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毛塚 勝利

毛塚 勝利 【略歴

迷走する労働者派遣法改正

毛塚 勝利/中央大学法学部教授
専門分野 労働法

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1 間接雇用促進法?

 現在、国会で労働者派遣法改正案が審議されている(もっとも、突然浮上した解散で今国会での成立は遠のいた)。現在の法案は、これまでの派遣法と大きくその性格をかえるもので、雇用環境に与える影響はきわめて深刻である。その特徴を一言でいえば、派遣労働temporary agency work ではなく、 permanent agency work を認めるもの、つまり、「間接雇用促進法」だということである。派遣労働者が派遣会社(派遣元)と無期契約を締結している場合には、派遣労働を利用できる期間に制限がない。企業(派遣先)は、偽装請負と指弾されるおそれのある請負契約を利用するまでもなく、今後、派遣契約で外部労働力を恒常的に利用できることになる。派遣元で派遣労働者が有期で雇用されている場合には、派遣期間は個人単位、事業所単位で各3年の上限規制があるものの、投入できる業務は一時的なものに限定されないため、企業は、派遣労働者を入れ替えればよいし、事業所単位の3年の上限も、過半数労働者代表の同意ではなく意見聴取手続で更新できるから、これまた、派遣労働の恒常的利用を促進するものである。

2 派遣法の性格転換の歴史

 日本の派遣労働政策は、80年代半ばに、高学歴女性のライフスタイルに合った専門的労働市場を作るとういう名目で始まった。しかし、専門職に対象業務を限定することは、派遣労働が一時的な労働需要に対応するものという世界の趨勢から外れるとして、1999年には対象業務を限定しないテンポラリー派遣に基軸を移す。さらに、2003年には、「専門職派遣」の期間制限を外し、「その他派遣」も1年から3年にのばし、派遣労働が一時的な労働需要に対応するものと基本から離脱し始める。今回の改正は、専門職派遣を廃止したものの、一時的業務の派遣に純化するものではなく、派遣労働者の契約が有期か無期で区別するという、その無原則さを更に上塗りした。一時的な業務需要に対応するとの建前を捨てていないというのなら、派遣元で労働者が無期雇用であれ派遣期間の制限を外してよいことにならないし、間接雇用であれ派遣労働者が無期雇用になればよしとする(実体事業のない派遣会社に定着させて意味がないはずだが)とするのであれば、個人単位で3年に派遣期間を制限するのは理屈があわず、派遣会社が労働者の無期契約への転換(労契法18条)を回避するのに便利なだけである。

3 派遣労働市場政策の根幹とは

 派遣労働は、派遣元に雇われ派遣先で就労する三者関係をとることから、構造的に雇用・労働条件が不安定であり、労働者にとって人生の設計が可能となる働き方ではなく、あくまで次善の働き方でしかありえない。とはいえ、筆者は、派遣労働の禁止を求めているのではない。また、専門職派遣に限定する日本の派遣の出発点にもどることを求めているものでもない。専門的労働市場の形成は、今日、通常の雇用形態のなかで行うべきものであるから、専門職派遣に独自の存在意義はない。では、なぜ派遣労働を認める必要があるのか。それは労働市場には一時的労働需要が必ず発生するからである。この一時的労働需要を繋いで、継続的な就労を確保し、通常の直接的雇用に定着させるのが派遣労働市場政策の根幹なのである。そのためには、派遣元は、アンテナを高くして一時的労働需要を繋いで継続的に就業の機会を確保するとともに、職業的能力の開発につとめ、通常雇用への定着の手助けをすることであり、派遣先企業は、一時的労働需要を超える需要が発生したときは、派遣労働者を通常雇用に定着させていく責務を負うことである。派遣先の労働組合や労働者代表もまた、一時的な労働需要の適正な管理とともに、一時的需要を超える需要があるときには、派遣労働者を通常労働者として定着させていく責務を負う。

4 派遣労働規制の三つの方法

 もちろん、雇用・賃金コストの削減を容易にはかりうる派遣労働のインセンティブを考えると、かかる政策目的を実現することはそう容易ではない。それゆえ、派遣労働を一時的労働需要に限定する方策として、世界的にみれば、利用目的の規制、派遣期間の制限、同一賃金の原則の適用の三つの方法がとられている。日本では、そのいずれも十分ではない。正規・非正規の溝が拡大した今日、もっとも重要な雇用政策の柱は、労働契約法やパートの改正が示すように、いうまでもなく均等均衡処遇である。派遣労働についても、妥当する。その際、パート・有期契約における均等処遇とは異なり、派遣の場合、異なる使用者間でも適用を求めるものであることから、常用代替防止・派遣料金の引き下げ競争の防止の意味をもつことを看過すべきではない。同時に、同一賃金原則だけでは、派遣労働者に雇用リスクを押し付けるリスク負担の不公平性は解決できないことも認識しておく必要がある。そのためには、平等原則に立ち返り、派遣労働者を派遣期間に応じて派遣先に定着させる義務を確認することも必要となる。ともあれ、政策担当者も議員諸氏も、派遣労働の政策目的を再度確認、共有することから議論して欲しいものである。

毛塚 勝利(けづか・かつとし)/中央大学法学部教授
専門分野 労働法
栃木県出身。1945年生まれ。1969年一橋大学法学部卒業
1976年一橋大学大学院法学研究科経済法博士課程単位取得退学。
静岡大学法経短期大学部教授、専修大学法学部教授を経て、2004年より現職。
近年の主な著作に、
『事業再構築における労働法の役割』(編著)(中央経済社、2013)
「労働契約法における労働条件変更法理の規範構造」法学新報119巻5・6号(2012)
「労働法における差別禁止と平等取扱」石井保雄・山田省三編『労働者人格権の研究・下』(信山社2011)
『企業組織再編における労働者保護』(編著)(中央経済社,2010)