トップ>オピニオン>法務省における法整備支援の今-各国で活躍する熱き法律家
阪井 光平 【略歴】
阪井 光平/中央大学法科大学院フェロー(法務省法務総合研究所国際協力部長)
専門分野 刑事法実務、法整備支援実務
今やG7の一角を占め、世界に名だたる先進国に数えられるに至った日本にとって、発展途上国に対する支援は、重大な責務であり、明治以後、日本をここまで育て上げてくれた国際社会に対する恩返しであるともいえます。
欧州からその設備・技術を導入した鉄道は、今や私たちの日常生活に必要不可欠なものとなり、明治以来、先人が血のにじむ努力で育んだ日本の鉄道技術は、発展途上国の垂涎の的になっており、鉄道に関する支援は各国で行われています。
「鉄道に関する支援」といっても様々な局面があり、鉄道のないところに列車を走らせるためには、まずは路盤を整備してレールを敷くことから始めなければなりません。そして、レールの上を走る車両を作るのですが、車両を動かし、路盤を維持・管理する技術を持った人が必要なのも当然です。これで一応レールの上に列車を走らせることはできます。しかし、単線・非電化の路線であれば、輸送能力も不十分であり、大量かつ効果的に人や物を輸送するとなると、車両を最新鋭のものにし、電化した上で路盤や架線も最新鋭の車両に対応するものとせねばならず、さらには、路線を拡張し、そこに縦横無尽に列車を走らせる運行システムを確立することが求められます。
欧米から導入したものを発展させて、日本が精緻な体系を作り上げたものとして、鉄道と並ぶものが法律です。日本は、この分野でも各国から支援を求められるようになっています。
1991年に、ドイモイ政策を実施し、市場経済の促進を志向したベトナムは、我が国に対して法律の整備の支援を要請し、それに応える形で我が国の法整備支援が始まりました。民法などの基本法の起草から支援が始まったのですが、取引や親族関係に関する法律はもちろん存在したものの、実質的には新たなレールを敷いて車両を新造したようなものだったといえましょう。
1970年代のポル・ポト政権時代に、多くの既存の法律が廃止され、法律家を含む多くの知識人が虐殺されたカンボジアでもベトナムに続いて法律面における支援が始まりました。ここは、民法・民事訴訟法の起草と共に、鉄道の運転手・技術者に当たる法律を運用する人々の育成にも焦点が当てられました。
自国の法律をパッケージとして相手国に押しつけるのではなく、法曹有資格者が現地に長期滞在し、相手国の伝統・慣習そして国情を踏まえた上で、あたかも鉄道の技術者を現地で育てるかのようにして行う日本の法整備支援の手法は、様々な国から高い評価を受けるようになり、対象国は、ラオス、ウズベキスタン、モンゴル、ネパールなどに広がってゆきました。
法整備支援の対象となる法令は、従来の基本法から、不動産登記法、知的財産法、倒産法などへと広がり、近時は、法曹教育や大学における法学教育という人材育成に対する支援が強く求められるようになっています。ここでも、いわゆる法曹三者を一括選抜・一括養成する日本の制度は高い評価を受け、かつての宗主国フランスの影響が強いラオスでは、日本の制度に触発され、日本に近い司法試験と司法修習の制度が導入されました。
また、法律の起草・運用にとどまらず、法令の横と縦の整合性、法律と地方の条例との整合性の強化についての支援が求められるようになり、近時この分野での支援が始まったミャンマーやインドネシアでは、従来とは異なった支援の様相が呈されており、現地で活動する日本企業の投資環境の整備という観点が重視されるようになってきています。法整備支援も「法律家による奉仕活動」から「国策としてのソフトインフラの輸出」という面が強くなってきているのです。鉄道の支援にたとえると、線路の敷設・車両の導入から、効果的な鉄道システムの構築に重点が移ってきたともいえます。
対象国内では、支援に入っている、そして入ろうとする国や国際機関同士の競争が生じており、ここでも、鉄道システムの輸出・受注競争に近い状況が現出されているのであり、日本も従来の実績と先方からの信頼にあぐらをかいておられなくなっています。
法整備支援は、いまやかなりトレンディーな領域であり、若手法曹や法科大学院生・学部学生にも自分がその担い手になりたいという人は多くなっています。
政府開発援助(ODA)を使った国策として積極的に実施されるに至った法整備支援ですが、独立行政法人国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクトとして遂行されるのが最もメジャーな形です。
対象法令は、広がりを見せているとしてもやはり法務省が所管する基本法が中心であり、法務省が強いイニシアティブを取らなければ日本の法整備支援は進まないといって決して過言ではありません。
法務省で法整備支援を担当しているのが法務総合研究所国際協力部であり、検事と民事局の総合職の職員が教官として国内外の関係者と交渉し、法務省各局・検察庁出身の事務官が専門官として教官の活動を支えています。
検事には、裁判官から転官中の者もおり、「政府の法律家」に当たる者が、国際協力部に結集してJICAのプロジェクトに強く関わりながら法整備支援活動を行っています。国際協力部は、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、インドネシアにJICAの長期専門家として検事を派遣しているのですが、皆国際協力部で教官を務めた後に、現地に赴いています。支援対象国の司法・法務関係者との日々の交渉は一筋縄でいかないことが多いのですが、法務省、検察庁という組織の中で、人間力を鍛え上げた検事は、それぞれの国で、やはりJICAの長期専門家として派遣されている弁護士や現地スタッフなどと協働して、新たなフェーズに突入した法整備支援の現場で汗を流しています。
国際協力部の活動状況は、年4回刊行している部報「ICD NEWS」に記されています。
ウェブでも読むことができますので、アクセスの上、法整備支援の最前線を体感してください。国際協力部のサイトから、ICD NEWSのコーナーに入ることができます。
有体物である鉄道と異なり、法律は目に見えません。しかし、その国の繁栄と人々の幸せな生活の基盤は、法の支配と司法に対する信頼にあるのであり、その実現のために奮闘する国際協力部の面々の仕事ぶりは、まさに意気軒昂たるものがあります。