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安藤 浩一

安藤 浩一 【略歴

安全資産による運用は安全か?

安藤 浩一/中央大学法学部教授
専門分野 経済学・財務論

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 手持ちの保有資産を手堅く増やして、安心できる未来を描きたい。高齢化が進むにつれて、このような想いを切実に抱く人が増えているように思う。ところが安全資産で手堅く確実に、ということは意外に易しくない。これは、強力な金融政策の推進や成長力の低下を反映した投資環境の変化もあるが、そもそも安全や確実をどう考えるべきかということが実はやや難しく、よく考えておかないと足下をすくわれるからである。そこで本稿では、安全資産(特に債券)による運用とはどういうことなのか、その意味を再確認しておこう。

安全資産の重視傾向

 一般に普及した金融知識としては、金融資産にも安全資産と危険資産とがあり、両者を組み合わせることでリスクとリターンの組合せを選べる、リターンを上げるにはリスクを覚悟する必要がある、というものがある。そして、危険資産も分散投資をして、同じリターンを狙うにしてもリスクは極力下げる、というのがこれに加わる。安全資産の典型は債券であり、危険資産の典型は株式であるとされる。

 ところが、生活資金である個人年金・企業年金の運用などは、一定の生活に必要な資金を確保するのが目的なので、ある程度リターンは欲しいものの、さほどリスクを取る訳にはいかない。受け取るタイミングで大きく価値が下がっていたりした日には、おちおち長生きも出来ないし病気にもなれないわけで、安心して暮らせないのだから、今は大変でもそれなりに貯蓄の原資を確保して、安全資産を中心に堅実な資産運用を行おう。こう考える人は少なからずいる訳である。

 年金に限らず、いわゆる余裕資金についても、堅実な運用を是として、リスクを取るのを極力避け、従っていわゆる安全資産に資金を置いておこうという人が少なくないのが、日本の資産運用の特徴の一つとされる。いわゆる機関投資家の運用を見ても、金融資産では国債などの債券での保有が多く、株式その他の保有比率は大きくない。

安全で確実な運用?

 ところがこの、安全資産による堅実な運用というのが、実は易しくない。安全資産とは、元本が保証された、確定利息付きの資産であると考えられていることが多いように思われる。現金ではいけないが、例えば国債ならば流通量も多く売買しやすく、信用力も高いので適当、という訳である。

 これであれば、会計の帳簿上の数字では、資産の元本は不変のまま、利息の分が増えるだけである。ところが、経済学の教えるところでは、これはあくまで名目的な金額上の話であって、各種の消費に基づく人間の満足や幸福(専門用語で効用と呼ばれるもの)は金額に基づく訳ではないし、価値額は帳簿上の名目金額とは一般に異なるから、これでは実質的には、安全で確実な運用が出来ているとは言えない。以下では、これら二つの論点を少し丁寧に説明してみよう。

インフレ・デフレの影響

 一つは、単純な話ではあるが、貨幣価値の問題である。将来、消費にお金を使う際に目指しているのは、ある一定の金額(名目金額とも言われる)では無い。安全で確実であって欲しいのは、その支出によって実現される、経済的・物理的な効果である。一日に米は何g食べたい、この位の部屋に住みたい、等々。これは、お金を使う時点での物価がどの程度であるかによって、実現出来るかどうかが異なってくる。

 長い目で見れば、物量的な成長率を反映した実質的な増加(実質利子率)に、貨幣増加率がそれなりに影響するインフレ率(物価上昇率)が乗っかる形で、名目金利(名目利子率)が決まるという、新古典派の理論はある(比較的スタンダードな理論ではある)。これは実際上どこまで正しいのか、厳密なことで言えばやや怪しいのだが、少なくとも中長期的には、インフレ率が変化すれば、各年の金利(名目金利の方)にその分が反映されていくという可能性があるとは言われている。

 これによれば、先々まで運用利率が固定利息で決められていると、この効果の享受が出来ない(経済状況に応じて変化する金利との比較で言えば、損得の両方が生じ得て、不安定である)。その意味で、この点についてはいわゆる安全資産にも不都合があることになる。

資産の価値額の把握

 もう一つはやや込み入った話になるが、運用資産の価値額、今すぐ換金しようと思ったら幾らになるのかという、市場価値ないしは潜在的な売却価値ということに関係がある。名目額では無く、実質的・経済的な価値額と言っても良い(言わば帳簿上と実際上の違いであり、インフレ・デフレの話とはまた別である)。これを計算する方法は、単純な計算であるが、今後その資産が生み出すであろうお金の額(専門用語ではキャッシュフローと呼ばれる)を、一定の割引率で割り引いて、現在の価値に直すことが正しいとされる。何年も先であれば、何度も割り引くことになる。

 例えば年5%での貸し借りが自由に無制限に出来る(完全によく機能する金融市場の存在)という一応の想定の中で、来年に105万円入って来て使えることは、今年100万円使えるのと同じである(今借りて使い、後で利息を付けて返せば良いから)、という論法である。105万円÷(1+0.05)=100万円、と現在の価値額が計算出来る。これは割引現在価値と呼ばれ、経済的な価値のスタンダードな把握方法である。これにより、資産を評価するタイミングで消費に使えるお金の分量が、きちんと把握出来る。(なお、資産の売却・換金によりこれを実現させるかどうかは二の次の話で、まさにその判断に必要な情報が得られるとも言えるのである。)

