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トップ>オピニオン>「新卒一括採用」は、やがて消え去る慣行か-日本型雇用形態こそ原基的。むしろ、これからも残る-

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中川 洋一郎

中川 洋一郎 【略歴

「新卒一括採用」は、やがて消え去る慣行か
-日本型雇用形態こそ原基的。むしろ、これからも残る-

中川 洋一郎/中央大学経済学部教授
専門分野 フランス現代経済史

本ページの英語版はこちら

はじめに─欧米企業では、「新卒一括採用」は、ありえない

 日本企業では依然として大学生の「新卒一括採用」が常態化している。すなわち、新卒者(次年度に卒業する在学生)を、一括して(大企業なら、場合によっては、数百人単位で)、定期的に(毎年)、一年の特定の時期に(卒業一年前の春から夏に)採用するという採用制度がごくごく正規のシステムとして機能している。

 就業経験もなければ、そのスキルが証明されているわけでもない在学生を、一括して卒業前に採用するという、この日本型採用システムは、われわれ日本人には当たり前の慣行である。しかし、試みに外国企業人に、かかる大学生の「新卒一括採用」について尋ねてみるとよい。アメリカ企業の事業本部長なら、「まだ卒業免状も持っていない、つまり、技能・技術が証明されていない在学生という未就業者を、持ち場も決めずに、一年前にまとめて予約して雇うなど、なんと不可思議な採用制度か。ありえない」と言うに違いない。

アメリカ企業は、位階制(ヒエラルキー)の組織

 アメリカ企業では、厳然たる位階制(ヒエラルキー)が敷かれていて、その仕組みは、概ね、(1)職務限定、(2)権限集中、(3)上意下達というように、特徴づけられる。

 アメリカ企業では、入社の際に、その人物が何をするべきかがあらかじめ明確にされている。すなわち、その個人の職務が明確に限定されている(職務限定)。特に「管理する人」と「管理される人」との区別は厳格である。その最も典型的な事例が、事業本部長(general manager)という職位に表れている。事業本部長とは、企画・研究開発・生産・営業・経理会計・人事・総務まで、まさにすべてのことに全権を持って(generalに)指揮・命令する(manage)職務にある人物である(権限集中)。事業本部長にすべての権限が集中しているので、その事業本部長が決定する政策・方針は絶対的である。アメリカ企業のように、職務限定・権限集中・上意下達という特性を持つ組織では、新卒を定期採用して教育する(すなわち、「新卒一括採用」)という考えなど全く脳裏にない。企業経営とは、本社が必要に応じて即戦力を会社の内外から集めて組織を運営して、利潤を極大化することにほかならない。

グローバル型企業では、まず戦略を決める

 このようなアメリカ型の組織運営を、キャメル・ヤマモト(山本成一)は企業戦略という観点から、「米国のやり方は、まず戦略をつくり、トップダウンで仕事をしていく。つくる料理を決め、それに必要な食材を集めるというイメージだ」(『朝日新聞』平成25年5月3日)と秀逸な比喩で表現している。すなわち、アメリカ型においては、まず経営幹部が企業の戦略を決める。最高幹部が理想とする将来をイメージする。あり得べき理想に至る道筋が戦略である。それを実現する手順を決めて、職務(個々の仕事内容)を確定する。その確定した職務を実現するにふさわしい人材を労働市場で募集して採用して、彼(女)を当て嵌める。この仕組みでは、戦略を出発点にして、あらかじめ職務を決めていることが決定的に重要である。決定の順序を時系列にしてみると、「戦略→職務→人」となっている。

 一方、日本型では、真逆の決定順序になっている、まず現状のリソース、すなわち、人材・設備を見極めて、その人材に対して、必要な教育・訓練を施して、将来の目標を実現してゆく。キャメル・ヤマモト風に私が戯画化すると、日本型では、図1に示したように、あらかじめ定期的に市場で食材を、しかも、高品質で新鮮な素材を選んで補充しておく(「新卒一括採用」)。この素材に対して、必要な下ごしらえ・準備を施して、冷蔵庫に入れておく(「社内の教育・訓練・実習」と内部昇進)。最終的に調理する時は、まず冷蔵庫を開けてみて、中にある材料を確認したうえで、これからつくる料理を決めるのである。

