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トップ>オピニオン>品質マネジメントシステム規格2015年改正の目指すもの

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中條 武志

中條 武志 【略歴

品質マネジメントシステム規格2015年改正の目指すもの

中條 武志/中央大学理工学部教授
専門分野 品質管理、信頼性・安全性工学

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1.はじめに

 近年、「顧客ニーズ」、「PDCAサイクル」、「マネジメントシステム」などの用語が、製造業に限らず、レストランやホテルなどのサービス業、スーパーやコンビニなどの小売業、さらにはエネルギー、通信、運輸、医療、福祉、教育、金融などのあらゆる分野で聞かれるようなった。その起因の一つとなったのが、品質マネジメントに関する国際規格ISO 9001 [1]とこれに基づくQMS(Quality Management System)認証制度である。認証された組織の数は既に全世界で100万組織を超え、その考え方・方法は環境マネジメント、情報セキュリティ、食品安全、エネルギーマネジメント、道路交通安全、労働衛生、医療安全、教育の質の保証などに応用されている。そのモンスター規格が今年改正される。

2.QMS認証の目的と課題

 QMS認証の目的は、外から見ただけでは製品・サービスの良し悪しを判断できない場合に、製品・サービスを提供している組織のQMS(仕事の進め方)が要求事項を合っているかどうかを評価し、合っている場合にはそのことを示す証明書を与えることで顧客が安心して購入・利用できるようにすることである。製品・サービスの取引が世界中に広がるにつれて、取引ごとに相手を評価していたのでは煩雑となる。統一的に定められた要求事項に合っているかどうかを中立の第三者が評価し、個々の取引ではその結果を信用するようにすれば、大幅な効率アップとなる。また、証明書が優秀な組織であることの証として社会に認められるようになれば、組織が仕事の進め方の改善に取り組む強い動機付けともなる。

 しかし、このようなねらいをもって運営されているにもかかわらず、認証された組織が事故・トラブルを起こし、証明書に対する信頼感を損なう事例が起こっている[2]。これらの事故・トラブルの原因を調べてみると、大きく4つに大別できる。

  • (1) 技術の不足:顧客のニーズを満たす製品・サービスを経済的に提供するには、そのためのプロセスを確立する必要がある。組織は、従来の経験を通じて技術を蓄積し、これをもとにプロセスを計画・運営する。この時、本来は、製品・サービスに必要な技術と自分の持っている技術を比較し、ギャップが大きい場合にはその製品・サービスを扱わない判断をしたり、不足している技術を外部から獲得する努力をしたりする必要があるが、このような判断・努力を十分行っていない場合がある。
  • (2) ルールからの逸脱:いくら技術を持っていても、それを適切に活用できなければ事故・トラブルが発生する。このため、組織は、既知の技術に基づいて守るべきルールを定め、必要な教育・訓練を行う。しかし、新人や応援者が必要な知識・技能を持っていない、ベテランがまあ大丈夫だろうと意図的に守らない、うっかり忘れたり間違えたりする等により、ルールからの逸脱が散発的に起こる。
  • (3) 不十分な調達先の管理:製品・サービスを生産・提供するためには、必要な材料、設備、情報、役務などを他の組織から調達する必要がある。調達先において、(1)(2)を防止する取り組みが十分行われていないと、事故・トラブルが起こる。製品・サービスが単純な場合には、受け入れ時に検査を厳重に行えばよいが、製品・サービスが複雑になるにつれ、源流での管理が強く求められるようになる。
  • (4) トップと現場との乖離:(1)~(3)を防ぐ難しさは、各担当者がそのような視点から自分の仕事を見直さない限り問題の存在に気がつかない点である。トップ(社長、事業部長など)が組織の利益を追求し(これ自体は悪いことではない)、担当者はトップの指示に従おうとする。結果として、担当者が抱えている問題がトップに伝わらず、大きな事故・トラブルが発生して初めてその存在に気付く。このようなことを防ぐには、現場の問題がトップに伝わるようにすればよいのであるが、伝わらないのでトップが関心を持たない、そのため、トップからの指示やそれに基づく取り組みが問題からずれたところで行われ、ますます問題が顕在化しなくなるという悪循環が生まれる。

3.ISO 9001の2015年改正

 ISO 9001の2015年改正では、あらゆるマネジメントシステム要求事項に共通の構造(附属書SL[3]、図1参照)が採用されるとともに、上記の課題を克服し、QMS認証に対する社会の信頼感を向上させるために、多くの要求事項の強化がはかられている。