換金・消費タイミングの問題

 さて、上記の知識を踏まえて、頭の体操を兼ね、100万円の2期間の運用について、短期債(変動利息)を買う場合と長期債(固定利息)を買う場合の、二つの運用法の比較をしてみよう。ただし、資産を換金して消費に支出するタイミングは第1期末か第2期末かは決まっていないとする。(インフレやデフレはないものとして、別の論点に関心を集中することにする。)二つの運用方法は、以下のようなものである。

  • 運用法1・・・長期債を買い、原則としては満期まで保有して、各期末に利息を得る。
  • 運用法2・・・短期債を買い、1期間後にも短期債を買う。各期末に利息を得る。

 第1期の金利(利子率、資本コスト、割引率とも呼ばれうる)は当初から確定しているが、第2期の金利(短期債の利率と同じ)は、第2期の開始時までは不確定であるとする。現在が第1期なら、将来である第2期のことはまだわからないという自然な状況設定である。第1期の金利は3%であり、第2期の金利は2%または4%とする。長期債の利率である表面利率(クーポンレート、元本に対する支払利息(利札)の金額の割合)は3%であるとする。(発行時には額面金額で落札された、つまり額面どおりの金額の100万円で売れたとしよう。)

運用法1 ・・・ 長期債で固定する → 2期末が確実
<帳簿上の数字> 当  初 1期(末) 2期(末)
元本 100 100 100
利息(長期固定)
<経済的な価値> 当  初 1期(末) 2期(末)
所得額[確実]
資産価値[不確実] 100 101 または 99
[不確実]
100
[確実]
運用法2 ・・・ 短期債で転がす → 1期末が確実
<帳簿上の数字> 当  初 1期(末) 2期(末)
元本 100 100 100
利息(短期変動) 2 または 4
<経済的な価値> 当  初 1期(末) 2期(末)
所得額 [不確実] [確実]
[不確実]
2 または 4
資産価値[確実] 100 100 100
注1.割引現在価値では、小数点以下を四捨五入。
注2.説明を単純化するため、利息の利息は考慮しない。

 伝統的に安全資産と言われてきた運用法1では、確かに第2期末には元本の100万円が返還され、第1期末と第2期末には3万円の固定利息が支払われるが、もし第1期末に消費したいとなった場合には、その時に利用できる金額は、102万円か104万円で不確実である。これは、第2期に金利がどういう水準になるかの影響を受ける為である。第2期の短期債の運用利率が2%の時には103万円÷1.02=約101万円、4%の時には103万円÷1.04=約99万円が割引現在価値となる。

 これに対し運用法2では、第2期末の利息が不確実であるので、第2期末に消費したい場合には利用できる金額は不確実であるが、第1期末に消費したいとなった場合には、その時に利用できる金額は103万円で確定している。現在価値という意味では、短期債の運用利率が2%の時に102万円、運用利率が4%の時に104万円が第2期末に支払われるので、当初も第1期末も、資産自体の価値は100万円で安定しているからである。例えば不測の事態に備えて、常に一定額を持っておきたいなら、一つの方法になる。

 運用法のどちらが安全で確実と言えるのかは、結局のところ、お金を消費に使いたいタイミングとの関係になる。第1期末に使うなら運用法2が確実で、第2期末に使うなら運用法1が確実であるから、どの時点で使うか決めてないなら、完全に確実にすることは出来ない。なお、同じ調子でより長い期間で考えると、資産価値を安定させる上では、運用法2が大いに優れていることがわかる。

資金を実物的な事業に投じるという、一つの解決法

 二つの論点について、単純に実際上の安全資産なるものを確保することが、簡単では無いということが理解して頂けたと思う。もう一つ、特に強調したいのは、個人にしろ企業にしろ、金融資産の中だけで工夫するのでは限界があるということである。

 ここまでに説明した運用上の困難を解決する方法の一つとしては、毎期比較的安定した経済価値を産み出す実物資産を確保することが考えられる。これは、実は手近なものとしては、個人であれば人的資産とも言われる労働の対価、企業であれば土地や建物・設備を活用した実業の対価を重視することが、その例である。前者はやや肩すかしのようであるが、具体的には教育や訓練であるし(自分自身への投資!)、後者は技術開発や設備投資への資金投入になる。うまく活用出来ない資金は金融資産に投入するにしても、自分や自社に投入すればよりよい結果を出せると分かっているなら、そしてそれは誰よりも自らがよく判断出来ることであろうから、その方がよいのである。

 このように考えると、実業への融資を柱とした銀行事業や、事業に直結している株式投資に関わる投資事業も、安全でないとばかりも言えない。安全な運用資産という言葉の意味は、少し考え直してみるべきなのである。むしろ経済上の真の安全を追求したいなら、国債などの金融資産ばかりに偏ることは、見かけとは異なり、それなりのリスクがあるのだということを知っておくべきだろう。

安藤 浩一(あんどう・こういち)/中央大学法学部教授
専門分野 経済学・財務論
愛媛県出身。1968年生まれ。
1987年3月 愛光高等学校卒業。
1991年3月 東京大学経済学部卒業。
1992年4月 日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)入行。
        営業部・支店、経済企画庁出向、調査部等を経て、設備投資研究所。
2005年3月 一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)修了、金融戦略MBA(専門職)。
2009年3月 東京大学大学院経済学研究科金融システム専攻博士課程修了、博士(経済学)。
2013年4月より現職。