図1 企業戦略・人材採用における日本型とアメリカ型 -調理の例え-
(クリックすると拡大します)

欧米と日本、真逆の《割り振り》(attribution)

 どうやら組織の組立方とその運営の仕方で、日本と欧米とでは決定的な違いが存在するようである。何が、どう違うのか。

 組織の中で、人は何らかの仕事をしている。「人が仕事をする」という最終的な形態に至るには、人と仕事がいわば合体するのである。その合体過程には、実は、2通りの仕方がある。人が先に決まってからその人に仕事が割り振られるやり方と、その逆に、仕事を決めてから、その仕事に人を割り振るやり方である。これら対照的な《割り振り》を視覚化したのが、図2である、先ほどから見ているアメリカ企業(グローバル化企業)における分業形成の仕方は、職務をまず限定してから、その職務に最も適切な人を外部市場から連れてくるのであるから、まさしく「仕事←人」という配置である。日本企業では、新卒一括採用によって、まず人を確定して、その人々に対して、企業内研修・訓練を施すことによって、徐々に高度の職務を与えていっている。従って、本稿で言う《割り振り》仮説を援用すると、まず人を確定してから、その後に仕事を与えていくという、「人←仕事」という《割り振り》が行われている。すなわち、欧米企業と日本企業とでは、《割り振り》の方向が真逆なのである。

図2 組織編成原理における真逆の《割り振り》 (attribution)
(クリックすると拡大します)

おわりに-「新卒一括採用」慣行が維持されている限り、日本型システムは生き残る

 本稿では、《割り振り》という視角から見ると、グローバル化企業と日本企業とでは、人と仕事の出会い方(組織編成原理)が真逆であることを提起した。かかる大学生の「新卒一括採用」方式を維持していること自体、日本の企業システムがグローバル化企業システムとは原理的に違うことを強く示唆している。これこそ、日本社会が容易にグローバリゼーションに溶融しようとせず、独自性を維持しようとしていることの証左である。

中川 洋一郎(なかがわ・よういちろう)/中央大学経済学部教授
専門分野 フランス現代経済史
1950年東京生まれ。1974年東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。1976年東京大学大学院社会学研究科国際関係論専門課程修士課程修了。
1981年パリ(I)大学大学院社会経済史研究所博士課程修了(経済史学博士)。1983年東京大学大学院社会学研究科国際関係論専攻博士課程単位取得退学。
中央大学経済学部助手・助教授を経て1994年から現職。入学センター所長(2005~2009年)、副学長(2008~2009年)。
主要な研究領域は、フランス現代金融史、日仏自動車産業史、左翼全体主義。現在の研究課題は、(1)ヨーロッパ文明の本質を、牧畜というその起源に遡って解明すること(『文明の牧畜史観』)、(2)日本型システムが欧米の産業システムに与えた影響(『ジャパナイゼーション』)、(3)社会主義の生成・展開・崩壊(『左翼全体主義』)。なお、台湾で李登輝氏総統就任後、「日本語族」の魂の叫びに大いに共感、サイド・テーマとして「日本の鏡・台湾」。主要著書に、『フランス金融史研究』(中央大学出版部、1993年)、『ヨーロッパ《普遍》文明の世界制覇』(学文社、2003年)、『暴力なき社会主義?-フランス第二帝政下のクレディ・モビリエ-』(学文社、2004年)、『ヨーロッパ経済史Ⅰ-ムギ・ヒツジ・奴隷-』(学文社、2011年)、『ヨーロッパ経済史Ⅱ-市場・資本・石炭-』(学文社、2012年)など。