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海部 健三

海部 健三 【略歴

ウナギの減少と社会の持続可能性

海部 健三/中央大学法学部助教
専門分野 保全生態学

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ニホンウナギの減少

 ニホンウナギは、マリアナ諸島の北西海域で産卵し、東アジアの河川や沿岸域で成長する降河回遊魚である。1982年から2012年までの三十年間に、養殖に用いる稚魚の漁獲量は約93%、河川におけるウナギの漁獲量は約91%減少した。2013年2月には環境省が本種を絶滅危惧種(IB類)に指定し、2014年6月には国際的なレッドリストを管理しているIUCN(国際自然保護連合)によって環境省と同じランクであるEndangered(危機)に指定された。ニホンウナギは現在、絶滅のリスクを真剣に考えなければならない状態にある。

 ニホンウナギの減少について、おもに三つの要因が議論されている。まず、海洋環境の変化、つぎに消費、そして河川・湖沼や沿岸域など成育場の環境の変化である。海洋環境の変化について、ニホンウナギは外洋で生まれて成育場まで受動的に輸送されるため、海の状況が変化することによって、その産卵場や輸送経路は大きな影響を受ける。

 消費について、現在の技術では、人工的に産卵させた卵から食用のウナギを育てることは難しい。このため、ウナギの養殖では外洋で生まれた「天然」のウナギの子どもである、シラスウナギを捕って、飼育する。どのような生物であれ、消費が行き過ぎれば、その個体数は減少する。

 成育場の環境について、東アジアにおける河川や沿岸の環境は、最近の数十年で大きく変化した。氾濫原湿地の開発、ダムや河口堰などの河川横断構造物の建設、護岸の整備、生活排水や農業排水による富栄養化、外来生物の侵入などの影響を受け、水辺の生態系はいま、危機的状況にある。人間の活動は、それぞれの時代の社会的・経済的要請に応じたものであり、それ自体が単純に否定されるべきではない。しかし、これら人間活動によって、水辺の生態系が大きな影響を受けたことも考慮する必要がある。

必要とされる対策

 ニホンウナギの資源回復のために必要な対策として、(1)漁業管理、(2)生息域環境の保全と回復、(3)適切なモニタリング、(4)社会全体での情報共有が挙げられる。

 水産庁の主導により漁獲管理の試みが始まっているが、実効性を持つ対策になるまでには、まだ時間がかかりそうだ。ウナギは経済的な価値が高いうえに、非正規の流通も発達している。加えて、ニホンウナギの資源量や漁獲量は正確に把握されておらず、したがって許容できる漁獲量を算出することも出来ない。困難であることは明白だが、適正な漁業管理なくして、ニホンウナギの持続的利用はあり得ない。

 成育期を過ごす河川や沿岸域の環境を保全・回復して行く取り組みも欠かせない。河口堰やダムのうち不要なものは取り除き、必要なものには魚道を設置するなどして、ウナギが侵入できる河川を増やしていくことが重要だ。また、河川の直線化や護岸整備によって単純化した河川環境に複雑性を取り戻して行くことは、水域の生態系全体を豊かにし、捕食者であるニホンウナギの餌生物を確保することにつながるだろう。

 漁業管理および河川や沿岸域の保全・回復などの対策と並んで重要なのが、モニタリングによる効果と影響の検証である。我々はまだ自然を理解出来ていない。このため、善意で行った対策が、予期せぬ結果を生み出すことは十分に考えられる。実際に、資源の回復のために行われていたウナギの放流によって、外来種のヨーロッパウナギが全国の河川に蔓延した事実も確認されている。常に結果をモニタリングしながら、状況に合わせて柔軟に方針を修正する、順応的管理の考え方が必要とされている。

 これらの対策を進めるには、行政の強い指導力が必要となる。行政の指導力を引き出すのは、他でもない市民だ。消費者を含む、ウナギをめぐるあらゆるステークホルダーがそれぞれの意見を明確にしていくためには、正確で十分な情報が必要となる。調査研究を通じて必要な知見を得るだけでなく、その知見を積極的に発信し、社会全体での情報共有を後押しして行くことが、研究者に求められている。

社会の持続可能性とウナギ

 ウナギ資源減少の問題は、ニホンウナギ一種にとどまらない。例えば1990年代から日本で大量に消費されてきたヨーロッパウナギは、いまではIUCNレッドリストの絶滅危惧種の最高ランク、Critically endangered(深刻な危機)に位置づけられており、絶滅の危機にある野生動物の国際取引を規制するCITES(ワシントン条約)の附属書IIに記載されている(国際商取引では輸出国の許可が必要)。

 また、河川や沿岸の環境を考えたとき、ダムや河口堰、護岸工事によって影響を受けるのは、ウナギだけではない。多くの水生生物が、人為的な環境の変化の影響を受けている。ウナギのために河川や沿岸の環境を改善していくことは、ウナギのみならず、水辺の生態系全体の健全性を回復していくことに他ならない。

 限られた資源を持続的に利用できるのか、自然環境を保全しつつ経済発展を遂げることができるのか。ウナギの減少は、ウナギ食文化の問題のみでなく、我々の社会の持続可能性に関する問題として捉えるべきである。

(注)この文章では、種が特定される場合は「ニホンウナギ」、ヨーロッパウナギやオオウナギなど、ニホンウナギ以外のウナギ属魚類を含む場合は「ウナギ」と表記した。

海部 健三(かいふ・けんぞう)/中央大学法学部助教
専門分野 保全生態学
1973年東京都生まれ。1998年に一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て2005年に東京海洋大学海洋科学技術研究科の修士課程を修了、2011年に東京大学農学生命科学研究科の博士課程を修了。2011年より東京大学特任助教、2014年より現職。専門は保全生態学。現在はニホンウナギの保全と持続的利用のため、河川や沿岸における生態を研究している。2014年6月に発表されたIUCNのウナギ属魚類アセスメントに参加。著書に「わたしのウナギ研究」(さ・え・ら書房)、「うな丼の未来 –ウナギの持続的利用は可能か」(青土社 分担執筆)、「ウナギの博物誌 –謎多き生物の生態から文化まで」(化学同人 分担執筆)など。