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竹内 健

竹内 健【略歴

エンジニアも経営に無関心ではいられない

竹内 健/中央大学理工学部教授
専門分野 ICTのデザイン

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 かつては世界市場を席巻した日本の電機メーカーですが、経営危機のニュースが相次いでいます。その中でも心配なのは東芝です。私は1997年に大学に移るまでは、東芝でフラッシュメモリの研究開発を行っていました。

 現在取り沙汰されている不適切会計は私が東芝の退職した後の出来事ですので、私も新聞などで報道されている範囲しか事情はわかりません。ただ、私が在籍した8年半前でも、なぜこの不採算事業が存続できるのだろうか?と感じていた事業がやはり不適切会計の舞台になりました。

 パソコン、テレビ、システムLSI・・・日本の電機メーカーであればどこも苦しんだ事業を会計をごまかしながら続けてきたのでしょう。東芝は今年度は5500億円もの赤字を出し、一万人もの方をリストラせざるを得ない状況に追い込まれました。

 社員の4人に1人が辞めざるを得ないわけで、私の知り合いもおそらくリストラの対象になるのでしょう。暗澹たる気持ちになります。他の電機メーカーであれば既に終わらせている不採算事業の整理を、遅ればせながら今やらざるを得ないのは、経営という観点からは仕方のないことなのかもしれません。

 東芝は不採算事業を一掃し、立ち直って欲しい・・・と思っていましたが、東芝メディカルの売却、フラッシュメモリ事業の分社化検討という報道を聞くにつれ、
「ちょっとおかしいぞ」
と思うようになりました。

 日経デジタルヘルスの記事 「幻に終わった、東芝「第3の柱」 “優等生”の東芝メディカルを売却へnew window」に詳しく書かれていますが、医療機器は東芝が次の成長事業として期待していた事業です。今年度の業績予想(→東芝公式ページ)new windowを見ても、ヘルスケア事業は黒字です。

 また、フラッシュメモリ事業は東芝の稼ぎ頭。「一本足打法」とも言われる最重要事業です。フラッシュメモリ事業は東芝の中にいるよりは、別会社になった方が良いとかねてから私も思っていましたが、それにしても、本当に別会社化を検討しているとは思いませんでした。

 フラッシュメモリが外に出てしまったら、東芝本体は何で稼ぐのか。別会社にしても連結決算だからいいじゃないか、という考えなのでしょうか。このように、現在の主力事業、将来性のある事業を社外に出すというのは、不採算事業のリストラとは別次元の話です。

 それだけ東芝は追い込まれているのか・・・ストレートに言うと、債務超過、つまり会社が潰れることも現実的な問題になっているのではないか。毎日新聞の記事 「投機対象に格下げされた名門東芝「債務超過の恐怖」new window」にも書かれているように、東芝の自己資本は2015年度末には、4300億円まで低下すると発表されています。

 2015年度末での総資本は発表されてないので不明ですが、仮に昨年度と同じとすると6兆3347億円。そうすると、自己資本比率はたったの7%。実際はリストラで総資本が昨年度よりも減るでしょうから、自己資本比率はもう少し上がるのでしょうが、それでも10%を切る危険領域ではないでしょうか。

 巷で言われているように、もしウエスチングハウスやランディス・ギアなど、電力関連事業の減損処理をしたら、本当に会社が潰れてしまいかねない、という状況なのかもしれません。そのような状況であれば、虎の子のフラッシュメモリ事業や医療機器事業を外に出して、資金を稼ぐというのも納得できます。

 さて、こうした状況ですが、学会などでお会いする東芝のエンジニアの方はそこまでの切迫感があるようには感じません。自分もそうでしたが、大企業ではエンジニアは良くも悪くも技術をやっていれば良い、となりがちです。エンジニアが会社の危機を知るのは最後の時、新聞報道などで知るというケースが多いのではないでしょうか。

 先日、メディアの方から、「不適切会計をきっかけに東芝を辞めたエンジニアの取材をしたい」という依頼を受けました。「知り合いの多くは主力のフラッシュメモリ事業に居るせいか、まだ誰も辞めていませんよ」と答えたところ、記者さんから、「えっ、なぜですか、こんなにヤバイのに」という返答。私の方こそ逆に記者さんから東芝の状況について教えてもらうことになりました。

 私も他人のことを言えた分際ではないのですが、エンジニアは良くも悪くも経営などの「世事」に疎いものではないでしょうか。この10年来、電機メーカーの危機が続いていますが、いわゆる文系のスタッフ部門の方は経営に近い立場にも居ますし、危機を早期に察知して転身することができるのに対し、エンジニアは逃げ遅れる人も多い気もします。電機メーカーだけでなく、終身雇用が事実上終わった現在、生き残るためにはエンジニアも経営などに無関心ではいられません。

 このように危機的な状況ですので、東芝が立ち直るためには私も協力を惜しみません。大学教員などやれることは限られていますが、資金集めや技術開発など、外からでも応援できることは何でもやらせて頂こうと思っています。色々言われていますが、大学院を卒業後、最初に東芝で働き、仕事の仕方から留学まで、育てて頂いたという感謝の気持ちは変わりません。

 まさかこんな事になるとは思ってもみませんでしたが、1/20に朝日新聞出版から「10年後、生き残る理系の条件new window」という本を出版しました。本の出版と古巣の東芝危機というのが同じタイミングになったのは、偶然とはいえ本当に皮肉なことです。

 今までは大企業は永遠に続くもの、エンジニアは技術に集中していれば良い、という風潮があったかもしれませんが、これからはそうも言っていられません。また、現在好調な産業でも、10年後、20年後にどのようになっているかわかりません。

 苦境に陥る電機メーカーを見て「自分達は大丈夫」と思っている他の業界の人も多いでしょうが、安心するのは危険です。20年前、経済バブル崩壊で苦しむ金融業界を見て、「電機は世界トップの競争力だから大丈夫」と思っていた電機関係者は多いのですから。当時グーグルは無かったですし、「アップルを買ってやるか」などと言っていたものです。

 これからの時代を生き抜くには、エンジニアといえども経営感覚を身につけ、会社が危うくなったら自力で生き残るような逞しさが必要になってきた。学生の時「抜き打ちテスト」というものがありました。キャリアも似ていて、いつ会社が潰れてもおかしくない、と備えている人が生き残る。変化できる者が生き残ると言われますが、変化に日々備えている者が生き残るのでしょう。

竹内 健(たけうち・けん)/中央大学理工学部教授
専門分野 ICTのデザイン
東京都出身。1967年生まれ。1991年東京大学工学部物理工学科卒業。
1993年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。
2003年スタンフォード大学経営大学院修士課程修了(MBA)
2006年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士取得。
工学博士(東京大学)
東芝、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻准教授を経て2012年より現職、現在の研究は超消費電力かつ大容量なメモリやコンピュータシステム。Tの字のように視野が広く、特定分野について奥行きの深い「T字型人間」の育成を目指してMOT(技術経営)教育を実践中。東芝にてフラッシュメモリの実用化に成功し、世界最大容量の製品を6度にわたり商品化。世界で228件の特許を取得。近著は「10年後、生き残る理系の条件」(朝日新聞出版)