トップ>オピニオン>パーソナルデータにおける利活用と匿名化について
伊藤 伸介 【略歴】
伊藤 伸介/中央大学経済学部准教授
専門分野 経済統計学
近年、「パーソナルデータ」に対する社会的な関心が高まっている。パーソナルデータは、個人の名前や住所、さらには個人の社会経済的属性等、主に民間企業が持つ大量の「個人情報」と認識されており、いわゆる「ビックデータ」の1つと考えることができる。民間企業を中心に、パーソナルデータの利活用が注目されており、営利目的のためのパーソナルデータの販売だけでなく、それをもとにしたさらなるビジネスの可能性が追究されている。そうした状況のなかで、パーソナルデータに含まれる個人情報の保護が、パーソナルデータの提供における重要な論点になっている。
民間企業等が持っている「個人情報」は、個人情報保護法の枠内で議論される。現行の個人情報保護法第2条1項によれば、「個人情報」とは、「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」と規定されている。個人情報については、オプトアウトのような例外を除き、本人の同意がなく第三者に個人情報を提供することはできない。その一方で、個人情報保護法の対象になる個人情報に当たらない情報(「非個人情報」)であれば、営利目的での利用や販売が可能になる。このような「非個人情報」がパーソナルデータにおいてどのように位置付けられるかを議論するためには、パーソナルデータにおける「匿名化」の可能性について様々な観点から検討を行うことが求められる。
こうしたパーソナルデータの利活用に関するルールの明確化を目指して、2013年9月に内閣官房IT戦略本部「パーソナルデータに関する検討会」が開催された(座長 堀部政男(一橋大学名誉教授)(2014年1月より宇賀克也(東京大学教授)),全12回開催(2013年9月~12月,2014年3月~6月))。さらに、パーソナルデータの利活用についての技術的側面に関してさらなる検討を行うために、パーソナルデータに関する検討会に「技術検討ワーキンググループ(以下「技術検討WG」と略称、主査 佐藤一郎(国立情報学研究所教授))」が設置され、技術検討WGが計6回開催された(2013年9月~12月,2014年4月~5月))。そして、統計データに関しては匿名化についての研究蓄積が少なくないことから、筆者も技術検討WGの構成員の一人としてパーソナルデータの匿名化に関する議論に関わることになった。
わが国では、統計法(平成19年法律第53号)の全面施行に伴い、平成21年4月より、政府統計(公的統計)の「匿名データ」の提供が進められ、現在、国勢調査、就業構造基本調査、社会生活基本調査等の7調査の匿名データが提供されている。これらの匿名データの提供は、就業やライフスタイルに関する家計の経済行動を中心に、ミクロレベルの実証的な社会経済研究に寄与してきた。わが国の公的統計の匿名データについては、統計制度の下での匿名化に関する法制度的措置および技術的な匿名化措置を行うことによって、個人が特定化される可能性が十分に低く、秘匿性が確保されている場合に、匿名データの作成・提供が可能になっている。こうした公的統計の匿名データの作成状況については、パーソナルデータにおける匿名化を議論する上でも有益な参考事例となっている。
パーソナルデータに関する検討会の技術検討WGにおける主要な議論のテーマは、パーソナルデータにおいて「合理的な技術的匿名化措置」は可能かということであった。技術検討WGは、いかなる個人情報についても、個人が特定されないような情報に加工することが可能な汎用的な技術は存在せず、個人が特定されない情報への加工を実現するための技術の適用可能性は、ケースバイケースで判断されるべきであるという結論を出している[1]。さらに、技術検討WGは、顔認識データのような個人情報とは異なるが個人を識別するおそれのあるデータを「(仮称)準個人情報」と位置付けただけでなく、「(仮称)個人特定性低減データ」という概念を提示した上で、「「(仮称)個人特定性低減データ」とするための最低限の加工方法を定義することはできないことから、特定の個人の識別性を低減させることと利活用のニーズとのバランスを考慮し、事業者自らの判断と責任において、適切な加工を施すこと」の必要性を指摘している[2]。
こうした技術検討WGの議論も踏まえた形で、パーソナルデータに関する検討会において、2014年6月に「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱(以下『大綱』と略称)」が出された。『大綱』では、本人の同意がなくても第三者へ提供を可能にする「個人の特定性を低減したデータ」について、特定の個人に関する識別の禁止といった取扱いに関する規律や民間団体における自主規制ルールの策定の必要性、さらには、第三者機関の設置による制度の適切な執行の重要性が指摘されている。
現在、総務省「行政機関等が保有するパーソナルデータに関する研究会」が開催されており、行政機関や独立行政法人等が有するパーソナルデータに関してもその利用可能性についての議論が進められている。一方、民間企業が持つパーソナルデータのさらなる利活用に向けて、『大綱』に基づいた個人情報保護法の改正をめぐる議論が今後本格化するものと思われる。このようなパーソナルデータの利活用の動きについては今後も注視していきたい。