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トップ>オピニオン>ユニバーシティメッセージ『行動する知性』を測る-「段階別コンピテンシー」への着目-

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平野 廣和

平野 廣和 【略歴

ユニバーシティメッセージ『行動する知性』を測る
-「段階別コンピテンシー」への着目-

平野 廣和/中央大学総合政策学部教授
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション

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1.はじめに

 中央大学は、建学の精神である「實地應用ノ素ヲ養フ」を2006年度よりユニバーシティメッセージ『行動する知性』として受け継ぎ、グローバル社会おける大学教育を具体的に実現するための全学横断的な組織である「『知性×行動特性』学修プログラム実行委員会」を学長直下の委員会として2008年度に設置した。この背景には、現代社会にも通ずる本学の建学の精神である『素』の復興に他ならない。具体的には、本学に学ぶ全ての学生が高度な「知性」(専門的知識・技術)と同時に、優れた「行動特性」(コンピテンシー)を掛け合わせることにより、『行動する知性』を体得した人材を育成・輩出するという建学の精神を具現化する教育観を示し、正課・課外を問わず多様な学修プログラムを提供している。本稿では、この『行動する知性』を測るための「段階別コンピテンシー」に関して本学での取り組みの一端を紹介するものである。

2.世界における高等教育の一指標=コンピテンシー

 コンピテンシー(competency)とは、40年余前の米国において、学歴や知性が同程度の人物でも外交官としての業績に差が現れることを説明するために心理学用語として登場した。21世紀に入り急速にグローバル化が進む中、昔は外交官に要求されていた行動特性が、外交官以外の一般の人達にも求められることが判り、近年では高等教育の指標としても注目されるようになってきた。これを受け1997年末にOECD[1]が「Definition of Selection of Competencies」(コンピテンシーの定義と選択)という研究プログラムを展開し、2003年に最終報告がまとめられた。この中で「コンピテンシー」とは、「単なる知識や技術だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力」とされている。まさしく、これは現代社会にも通ずる本学の建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」の「素」に他ならない。

 またOECD報告では、「コンピテンシー」の中で、特に、①人生の成功や社会の発展にとって有益、②さまざまな文脈の中でも重要な要求(課題)に対応するために必要、③特定の専門家ではなくすべての個人にとって重要、といった性質を持つとして選択されたものとして、「キー・コンピテンシー」[2]が定義されている。これは、次のように三つのカテゴリーに大別され、さらに各々のカテゴリーは三つの能力から構成されている。

(1) 社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力(個人と社会との相互関係)
a)言語、シンボル、テクストを活用する能力
b)知識や情報を活用する能力
c)テクノロジーを活用する能力
(2) 多様な社会グループにおける人間関係形成能力(自己と他者との相互関係)
a)他人と円滑に人間関係を構築する能力
b)協調する能力
c)利害の対立を御し、解決する能力
(3) 自律的に行動する能力(個人の自律性と主体性)
a)大局的に行動する能力
b)人生設計や個人の計画を作り、実行する能力
c)権利、利害、責任、限界、ニーズを表明する能力

3.中央大学コンピテンシー
-「段階別コンピテンシー」の開発-

 本学の「コンピテンシー」への取り組みは、OECD報告から5年を経た2008年度に一部にて試行を開始して2011年度からは全学部に展開した。大学教育への「コンピテンシー」の本格導入は、国内初である。つまり本学では、教育機関での活用を想定して開発当初より「段階別」の枠組みを大きな特徴としている。現在は「行動していない、あるいは誤った行動」のレベル0から「多様性(文化・習慣・価値観等)を活かし、新たな価値を生み出そうという行動」のレベル5までの6段階を設定している。また、カテゴリーは7つであり各々にはキーワード(能力)をいくつか設けて計31である。

 この本学のコンピテンシーにOECDの「キー・コンピテンシー」をあてはめると、社会における高等教育の目標ならびに学生目線からの「何を学ぶべきか」が明確に浮かび上がってくる。

  • 多様な社会グループにおける人間関係形成能力 = 組織的行動能力
  • 自律的に行動する能力 = 自己実現力
  • 社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力 = 多様性創発力

 我国において「組織的行動能力」や「自己実現力」の重要性は、古くから言われてきたことである。これに対して「多様性創発力」は、OECDが意図している前述の「(1)およびa)~c)」は、単純に、知性(専門的知識・技術)を意味するだけのものではないことが判る。ここで、高等教育機関においてa)~c)に言及されている専門的知識・技術を身に付けるのは当然であるが、最も大切なことは「(1)およびa)~c)」中に一貫している「活用する能力」すなわち「實地應用ノ素」そのものなのである。

