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平野 廣和【略歴】
-巨大地震に備えての貯水槽用浮体式波動抑制装置『タンクセイバー・波平さん』®の開発-
平野 廣和/中央大学総合政策学部教授
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東日本大震災の記憶も鮮明に残る中、2016年4月14日~16日に熊本県を中心として震度7の地震が2回、震度6強が2回発生し、余震は3週間余りで1,200回を超えている。この地震は、活断層による直下型の地震であり、震源が浅いことから地表面に大きな揺れを生じさせて甚大な被害を発生した。さらに、複数の活断層が同時に動いた可能性があり、前震・本震・余震の区別が難しい『日本の近代観測史上、聞いたことがない』と言われている。
一方、貯水槽の耐震問題に関しては、東日本大震災の被害調査で最新の基準で設計・製作されていた貯水槽が、スロッシング現象[1]やバルジング現象[2]等で壊れていることが判明している。
さらに熊本地震では、多くの上水道用の貯水槽が被害を受け、熊本市内では災害拠点病院等で水を蓄えておく貯水槽が使用不能となり、大量に水を使い生命に直結する人工透析を行っている患者を受け入れられなくなる等の『命の水』が危機となる事例が発生した。
そこで、まず熊本地震での貯水槽の被害の極一部を紹介する。次に地震災害発生時の『命の水』を守るために、既存の貯水槽の耐震性能の向上を目指し、施工性の容易さ、経済性、衛生面を追求して開発した、浮体式波動抑制装置(『タンクセイバー・波平さん』®)に関しての紹介を行う。
写真-1 熊本市南区A病院(FRP製貯水槽 4/18撮影)
写真-2 熊本市南区B病院 ○が縦方向に割れている所 (ステンレスパネル製 4/18撮影)
研究グループでは、発災直後の4月17日から熊本市を中心として現地調査を実施した。発災直後と言うことで救助活動の妨げにならないことを第一と考えたことから、十分な調査ではないが、熊本市内の災害拠点病院で貯水槽の被害を確認することができた。写真-1は、熊本市南区のA病院である。FRP製の貯水槽の上部の側壁ならびに天井部(天井から光が漏れている)が損傷している。これは、貯水槽上部の破損であり、スロッシング現象が起因したものである。写真-2は、熊本市南区のB病院である。ステンレスパネル製の貯水槽の側壁隅角部下側壁のパネル接合部が縦方向に割れている。この被害は、バルジング現象が起因しているものである。
その他、熊本市中央区のC医療センターではFRP製貯水槽が、合志市のD病院ではステンレスパネル製貯水槽が被害を受けている。なお、この調査結果は限られた調査であるので、この他多くの被害が発生していることは間違いないと思われる。
ところで2013年から長周期地震動階級が新たに気象庁から試験的に発表されているが、14日の地震で階級3、15日(00時03分)の地震で階級4、16日の地震で階級4を示している。これは、長周期地震動の観測が試行されて以来、国内初である。このように熊本地震が長周期地震動の揺れをそれも3回余りの地震で持っていたことから、スロッシング現象等を原因とする貯水槽の被害を発生させたと思われる。
写真-3 浮体式波動抑制装置(『タンクセイバー・波平さん』®)
(制振装置全体と貯水槽への設置中と設置後)
東日本大震災の調査で最新の基準で設計・製作されていた貯水槽がスロッシング現象やバルジング現象等で壊れていることに鑑み、既存の貯水槽の耐震性能の向上を目指し、施工性の容易さ、経済性、衛生面を追求しての制振装置の開発を行ってきた。この研究は、中央大学を中核として素材メーカの(株)十川ゴム、タンク製造メーカの(株)エヌ・ワイ・ケイの異業種が産学連携研究で行ってきた研究成果である。
既存の貯水槽の耐震性能の向上に従来から行われているのは、外壁パネルの補強が主であり、大がかりな構造となることが多い。これに対して本研究は、貯水槽内部に写真-3に示す8の字形パネルを浮かせるだけの簡単なものである。各種の振動実験と数値流体解析による検討で、この組み立方式の貯水槽用浮体式波動抑制装置(『タンクセイバー・波平さん』®)を設置することで、耐震性の向上を図ることができる事を明らかにした。この制振メカニズムは、液体が制振装置のスリットを通過するときに抵抗力が生じ、水の粘性が見掛け上大きくなることを利用したものである。これにより減衰が付加され、流速を抑えて波高を低減することができるものである。本制振装置の最新の研究成果より、最大波高を1/3程度まで抑え、かつ地震によるタンクへの負荷を半減することを可能とした。さらに矩形のみならず円筒形や大型配水池へも適用可能である。また、本制振装置は、現状の貯水槽設計基準で考慮されていないバルジング現象にも効果があることが判っている。
なお、本制振装置は、2014年8月に横須賀市民病院に初施工以来、病院、老人ホーム、大型マンション等全国で50機以上の施工実績を既に有している。
熊本地震においても貯水槽に被害が出たことに鑑み、毎回大きな地震が起きる毎に貯水槽の被害が生じている。そのために貯水槽の耐震性向上は、南海トラフで発生する巨大地震に備えるために必須の項目である。貯水槽にスロッシング現象やバルジング現象が発生しないような制振対策を施すことが、『命の水』を守るための「減災」に繋がることになる。
最後に、本研究は(独)日本学術振興会科学研究費・基盤研究(B)(研究代表者:平野廣和)及び(独)科学技術振興機構研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の給付を受けている。また、研究成果は本学所有の特許として産学協同で特許申請中であり、「タンクセイバー・波平さん」は商標登録済みである。