にし、当時の小泉政権とタッグを組み、2人3脚で大都市の再生を掲げ、都心集中政策に切り替えた。大幅な規制緩和、環境アセスの簡略化など経済重視、ハード重視の政策を展開し、長らく凍結されていた外環道の工事再開、羽田空港の国際線拡張工事を行った。このまさに経済重視、ハード重視の都政に振り子が向いたまま、いま止まっている。その後の猪瀬、舛添都政はパッとせず、暫定政権のような都政が現在まで続いている。
小池都政はそこに終止符を打てるかどうか。都民ファーストという言葉を使う以上、生活者重視、ソフト重視の都政展開がイメージされる。図のような歴史の流れ、都政の課題からすると、小池都政がやるべき方向はハッキリしていると思われる。
空気のような「東京大改革」論、骨太の政策がないまま「東京大改革」という言葉のみが1人歩きし、中身が見えない。そこに中身を詰め込むような密度の濃い政策論争が展開できるかどうか。多くの候補者が立ち並ぶ都議選である。都議になることが目的では困る。都議になって何をやるか、小池支持か不支持か論争ではなく、「東京をどうするか」という中身の濃い政策論争を期待したい。
1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、法学博士(慶應義塾大学)。東京都庁企画審議室など16年を経て、89年聖学院大学教授、94年中央大学教授。2000年米カリフォルニア大学(UCLA)客員研究員、2001年から中央大学大学院経済学研究科教授・経済学部教授。専門は行政学、地方自治論。慶應義塾大学、明治大学、日本大学など講師、第31次地方制度調査会委員。現在、日本学術会議会員(政治学)、大阪市・府特別顧問(大阪副首都構想)兼任。
この3月に『老いる東京』(角川新書)を発刊。ほか『東京の大問題』(マイナビ新書、16年12月)、『地方議員の逆襲』(講談社新書)、『人口減少時代の地方創生論』(PHP)、『新たな「日本のかたち」』(角川SSC新書)、『都知事―権力と都政』(中公新書)など多数。NHK地域放送文化賞、日本都市学会賞受賞。NHKTV視点論点、TBS、テレビ朝日、フジテレビ、日本テレビ、BS各テレビ番組に出演、新聞紙上でのコメントなど。地方講演なども多い。