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森 正明【略歴】
森 正明/中央大学文学部教授
専門分野 体育学、スポーツ社会学
2014年6月に日本の550以上の大学が2020東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会(以下、2020オリパラ)と連携協定を締結しました(現在、770校を超えた)。
オリンピック・パラリンピック(以下、オリパラ)は、単なるスポーツの世界大会ではありません。世界の都市を4年に一度まわりながら、オリパラムーブメントといわれるオリパラ教育を展開していくことも重要な役割です。
51年前に開催された第18回東京オリンピックに向けて展開されたムーブメントは、当時小学生であった筆者の世代に対して「クーベルタン男爵(近代オリンピックの創始者)」のことを国語の伝記として学び、参加国の国旗や首都については社会科で学びました。
筆者もすっかりオリンピックのとりこになり、5年生以後は夏休みの宿題のテーマをオリンピックにきりかえ、図書館に通いました。第一回アテネ大会から18回東京大会までの様々なエピソードに詳しくなりましたので、自称「オリンピック博士」として得意になって周りの人にお話をしてきました。
中央大学のオリンピアン・パラリンピアンについては、学員会(卒業生の組織)の支部でもある「学員体育会」の機関誌『中大スポーツ』に毎年掲載されています。
第8回パリ大会(1924)で田代菊之助が陸上に参加。ここから中大とオリンピックの関わりが始まり、第11回ベルリン大会では現在でも名勝負と語り継がれている5000mと10000mの村社講平のレースが記録映画「民族の祭典」でもとりあげられていて、記録映画をとおしてその雄姿を見ることができます。
1952年のヘルシンキ大会で、5000m、10000m、マラソンの三冠を獲得したザトペック(当時、チェコスロバキア、別名人間機関車といわれ人類史上三冠は彼だけ)は、村社が憧れのランナーであったこともあり1981年4月「多摩ロードレース」に招待された時、「村社と走りたい」と熱望し5kmを一緒に走ったというエピソードがあります。
パラリンピアンでは、長野大会(1998)チェアスキーの金メダリスト大日方邦子(当時、NHK職員)が大活躍しました。またこの大会では、都内の7大学の応援団の学生たちが協力して、志賀高原で元気に日本独特の応援を披露するボランティア活動を行い、外国からの応援の人たちの拍手喝采をあびました(当時の本学団長伊藤も参加)。
2000年(シドニー)では、水泳部の現役学生6名も参加し中村真衣が女子200m背泳ぎで銀メダル。中村、田中雅美、源純夏が出場した女子400mメドレーリレーで銅メダル。谷口晋矢も男子400m個人メドレーで8位。その他、磯田順子が女子平泳ぎでウ・チョル(韓国代表)は男子自由形で活躍しました。(敬称略)
1月18日(月)シンポジウムが開催されました。講師の和田浩一先生、舛本直文先生、師岡文男先生の3人は、2015年から始まった「大学巡回フォーラム」でも講師を務められた経験やJOA(日本オリンピックアカデミー)でも活躍されている方々です。
「クーベルタンが目指したオリンピックの精神(スポーツや芸術を含む文化的な価値を継承する機会)は、現在も継承されているのか」「国際連合と協力している平和運動の成果はあがっているのか」「1964東京オリンピックとの関わりが上智大学に与えたその後の事例や教職協働としての2019,2020に向けた取り組み事例」など興味深い事例の紹介もありました。
本学では、今回が初の2020オリパラ関連のシンポジウムですので、多様な角度からオリパラを考える機会となることを目指して企画しました。[1]
上記の提言を受けフロアーからもこれから本学関係者(学生、教職員、卒業生)及び地域の方々が、それぞれの立場でどのようなことに関わっていけば良いかという積極的な意見や質問が出されました。
本シンポジウムは、これからの2020オリパラ企画につながる役割を果たせたと考えています。