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安野 智子

安野 智子 【略歴

世論調査の意味と困難

安野 智子/中央大学文学部教授
専門分野 社会心理学、世論研究

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選挙が近くなると、世論調査の結果が報道されることも多くなります。今回は、世論調査が民主主義社会において持つ意味と、世論調査の方法について紹介します。

世論と世論調査

 人々の意見の現状をとらえる上で、世論調査が非常に便利な道具であることは確かです。世論調査に頼りすぎることは民主主義を損なう、という声にも一理ありますが、もし仮に世論調査が全くできなくなってしまったらどうでしょうか。政治家やマスコミ、圧力団体が、それぞれ自由勝手に「世論」を騙るだけになってしまうでしょう。さらに恐ろしいのは、一部の機関(たとえば政府)しか世論調査ができなくなってしまうことです。健全な民主主義が機能するためには、世論調査が(しかるべき倫理観と手続きにもとづいて)誰でも実施できること、そしてその結果が公表されることが重要です。

 もっとも、世論調査の結果イコール「世論」というわけではありません。厳密に言えば、「世論」とは何かという定義すら、研究者の間でも定まっていないのです。たとえば、世論とは多数派意見のことなのか、あるいはメディアで目立つ意見のことなのか、社会的に影響力がある意見こそが世論なのか、研究者によって立場はまちまちです。

 ただし、どのような立場に立つにせよ、世論とは本質的に公共の問題に関するものということはできるでしょう。何が「公共の善」となるか、それを考える上で、人々の意見や状態を知ることは重要です。世論調査はそのためにも重要なのです。

初期の世論調査

 選挙予測のための一種の世論調査が新聞に掲載されるようになったのは19世紀半ばのことです。はじめは政治集会の参加者やジャーナリストなどによる模擬投票にすぎませんでしたが、次第に大規模な調査が行われるようになっていきました。

 1920年代、大統領選の予測で部数を伸ばした雑誌にリテラリー・ダイジェスト(Literay Digest)という週刊誌があります。1936年の大統領選の予測調査で同誌は、1000万人もの有権者に調査を行い、200万人以上の回答を得て、共和党のランドン候補が民主党のルーズヴェルトに勝つという予測を立てました。一方、当時まだ新しい調査会社だったギャラップ(Gallup)社は、約5万人ほどの調査でルーズヴェルトの勝利を予測しました。

 結果はルーズヴェルトとギャラップ社の「勝利」でした。リテラリー・ダイジェスト誌の敗因は、読者名簿や自動車保有者名簿、電話保有者名簿などから調査対象者が選ばれていたことにあると言われています。結果として対象が比較的富裕な層(すなわち共和党支持者の多い層)に偏ってしまい、予測を誤ったのです。一方ギャラップ社は、より科学的なサンプリングの理論に基づき、できるだけ有権者全体を代表するように対象者を選んでいました。世論調査から人々の意見を推測するには、調査の規模だけではなく対象者の選び方も重要です。

世論調査の方法

 日本の有権者がどのような意見を持っているのかを知りたいとき、「日本の有権者全員に、瞬時に調査をする」ことができれば簡単です。しかしそれは現実的ではありません。そこで通常は、一部の人を抜き出して調査をします。(これを標本調査といいます。)このとき、できるだけ母集団(ここでは日本の有権者)をうまく代表するように、対象者を選びます。その最も重要な方法が無作為抽出(ランダムサンプリング)と呼ばれるものです。

 ランダムサンプリングとは、母集団の中から対象者を偶然に任せて選ぶ方法です。偶然に任せるというのは、母集団の全ての構成員が、同じ確率で選ばれるということです。たとえばある市に20万人の有権者がいて、そこから2000人を調査対象として選ぶとします。非常におおざっぱに言えば、名簿に通し番号をつけて2000回乱数を発生させ、その該当者を選ぶようなイメージです。(これを単純無作為抽出法といいます。)電話調査では、電話番号をランダムに発生させて電話をかけるという方法(RDD=Random Digit Dialing)がよく用いられます。

 母集団が大きいときには、全員に通し番号を付けることは難しいでしょう。そこで、実際の世論調査・社会調査においては、まず地区を人口に比例して(つまり人口が多いところほど当たる確率が高くなるように)無作為に選び、その次に各地点から同じ人数ずつ選ぶというような方法がとられます(これを多段抽出とよびます)。このとき、特定の地域や大都市ばかり選ばれないように、あらかじめ地域や人口規模などで地区をグループ分けしてから地点を選びます。これが「層化」といわれるものです。こうした工夫によって、より調査の精度を高めることができます。

 しかし、たとえ無作為抽出法を採用しても、調査に誤差はつきものです。ですから2000人程度の規模の通常の調査で、数%の違いを大げさに解釈するのは適切ではありません。ただし、無作為抽出にしたがえば、サンプルのサイズによって誤差がどのくらいの範囲なのかを推定することができます。なお、誤差を半分にするには4倍のサンプルが必要です。

世論調査をめぐる困難

 どれだけ注意深く対象者を選んでも、回答率が低ければその調査の信頼性は低くなってしまいます。その意味で、現在の世論調査をとりまく環境は厳しくなっています。たとえば内閣府による「社会意識に関する世論調査」の回収率の推移をみると、1970年代には8割を超えていたものが、近年は6割程度にまで落ち込んでいます。その要因としてライフスタイルの変化やオートロック式集合住宅などの増加、個人情報保護への懸念といったものが考えられます。

 世論調査に携わる者として、とくに、世論調査に対する対象者の不信感に心が痛みます。実際に調査をしていると「なぜ私が選ばれたのか」という不安を聞くことがありますが、物騒な世の中ですから、こうした不安も当然です。一方で、できるだけ代表性のある調査を行わなくては意味がありません。世論調査に対する信頼をどのように回復するか、自問していきたいと考えています。

安野 智子(やすの・さとこ)/中央大学文学部教授
専門分野 社会心理学、世論研究
1970年生まれ。神奈川県出身。1993年お茶の水女子大学文教育学部卒業、1998年東京大学人文社会系研究科博士課程単位取得退学(2001年博士学位取得)。研究分野は世論形成過程、政治意識、信頼感と社会関係資本など。主著は安野智子(2006)『重層的な世論形成過程:メディア・ネットワーク・公共性』東京大学出版会。