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トップ>オピニオン>論文作成サービス利用のリスクを考える-剽窃問題と大学教育:理工学部の新たな取り組み-

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杉浦 宣彦

杉浦 宣彦 【略歴

論文作成サービス利用のリスクを考える
-剽窃問題と大学教育:理工学部の新たな取り組み-

杉浦 宣彦/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 金融法、IT法

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論文作成サービスとは

 STAP細胞の論文作成問題に関連して「コピペ」という言葉が一躍脚光を浴びている。無条件・無制限な「コピペ」は奨励されるものではないものの、一般的な学問の世界では、過去の研究等の一部について出典を明らかにして、自分の主張と同じところや違いを明確化するために行うという意味では全否定されるものではないし、そもそも自分で行うことだ。しかし、最近では、論文すべてを他人が書いてくれるという論文作成サービスが登場してきており、大学生や大学院生に利用されているという。いくつかの業者のサイトを見ると、理系・文系問わず、1文字10円で、2万字程度の卒論ならば2週間で納品…とされ、その上で、「当社のスタッフは博士後期課程修了者をはじめとする優秀な代筆スタッフがいます」とまで書かれている。このようなサイトは検索するだけで、相当数存在し、それ相応の人数の利用者がいるということもうかがえる。また、このような状況は欧米でもよくある話のようで、「essay mills」(論文製造所?)というサービスがあり、「研究不正」の一つとして大きな問題となっている。

論文作成サービスの抱える問題点

 自分自身のやってきたことの成果である各種レポート・論文や研究生活の総決算でもある卒論・修論・博論を安易に代行業者に依頼することは、自分がやるべき作業をしていないという点でそもそものモラルの問題とも言えるが、法的問題点もある。まず、このようなサービスの利用は、志願者本人に成りすまして受験し、答案を作成・提出した『替え玉受験事件』(最高裁平成6年11月29日)と類似しているという見方をとると、私文書偽造罪(刑法159条)が成立するという考え方がある。その場合、論文の作成を学生からの依頼で業者が引き受けて、依頼した学生名で論文が作成されることは成りすまし行為である替え玉受験と同じで、依頼した学生も私文書偽造罪の共犯が成立することになる。また、実際に執筆したライターが他の論文等から文章や実験データ等を勝手にコピペしたりすると、その名義が依頼した学生である以上、依頼者側も本当の著作者から著作権侵害等に問われる可能性がある。

 また、研究の進捗状況や学生の文書作成能力については教員が把握しているのが通常なので、当然、代筆はバレやすいだろうし、最近では、レポートや論文をインターネット上のサイトでどこまで同じかを確認する検知する「ターンイットイン」に代表される検知ツールの登場で、極端なコピペ等はすぐに検知されてしまうが、大学や研究施設等ではそのようなツールの利用の促進も進められているところである。結果として、論文作成サービスを活用した替え玉執筆は相当な確率でバレる可能性があり、論文内容に不正があると判断された場合、当然のことながら大学生ならば大学から身分や単位・卒業認定に関わるような厳罰処分を受けることになる。

 もっとも、論文指導や発表指導のために論文書き直しを行ったり、代筆してくれる人のために執筆材料を依頼人が準備したりするとなると、事実上、自分で論文書いている労力との差などほとんどないことになり、このようなサービスの利用がはたして効率的なのかという問題もあるだろう。

 このように考えると、一時的には楽であったとしても、依頼者として抱えるリスクは相当大きく、かつ、恒久的な利益を期待しにくいことを考えると、論文作成サービスをむやみに利用することは無駄な行為であることは容易にわかる。

剽窃問題と大学教育を考える

 科学を学ぶ姿勢として、真理探究・問題解決のために「なぜ」と思うことは研究を進める推進力であり、その「なぜこうなるんだろう」という「わからなさ」を自分のオリジナルな発想・考え方で 解いていくのが理学・工学だけでなく、広義の意味での科学分野で共通する魅力ともいえる。最近では、IT技術の発展もあって、それをより効率的に行い、早く伝えようという動きがある中で、多くのツールが登場してきている。今回取り上げた論文作成サービスもある意味その一つであろうし、最近では、新たなコピペ問題(SNSから(本当は他人が作った)プログラム等を簡単に丸ごとコピーできるケース(=学生がダウンロードした結果、知らない間に著作権を侵害していたり、そのプログラムが、セキュリティ上問題のあるものだったりすることもある)も登場してきており、剽窃問題に巻き込まれる点だけでなく、サイバーセキュリティの観点からも大学は学生たちに注意喚起を行っていく必要があるだろう。

 このような状況において、大学や企業では様々な規範整備の動きがみられるが、やはり、何と言っても大事なのは、教育の中で規範の存在を教え、このような状況が発生しないような予防措置を講じることであろう。理工学部では、本年度より、「法に強い理工」を一つのキャッチフレーズに、小職の担当する「技術と法」とオムニバス形式の「科学技術と倫理」の2科目が共通科目として設定され、それぞれ1・2年生を中心に200名にも達する多くの受講生の関心を引きつけている。これらの講義を通じて技術者倫理や知財法・経営法務の知識を得ることで、彼ら自身の技術者としての矜持を育て、自分たちに降りかかってくるかもしれないリスクへの気付きと改善の実践へと結びつくきっかけづくりができればと考えている。

杉浦 宣彦(すぎうら・のぶひこ)/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 金融法、IT法
1966年生まれ。1989年中央大学法学部卒。同年、香港上海銀行へ入行。その後、金融庁金融研究センター研究官、JPモルガン証券シニアリーガルアドバイザーを経て、2008年より現職。勤務の傍ら中央大学大学院で学び、2004年法学研究科博士後期課程民事法専攻修了。博士(法学)。専門は、金融法、IT法、企業コンプライアンス論。電子金融取引関連の法制度が得意分野で、現在、金融庁特別研究員として、電子記録債権制度の海外導入を進める研究・調査にも従事している。他に内閣府多重債務問題及び消費者向け金融等に関する懇談会メンバー、OpenIDファウンデーションジャパン・アドバイザー、日本資金決済業協会特別理事。著書(共著を含む)に『決済サービスのイノベーション』(ダイヤモンド社、2010年)、『モバイルバリュービジネス』(中央経済社、2008年)、『リテール金融のイノベーション 』(きんざい、2013年)、『サイバーセキュリティ』(NTT出版、2014年)などがある。