  • (1) トップに、組織の状況(事業環境や組織の実態など)を踏まえた上で、事業とマネジメントシステムとの統合を求めている(課題(4)への対応)。
  • (2) 組織の状況を踏まえてリスクおよび機会を明らかにし、これらに対する取り組みをマネジメントシステムに組み込むことを求めている(課題(4)への対応)。ここで言う「リスク(risks)」とは、事業環境の変化、設備の故障、ルールからの逸脱など、起こるか起こらないかが不確定な事象が目標の達成に与える影響である。他方、「機会(opportunities)」とは、組織が置かれている状況が、目標を達成するために都合の良い時期・折であることを指す。例えば、設備が老朽化しており、性能の良い設備に置き換える良い時期・折、法的規制が強化され、従来の仕事のやり方を見直す良い時期・折などである。
  • (3) 製品・サービス、プロセスおよびQMSの「パフォーマンス」を評価すること、その上で、満足すべき結果が得られていない場合には、改善を行うことを求めている(課題(4)への対応)。
  • (4) QMSおよびそのプロセスの運用、並びに製品・サービスの適合性及び顧客満足を確実にするために必要な技術を明らかにすること、ニーズおよび状況の変化に取り組む際に、自組織の技術水準を考慮に入れ、必要な追加の技術を入手する方法を明らかにすることを求めている(課題(1)への対応)。
  • (5) 製品・サービスの生産・提供プロセスにおいて、意図的しないエラーなど、人に起因するルールからの逸脱を防止する取り組みを求めている(課題(2)への対応)。
  • (6) 要求事項を満たす組織の能力に与える影響を考慮し、調達先に対する管理の方式と程度を定めることを要求している(課題(3)への対応)。
  • 1. 適用範囲
  • 2. 引用規格
  • 3. 用語及び定義
  • 4. 組織の状況
  •  4.1 組織及びその状況の理解
  •  4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
  •  4.3 品質マネジメントシステムの適用範囲の決定
  •  4.4 品質マネジメントシステム
  • 5. リーダーシップ
  •  5.1 リーダーシップ及びコミットメント
  •  5.2 方針
  •  5.3 組織の役割、責任及び権限
  • 6. 計画
  •  6.1 リスク及び機会への取り組み
  •  6.2 品質目標及びそれを達成するための計画の策定
  • 7. 支援
  •  7.1 資源
  •  7.2 力量
  •  7.3 認識
  •  7.4 コミュニケーション
  •  7.5 文書化された情報
  • 8. 運用
  •  8.1 運用の計画及び管理
  • 9. パフォーマンス評価
  •  9.1 監視、測定、分析及び評価
  •  9.2 内部監査
  •  9.3 マネジメントレビュー
  • 10. 改善
  •  10.1 不適合及び是正処置
  •  10.2 継続的改善

図1 ISO 9001: 2015の構造

4.おわりに

 ISO 9001の2015年改正の内容は、品質マネジメントに積極的に取り組んできた組織にとっては当然のものであるが、QMS認証に形式的に取り組んできた組織にとっては大きな変更を迫られることになる。認証を取得している、あるいは取得しようとしている組織にとっても、認証のための審査を行っている機関にとっても、どのような態度で臨むのか真摯に検討することが必要である。ISO 9001の改訂を機に、より良い方向に社会を持って行くために何をなすべきかについての議論を活発に行い、あるべき方向に一歩でも近づくような努力を関係者全員が行っていくことが期待されている。

参考文献:
  1. ^ ISO 9001(2008):「品質マネジメントシステム-要求事項」。
  2. ^ MS認証サービスの価値の見える化に関する研究会(2009):「MS認証サービスの価値の見える化に関する研究会報告書」、経済産業省産業技術環境局認証課。
  3. ^ ISO/IEC(2012):「ISO/IEC専門業務用指針」。
中條 武志(なかじょう・たけし)/中央大学理工学部教授
専門分野 品質管理、信頼性・安全性工学
長崎県出身。1956年生まれ。1979年東京大学工学部反応化学科卒業。1986年東京大学大学院工学系研究科反応化学専門課程博士課程修了。工学博士。東京大学工学部助手、中央大学理工学部専任講師・助教授を経て1996年より現職。現在の研究課題は、開発・生産・サービス提供におけるヒューマンエラーの防止、総合的品質管理の推進による組織の活性化などである。また、主要著書に、『人に起因するトラブル・事故の未然防止』(日本規格協会、2010年)、『ISO 9000の知識』(日本経済新聞社、2010年)などがある。