 一方、グローバル社会において高等教育の鍵となるのもこの「多様性創発力」である。

  • 多様性創発力(Diversity):
    多様性(文化・習慣・価値観等)に適切に対応しつつ、自らの存在感を高め、その協同から相乗効果を生み出すことにより、新たな価値を得る。

 さらに、次の3つの力を同時に備えることが必要であり、これらがどれか一つが欠けてもならないものである。

  • 自確力(Identity):
    自らの慣れ親しんだ文化・習慣・価値観等を正しく理解した上で、自分が何を望むか、かつまわりが自分に何を望んでいるのかを判断し、行動する。
  • 融合力(Harmonization):
    異なる文化・習慣・価値観等の相互理解を得て適切に対応し、互いに学び続けている。
  • 協創力(Synergy):
    多様性(文化・習慣・価値観等)のある複数人の協同により、相乗効果を生み出すことで、新たな価値を得る。

4.「段階別コンピテンシー」の拡がり

 本学でのコンピテンシーを利用した教育は、次の三つの特徴を有している。第一に、学生が自らのコンピテンシー・レベルを半期ごとに自己評価して過去のデータと比較の上で次の半期の目標を設定できる自己評価システム「C-compass」、第二に、コンピテンシーのレベル向上を目指すために特定のテーマごとに授業や課外行事で構成された「プロジェクト」、第三に、学生が伸ばしたいカテゴリーを基に「プロジェクト」を検索できる「C-search」である。2013年度実績では、「C-compass」への入力は6学部合わせて1年生が73.5%,3年生が52.5%、「プロジェクト」は156件となっている。また、「段階別コンピテンシー」表の英文表記、大学院生の利用にも対応し、利用者の拡大にも日々努めている。

 こうした本学の経験を広く社会に公開・還元する目的で、日本の大学初の電子書籍配信アプリ「白門書房」に「科学的グローバル教育モデルとしてのコンピテンシー教育」(2012年3月)と題する著作を無料公刊している。

5.おわりに

 これからの本学の取り組みは、次の三点に集約できる。第一に、『行動する知性』を測る物差しとして「知性」(学業成績[GPA])と「行動特性」(コンピテンシーのレベル)の2軸での学修評価方式の導入・開発、第二に、この2軸評価を利用した学生、教職員組織の3層での改善サイクルの定着、第三に、大学教育における2軸評価あるいはコンピテンシーを利用した学修評価の国際的な共同研究の推進である。

 今日の大学は、相互依存を強める21世紀の地球社会を担う若者の教育、社会の第一線での活躍を望む成人の再教育の機関としての役割を期待されている。本学は、現在『行動する知性』を具現化する教育手法として学修評価に「段階別コンピテンシー」という新しい観点を導入し、その定着の途上にある。高等教育機関でのコンピテンシーの活用は、「実地応用」を掲げて誕生した本学の国際社会への使命であると言っても過言ではない。

 最後に、本「段階別コンピテンシー」を活用したプロジェクト学習科目への社会的関心の高さの証として、2013年1月に文部科学省「大学教育・学生支援推進事業【テーマA】大学教育推進プログラム」(教育GP)で「特に優れており波及効果が見込まれると判断される取組」(GPの中のGP)に選ばれている。さらに2013年8月の日本工学教育協会「工学教育賞」、2014年3月の経済産業省「社会人基礎力を育成する授業30選」を得た。その他、IPA、JABEE、NPO横断型基幹科学技術研究団体連合、(公財)大学セミナーハウス等からの注目を受け、国内外の10大学以上との人的交流が既に始まっている。

  1. ^ OECDにおける「キー・コンピテンシー」について - 文部科学省
  2. ^ 訳語は、文部科学省「OECDにおける『キー・コンピテンシー』について」に準拠
平野 廣和(ひらの・ひろかず)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東京都出身。1955年生まれ。1979年中央大学理工学部土木工学科(現都市環境学科)卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程土木工学専攻修了の後、三井造船株式会社入社。中央大学理工学部非常勤講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、1998年より中央大学教授。2009年11月から2011年10月まで中央大学大学院総合政策研究科委員長。2013年4月から中央大学情報環境整備センター所長。工学博士。
風、地震等を起因とした構造物の揺れを止める研究を実験と数値解析の両分野で実施。研究論文の他、首都高速(株)などに採用された簡単な機構で揺れを止める各種の制振装置を開発。本学で最初の特許使用料を得ている。